すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「黄金の声の少女」 ジャン=ジャック・シュル (フランス)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
ドイツ生まれの歌手にして女優のイングリット・カーフェンは少女の頃、アレルギーによって目も開けられないほど肌を傷めつけられていたが、美しい声で歌うことのできる少女だった。 長い戦いのすえ、美しい肌を手に入れたイングリットは、歌手となり、映画監督ファスビンダーに女優として起用されてのちに結婚し、イヴ・サン・ローランやアンディ・ウォーホルに愛された。
ゴンクール賞受賞作品。
にえ これはフランスの作家ジャン=ジャック・シュルの初邦訳本、かな。堂々のゴンクール賞受賞作です。
すみ イギリスならブッカー賞、フランスならゴンクール賞、権威のある賞だよね。その賞を、1970年代に小説を2つ発表して以来、文壇から離れていた作家が久しぶりに出した本でとったから、かなり話題になったみたい。
にえ かなり売れた本らしいけど、売れた要因のひとつがゴシップというか、有名人の意外な姿が書かれているってことで、そういうものに興味を覚えて読んだ人が多いみたいだから、まさかゴンクール賞をとるとはってところもあったんじゃない。
すみ この小説が文学的に優れているかどうかって、一般読者には判断しづらいところがあるしね。
にえ そうそう、時系列を無視して、ただダラダラと思いつくままに書いているようで、なにかとても美しいものが心に残って、そこにはなにやらやっぱり練られたものがあったのかな、なんて思ったりも。
すみ 読んでおもしろい小説なのかどうかも微妙だよね(笑) 流れをつかんでサクサク読めるってものでもないし。
にえ 新しさがあったのかどうか、そこも悩むな〜。私はずっと前に読んだ「キキ―モンパルナスの恋人」を連想して、最近書かれた小説にしては、ずいぶん古めかしい感じがするな、なんて思ったりもしたんだけど。
すみ 一人の女性の半生が描かれているんだよね。その女性っていうのが、ジャン=ジャック・シュルの妻のイングリット・カーフェンなんだけど。
にえ イングリット・カーフェンは歌手で女優、といっても私たちにはわからないから調べてみたら、日本だと主演作品の「ラ・パロマ」あたりを見れば、こういう方かってわかりやすいかな。
すみ 今はジャン=ジャック・シュルの奥さんだけど、その前は<ドイツ・ニューシネマ>の旗手として知られた映画監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーと結婚していたの。といっても、私たちはファスビンダーってだれ?ってレベル。これは今年(2005年)の9月に「ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーDVD−BOX」ってのが出るみたいで、これでお勉強するしかないかな。
にえ 美しい声と容姿を持つ女優と新進気鋭の映画監督の夫婦、目立つなんてものじゃないって存在だったんだろうね。
すみ 交友も華やかだもんね。イヴ・サン・ローランは駆け出しの頃から知り合いで、アンディ・ウォーホルとも親しくて、あとは私たちが知らないだけの有名人がぞろぞろ。
にえ しかし、こういうフランスの小説を読むとつくづく思うんだけど、フランスの芸術家の方々は日本が好きだよね〜。この小説のなかでも何度も日本についての著述があった。
すみ ケンゾーとか、イッセー・ミヤケとかも名前が出てくるしね。
にえ で、この小説はそういう交友録的なもの、イングリットとファスビンダーとの結婚の顛末、それからイングリットがアレルギーに苦しむ少女時代から、華やかな世界に踏み込むまでの話などが書かれているんだけど。
すみ 私はなんだか、この小説ってイングリットのことが書かれているようで、じつはイングリットの目を通したファスビンダーのことが書かれた小説のようにも感じてしまったんだけど。
にえ 印象深いよね。なんだかんだありながらも、幸せに暮らすイングリットと比べて、ファスビンダーのほうは起伏の激しい人生だから。
すみ 子供時代のことから、強烈な母親、おかしなグループとのつきあい、亀とか、そういうものに対する異常なまでの恐怖心、そして死に様、ファスビンダーについては、かなり克明に書かれているんだよね。そのどれもが強烈な印象を残すし。
にえ 私が「キキ」を連想したのも、そのへんがあるためなのかもね。華やかな時代の輝きとその終焉、というか、たとえ作品は残っても、芸術家本人としては一時期にしかない花開く季節、ファスビンダーだけじゃなく、イヴ・サン・ローランやアンディ・ウォーホルや他の人たちも含めてなんだけどね、そういうものを書いた小説だなと思ったからかもしれない。
すみ それだったら、新しさは感じるかもね。ノスタルジックというより、かなり爽やかに書ききってるって感じだから。とにかくまあ、私たち的には勧めづらいけど、なかなかだったってことで。