=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「嘘」 アニータ・ブルックナー (イギリス)
<晶文社 単行本> 【Amazon】
アナ・ダラントという五十歳を過ぎた独身女性が、ロンドンの高級マンションから姿を消した。 大学を出て、留学までしていたのに、年老いた母の面倒をみるため、人生を棒に振ったような女性だった。 アナと結婚するかと思われたが、派手で我儘な女性と結婚してしまった主治医のハリディ、アナを嫌いながら も、何かあれば面倒をみてくれることを期待する老女マーシュ、三十年来の交際を続けていたパリの 友人マリー=フランス。アナに関わる人々は、アナを理解していたのだろうか。 | |
ブルックナーはず〜っと前に1冊読んでるよね。 | |
そのときは、すごく退屈だと思って、それっきり。退屈ってい うのは、その作品が悪いんじゃなくて、けっきょく読んでるこっちの理解力が足りないっていうか、感受性 の幅がそこまで及んでないって時が多いんだけどね。 | |
そうそう、最近、昔読んでぜんぜんいいと思わなかった本を読み かえして、うわ、こんなにいい本だったのかって感動するってことが増えてきたよね。そういうお年頃?(笑) | |
で、このブルックナーですが、五十歳を過ぎてから小説を書き だし、それからブッカー賞をとったりして人気の出た、イギリスの女流作家の代表格。やっぱりオコチャマ 領域ではないかな。 | |
そうだね。今回、新たに読んだ『嘘』で、それはあたらめて感じたね。 | |
主人公は、かたくなで、感情を表に出そうとしない、あまり美人 とは言えない中年女性のアナ。日常的に、同情されたり、利用されたり、邪険にされてる人。 | |
何もなかったと言いたくなるような人生よね。お金に困ったこ ともなく、外で働いたこともなく、恋愛の思い出もないに等しい。当然、この本の中でも、たいしたことは 起きない。 | |
それに、アナの母親の友人だったミセス・マーシュ。若い人の 性に理解を示し、必要以上に他人と関わるのを嫌う、自称「冷たい人」。 | |
この人もまた、病気でベッドに横になったり、娘に会いに行く 程度で、たいしたことは起きないよね。 | |
あとは、わりとハンサムで魅力的な男性医師のハリディ。奥さ んに振り回されながら、自分のために尽くしてくれた母をひたすら懐かしむ。 | |
結局この男もさ、生活を変える勇気なんてないから、ちょっと ぐらい魅力的でも、何も起きないし、期待もできないよね。 | |
そう。こういういわゆる平凡な人以上に、変化のない生活をして いる人たちの関わり合い、日常が淡々と書かれてるのよね。 | |
これは刺激を求めて本を読んでた時期だと、つまんない、退屈 って感じるのも無理ないかな、という気がした。 | |
登場人物に魅力も感じづらいかもね。作者は1928年生まれ なのに、登場人物はかなり旧弊的で、もう百年は昔の小説を読んでいるような気分にさせられる。 | |
じゃあ、この作家、この作品のなにがすぐれているのでしょう、 というと、そういう時代に取り残されたような人たちの心の機微、人と人とが関わるときにおきるわずかな 摩擦、そういう指摘されて初めて気づくような極細かな心の動きを、緻密に、正確に書いているのよね。 | |
心理描写が巧い、なんて、そんな言葉で片づけられないほど 綿密よね。どういう感受性や洞察力を持っていれば、ここまで書けるのかと、気づいてみれば、ほんと驚かされる。 | |
ほんと、細かく鋭い。細いペン先で、ひたすら時間をかけて 描いた絵の迫力っていうんでしょうか。派手なアングルも、奇抜な色使いも、なにもないのに、ただもう その細かさに圧倒される、そんな感じ。 | |
でもさ、この本は私たちにはちょっと早すぎてもったいなか ったかな。そう思わない? | |
う〜ん、そうだね。五十歳を過ぎた独身女性の心理、八十歳 を過ぎて、自らの選んだ孤独に耐える老年女性の心理、逃げられない結婚生活の重圧、書かれてることを 単純に理解することはできても、深く足を踏み込んで、共感するにはいたらなかったかもね。 | |
前は退屈な作家だと思った、今回は凄い作家だと思った、でも、まだだね。 | |
心を揺さぶられて信奉者になっちゃうには、まだ精神年齢が 足りてませんか、私たちは。 | |
うん、そんな気がする。適さない精神年齢で読んで、背伸びして 理解したふりする読書は、私はあんまり好きじゃないです。その時々の感受性に訴えてくる本が読みたい。 | |
ではまた十年後に読みましょうか。アニータ・ブルックナー、 作品はまだまだあります。頭で理解するだけじゃなくて、心で理解したい作家さんだよね。 | |