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 「砕かれた四月」 イスマイル・カダレ (アルバニア→フランス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
アルバニアの北部山地では、20世紀になり、空には旅客機が飛び交うようになってもまだ人々は古い掟に縛られていた。26才のジョルグ・ベリシャもまた、掟によって殺人者にならざるを得なかった。 一方、作家ベシアンはこの地に強く惹かれ、小説に書くだけでは飽きたらず、美しい新妻ディアナを連れ、新婚旅行でこの高地を訪れた。
にえ 2005年、国際ブッカー賞第1回めの受賞者となったイスマイル・カダレの作品を読んでみました。
すみ 紛らわしいから念のため、カダレはこの作品で受賞したってわけではないのよね。国際ブッカー賞はノーベル文学賞と同じで、作品ではなく、作家に与えられる賞みたい。
にえ この作品は、「ビハインド・ザ・サン」ってタイトルで映画化もされているって話だったんで、じゃあ、これ、と思って読むことにしたけど、実は映画のほうはこの小説に触発されて作ったってだけで、ストーリーはかなり、というか、ほとんど違うんだよね。
すみ 似て非なるものって感じだよね。まあ、主演のロドリゴ・サントロの写真に目が眩んで、ちゃんと調べなかった私たちが悪いんだけど(笑) 
にえ 小説を読んで、おかしいなとは思ったんだ。たしかに映像にしたくなるような美しさなんだけど、ストーリーが映画化するには難しすぎるのではないかと。そのまま映画化しなくて正解でしょう。
すみ で、小説のほうなんだけど、これは神話の世界をそのまま現代へ持ち込んだような、イスマイル・カダレ独特の作風だそうで、読みはじめはかなり戸惑ったよね。
にえ うん、これはいくらなんでも架空の話でしょ、と思いながらも、アルバニアの北部山地と場所もシッカリ特定できるし、空には旅客機が飛んでいるから、昔の話ってわけでもなさそうだし。
すみ この小説では、そのアルバニアの北部山地に住む人々は、現代になってもまだ古くからの「掟」に縛られて暮らしているんだよね。
にえ 掟はすべて書物に書かれていて、人々はそれを忠実に守っているんだよね。それがまたとても細かく定められているようで、じっさいに起きたことへの解釈に困った時には、掟を正しく実行させるための執行官のような人までいて。
すみ 人間性というものが無視されたような、復讐の掟だよね。これこれこういうことをされたら、復讐のために相手を殺さなくてはならないと決められていて、それを実行しなければ、実行しなかったほうが殺される。ときには一家全員が処刑され、家を焼き払われ。もっと酷いと、村全体が処刑されることもあるみたいで。
にえ ベリシャ家とクリュエチュチェ家はこの復讐の掟に縛られて、すでに44人の死者を出しているんだよね。一族のだれかを殺されたら、復讐のために相手を殺さなければならないから、いつまで経っても終わりは来ないの。延々に殺し合うだけ。
すみ 理由を知ると、いっそう驚きが増すよね。互いになんの恨みも利害関係もなかったのに、掟によって殺し合わなくてはいけなくなってしまったの。
にえ こうすれば殺し合いをやめるって掟もあるみたいなんだけどね、それはうまくいかなかったみたい。
すみ で、ベリシャ家の最後の若者ジョルグも殺された兄の復讐のために、クリュエチュチェ家の男を殺してしまうんだよね。
にえ 殺人を犯したものは掟に従い、袖に黒いリボンをつけ、次は自分が狙われるまでの猶予期間30日を過ごすことに。この小説は、その30日間のお話ということになるんだけど。
すみ でもさあ、掟、掟と言いながらも、そこには税金のようなものが発生したりして、結局はだれかを富ませるために掟に縛られているだけのような、そんなところも垣間見えてくるよね。
にえ 作家のベシアンはそういうところには気づいてないのか、この掟に縛られた地に独特の美学のようなものを感じているみたいだけどね。
すみ うん、ベシアンはこの地を題材にした小説を書いているぐらいで、かなりここに惹かれているみたいね。たまたまこのジョルグに与えられた30日のあいだに、ベシアンとその新婚の妻ディアナがこの地を訪れることになるんだけど。
にえ もちろん、こんなところに新婚旅行に来るなんて、この人たちぐらいのものよね。ディアナはもちろん、かなり嫌悪を感じたみたいだし。
すみ 話としては、私たちがかってにシェルタリング・スカイ系と呼んでる類のものかな。個人的には、男女のこういうパターンのものを読んでみたいなとたまたま思っていた時期だったから、うわ、ピタリとはまったなってところがあったりしたんだけど。
にえ 私としては、これ1作だと、読む努力のほとんどが馴染むことに注がれてしまったって感じ。もう何作か読まないと、物語世界を堪能しきれないかな。馴染めばかなり堪能できそうな予感をさせる作風だったし。
すみ 厚くないし、これ1作で読んだって言えるようになれば楽かななんて思ったりしたけど、それは甘かったみたいね(笑) でも、独特の味わいがなんとも後を引く、この人の作品をもっと読みたいと思わずにはいられなくなる小説でした。