すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「カリブ諸島の手がかり」 T・S・ストリブリング (アメリカ)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
アメリカ人でオハイオ州立大学に勤める心理学者ヘンリー・ポジオリが、カリブ諸島で数々の不可思議な事件に挑む。中編に近い長さの短編集。
<亡命者たち>キュラソー島に、ベネズエラを追われた独裁者ポンパローネが訪れた。そこに起きた殺人事件。殺されたのは、ポンパローネが宿泊するホテルのオーナーだった。
<カパイシアンの長官>カンパシアン島の為政長官ポワロンは、ポジオリを自分のもとに呼び寄せた。謎の魔術を使い、支配力を強めるヴードゥー教のまじない師パパ・ロワの正体を探ってほしいというのだ。
<アントゥンの指紋>マルティニーク島で、ド・クレヴィソー勲爵士と親交を深めたポジオリは、二人で銀行強盗の捜査に加わり、どちらの推理が正しいか、賭けをすることにした。
<クリケット>バルバドス島で、大銀行家の息子がクリケットの試合後すぐに死んでしまった。自殺なのか、他殺なのか。使い込みの事実が発覚したが。
<ベナレスへの道>トリニダード島で、ポジオリはインド人ヒンドゥー教徒の結婚式に参加した。その翌日、その結婚式の新婦が殺されて。
にえ これ、すっごくおもしろかった。でも、推理小説ではないよね?
すみ そうねえ、いちおうポジオリっていう探偵役の登場人物はいるし、 殺人事件とか謎はあるんだけどね。でも、たしかに推理小説って感じはしないよね。
にえ 謎を解いて事件解決チャンチャンって話じゃない。じゃあ、どん な感じかっていうと、カリブ諸島という風土も政治も多人種も、いろんな面で特殊な地域で起きた、摩訶不思 議な出来事の顛末。奇譚ものって色合いが強いような気がしたけど。
すみ うん、そうね。幽霊とか出てくるわけじゃなくて、ぐっと現実的 な話ではあるけど。でも、変わった話ばかり。だいたいからして、このポジオリって人は、事件に関わるけ ど、たいして解決してるわけでもないよね。
にえ この人、変わってる〜。まずね、この短い話の集まりの中 で職業が微妙に変化してる。
すみ 心理学者だったり犯罪学者だったり、大学教授だったり大学の 雇われ講師だったり。だいたいからして、なんのためにカリブ諸島をうろうろしてるんでしょう(笑)
にえ 性格も変なのよね。なんかやる気があるのかないのか、道徳 心があるのかないのか。心理学や犯罪学は、あんまり捜査に生かされてないようだったし。
すみ そういういい加減な人が、逃げ腰になりながらも、カリブ諸島 でなぜか名探偵だと評判になっちゃって、本人もまんざらではなかったりして、いろんな事件に直面するの。
にえ だからってユーモア小説ってわけでもないのよね。ポジオリって 人も、ぱっとしないながらも賢くもあるし、妙に淡々としてるし。
すみ でもさ、なんかこのパターンってけっこうハマルよね。 読んでて楽しくなってきちゃうんだけど(笑)
にえ 事件は一見、推理小説にありがちな普通の殺人事件だったりする んだけど、そこからの展開がまた変わってておもしろいよね。
すみ いろんな国の領土だったり、関わりがあったりしたために、 政治的にも信仰的にも複雑に絡み合っちゃってるカリブの事情ってものがあるのよね。一筋縄にはいかない。
にえ 犯人を含めた登場人物の考え方も、私たちが普通の小説で思っ てた常識からは外れてたりするしね。とうぜん、行動も私たちの思う普通からは外れてたりするから、読ん でて不思議な味わいがする。
すみ うん、どの話も、出だしはわりと普通の推理小説なんだよね。 そこからどんどん不思議な世界に連れて行かれるってかんじ。だからって最後まで謎がとけずにイラ イラさせられるって心配はなし。謎は解けるし、オチまでついてる。
にえ 単に探偵がカリブ諸島に観光に出掛けて、アメリカ人どう しとか、イギリス人どうしの殺人事件を解決するって話とは、あきらかに一線を画してるよね。
すみ そういう話だったら、カリブの美しい景色とか、南の島の雰囲気 とかを伝えて楽しませてくれるだけだけど、この本はもっと深入りしてて、カリブ諸島そのものを書いてるっ てかんじよね。濃厚な味わい。
にえ かなり問題提起もされてたよね。さりげない会話の中とかで。 そういった意味で、探偵役がカリブ諸島に深く関わってるイギリス人とかじゃなくて、なにしに来てるか わからないようなアメリカ人に設定されるわけなのかな、なんてこともちょっと思ったりして。
すみ それにしても、古さを感じなかったよね。本に書かれてる時代 背景は、作者が1881年生まれってことだから、ちょっと前になるんだろうけど、書いてる作者がちょっ と前の人だって感覚は読んでてまったくなかった。
にえ あ、そういえば話が違うけど、少数の白人に支配されるカリブ 諸島で、黒人の会話部分は当然、訛った喋り方になってるんだけど、その訛りの翻訳が一部おもしろかったよね。
すみ そうそう、大阪弁ふうになってるの。ちゃんとした大阪弁じゃな くて、東京の人がふざけて大阪の人のふりしてるときみたいな、おかしな大阪弁(笑)
にえ まあ、そんなこんなですんごい変わった肌触りの、おもしろい小説でした。
すみ まっとうな推理小説って枠内を期待しなければ、ぜったい楽しめると思う。
にえ 作者はもともと純文学作家で、けっこう堅めの社会批判を基軸 とした小説を書いてる人らしいよね。それで納得。たしかにミステリー作家ではないな。
すみ これはけっこう批判も皮肉もたっぷりだったけど、楽しく読ませ てくれる軽さがあったけどね。重い感じはしなかった。
にえ あ、最後の「ベナレスへの道」は驚かされました。短編集でも、順番どおり に読んだほうがいいかも。私たちは続編が楽しみだね。気に入りました。