すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「仮面の真実」 バリー・アンズワース (イギリス)  <創土社 単行本> 【Amazon】
14世紀後半のイングランド、ニコラス・バーバーリンカーン大司教に仕える若き副助祭だったが、延々と続くピラート版のホメロスを筆写する仕事に嫌気がさし、許可なく司教区を出た。 おまけに妻との不義を見とがめた夫に追われ、身の置き場をなくしていた。12月の寒さのなか、マントまでなくしてとぼとぼと歩いているところ、旅回りの役者一座に出くわした。 ニコラスは役者の一人として加えてもらい、一座と一緒に旅をすることにした。
すみ これはバリー・アンズワースの初邦訳本です。
にえ バリー・アンズワースは1992年にブッカー賞を受賞しているのよね。残念ながら邦訳されていないんだけど。
すみ この「仮面の真実」もブッカー賞にノミネートされているし、他の文学賞を受賞していたり、発表作品の多くがベストセラーになっていたりするし、 英国文学協会会員だということなんで、イギリスでは人気もあり、確固とした地位を築いた作家さんでもあると判断していいだろうね。
にえ どうして今まで邦訳されなかったんだろうね〜。しかも、文章の美しさだけで読ませるタイプじゃなく、ストーリーテラーということだから、邦訳に不向きってこともないでしょうに。
すみ まあ、他の作品の内容を知らないから、なんとも言えないけどね。日本人の読者にはわかりづらい内容のものが多いとか、理由はいろいろ考えられるから。
にえ まあね、でもとにかく、この「仮面の真実」はおもしろかったよね。すんごい気に入ってしまった。だから他の作品も、と思っちゃうんだけど。
すみ おもしろかったよね〜。べったり暗い色調でもなく読みやすいし、歴史的背景が活き活きしているし、ホント楽しめた。
にえ 14世紀後半のイングランドの旅回りの役者一座のお話なんだよね。考えてみると、シェークスピアが現れる前のイギリスの演劇話って読んだことなかったかも。
すみ うん、この本を読んで初めて知ったけど、オリジナルな作品より、聖書のお話をそのまま演じることがほとんどだったみたいね。
にえ いわゆる「道徳劇」ってやつなんだよね。この一座は旅の一座だから、お面や衣装を使って演じるだけみたいだけど、都会で芝居をうつ一座には、ちょっと今に通じるものがあるような、凝った演出をするところも出始めているみたいだった。
すみ 主人公のニコラスはまだ23才で、本当は神に仕える副助祭。でも、筆写の仕事に嫌気がさし、逃亡僧となってしまっているのよね。
にえ この時代の教会では、多額の寄付をしてくれた人のために、教会で所有する貴重な本を筆写してあげる、なんてこともよくあったんだろうね。でも、延々と本を書き写すだけの仕事をやらされる修行僧とかは、たしかに嫌になっちゃうかも。
すみ 聖書の筆写ならまだ修行だと割り切れるだろうけど、「ホメロス」だからねえ。23才の青年ニコラスにも耐えられなかったみたい。
にえ この小説の冒頭は、ニコラスが妻の浮気に気づいた夫から逃げる滑稽なシーンから始まるのよね。ニコラスは肉欲を忘れてひたすら信仰に生きるっていうよりは、ごく普通の23才、血気盛んな青年みたい。ゆるぎない信仰心は持っているけど。
すみ 自由に旅ができるはずもないニコラスは、ひょんなことから旅回りの役者一座に加わることに。この役者一座はある領主から発行された通行証を持っているから、この一員に加われば、旅をすることができるんだよね。
にえ 役者となったニコラスが役者の技術を学ぶことになるんだけど、へ〜、昔の芝居はこんなふうにやってたのか〜って興味深かったな。
すみ 一座はある町で芝居をうつことに。でも、その町では殺人事件が起きたばかりで、ちょっと変な雰囲気になっているの。
にえ 妙な事件なんだよね。殺されたのは少年で、捕まったのはか弱い女性。少年は牛を売ったお金を持って家に帰っているところを襲われ、殺されてしまったらしいんだけど。
すみ 道徳劇だけをやっていた一座は、ここで新しい演目をやることになるんだよね。なんかさあ、途中からミステリ小説のような様相を呈してきたよね。
にえ そうそう、真犯人はだれなのか? みたいなね。いろいろと知ってくるうちに、事件の真相が少しずつ見えてきて。
すみ ストーリーもおもしろかったし、後味も良かったけど、やっぱり歴史的背景がしっかり描かれていたのが惹かれまくったな。黒死病の流行や反教会の風潮とか封建諸侯と国王の力関係とか、馬上槍試合の風景とかもそうなんだけど、 もっと小さなところで、宿屋のおやじの態度とか、そういうのが自然に描かれていたのが良かった。
にえ これは長編小説としては短めで、やっぱり同じ歴史的背景がある小説でも、上下ものの超長編のようなものに比べたら、あっさり読み終える分、濃厚さが足りないと言われちゃう可能性があるけど、この長さでここまで歴史的背景をうまく反映させながらのわかりやすさ、おもしろさは、やっぱり「さすが!」というしかないでしょう。はっきり言って、この短さで、ここまでキッチリ出来上がった小説を書ける作家ってそういないんじゃないかな。とりあえず私たちは大満足だよね。オススメですっ。