すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「回転する世界の静止点 初期短篇集1938−1949」  パトリシア・ハイスミス (アメリカ)
                                        <河出書房新社 単行本> 【Amazon】

20世紀を代表するミステリ作家の一人であるパトリシア・ハイスミス(1921−1995)の初期短編集。未発表作品を含む14編収録。
素晴らしい朝/不確かな宝物/魔法の窓/ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち/ドアの鍵が開いていていつもあなたを歓迎してくれる場所/広場にて/虚ろな神殿/カードの館/自動車/回転する世界の静止点/スタイナク家のピアノ/とってもいい人/静かな夜/ルイーザを呼ぶベル
にえ パトリシア・ハイスミスの初期短編集です。未発表作品や雑誌に掲載されただけの作品がほとんどなので、ファンには嬉しい新刊短編集じゃないかしら。
すみ そんなこと言ってる私たちは、パトリシア・ハイスミスのファンなのかどうなのかってところはあるけどね(笑)
にえ そうなんだよね〜。パトリシア・ハイスミスの作品はリプリー・シリーズをはじめとして、長編はけっこう読んでるんだけどね。というか、一時期まとめて読みつづけたんだけど。
すみ 普通、それだけ続けて読むってことは気に入ったってことになるんだろうけど、パトリシア・ハイスミスはちょっと違うよね。読んでも読んでも、この作者はいったいどういう人なんだ? と疑問が深まるばかり、それで読みつづけたというか。
にえ まあ、もちろんストーリーその他が上質でいいなと思ったから読みつづけられたんだろうけどね。特に優れているとされるのは心理描写! それなのにそれなのに、普通どんな作家のものでも何冊か読めば、この作家はこういう考え方をするんだとか、意地悪だとか優しいとか、小説の向こうにある作者の姿を自分なりにつかむものなんだけど、この人はわからない〜っ。見えてこない〜っ。
すみ パトリシア・ハイスミスはクールって表現をよくされるけど、私たちにはその冷たささえ感じられないんだよね。感情がないのかしらとしか思えないんだけど。
にえ で、短編集だったら、長編小説を読むよりわかりやすかったりして〜、なんてこの短編集を読んでみたけど、やっぱりわからなかったね。
すみ でも、心理描写の巧さはより際だっていたし、これだけ読んでも作者の姿が見えてこないってことは、いくら読んでもストーリーの先が読めないってこと、緊張がとぎれず楽しめた。
にえ なんか長編でもそうだったけど、どの作品も読み終えるとモヤモヤっとした一抹の気持ちの悪さみたいなものが残るんだけどね。それもやっぱり一種の快感かな。この短編集に収められた作品群はミステリっていう枠にはおさまらない、とっても知的で冴え渡ったものばかり。
すみ 未発表作品が多いとはいえ、不発はひとつもなしって感じでレベルはほんとに高かったよね。どういう人だかわからないけど、やっぱり凄いわ、パトリシア・ハイスミス。ということで、好きな人、好きそうな人にはオススメです。
<素晴らしい朝>
ニューヨークでタクシーの運転手をしていたアーロンは、とある田舎町で人生をやり直すことにした。少しばかり金に余裕もあるし、町の人も親切だ。明るい兆しに胸を膨らませるアーロンだったが、フレイヤという少女と知り合って・・・。
にえ パッと見には親しげでも、じつは閉鎖的な田舎町の独特の怖さが伝わってきたな。
<不確かな宝物>
脚の悪い男が地下鉄のホームで、置き忘れられた鞄を見つけた。さっそく近づいていったが、小柄な男に横取りされてしまった。鞄の中身もわからないまま、脚の悪い男は鞄を持った小柄な男のあとを追った。
すみ 追う男と追われる男、二人の男の心理描写は滑稽なようでいて、やっぱりどこか鬼気迫るものが。
<魔法の窓>
ヒルデブラントは、ガレオン船の後部にある扉を模した両開きの扉が気に入って、<パンドラ・ルーム>という酒場に通っていた。ある夜、<パンドラ・ルーム>に入ってきた女性を見たヒルデブラントは、それが運命の人であることに気づいた。
にえ ん〜まあ、そうね。男と女ってそんなもの。って、なんかヒヤッとするなあ(笑)
<ミス・ジャストと緑の体操服を着た少女たち>
ミス・ジャストの吹き鳴らすホイッスルで、緑色の体操服を着た200人の女生徒は行進し、輪を作った。今度の月曜日に学校を訪問するお客様に見せるため、この6週間、ずっと練習してきたのだ。
すみ 月曜日にお客様が来るってことで、かなりピリピリしている女教師ミス・ジャスト。いたなあ、こういうヒステリックな教師。
<ドアの鍵が開いていていつもあなたを歓迎してくれる場所>
ニューヨークで働きながら一人暮らしをするミルドレッドのもとに、クリーヴランドから姉のイーディスが訪ねてくることになった。イーディスに気持ちよく過ごしてもらうため、きちんと生活していると認めてもらうため、ミルドレッドは必死に準備をしたのだが。
にえ 姉が泊まりに来るってことで神経質になるミルドレッド。なんか共感しすぎて息が詰まるなあ(笑)
<広場にて>
アメリカ人観光客が落としていく金によって住人がどうにか暮らしを立てているメキシコの村で、アレハンドロはその可愛らしい容貌を利用して、4才の時にはすでに兄より多く稼いでいた。 アメリカ人に媚びを売りつづけ、12才ですでに「男前」と言われるまでに成長したアレハンドロは・・・。
すみ これはちょっと長め。美貌と努力で貧困からのし上がろうとするアレハンドロはどうなるのか。もっと長くてもいいぐらいの内容の濃さだった。
<虚ろな神殿>
一人暮らしの信心深い女エマが妊娠した。エマは誰の子供か決して話さず、神の恵みだと言い張っている。夜、アーサーはハンマーを持ってエマを訪ねた。
にえ これは短いけど、なんとも薄ら寒く怖かったな。狂信的なエマが怖いし、先の見えないところも、書かれていない部分をタップリ残してあるところも。
<カードの館>
裕福で謎多き男リュシアン・モントリュックはこの15年間、贋作の絵を集めることを趣味としている。まがい物を見抜く能力は百発百中、彼が仕掛けた悪戯のために面目を潰された画商もいた。
すみ これはちょっと微笑ましくもある洒落た作品。リプリーを彷彿とさせるような独特のかっこよさ。
<自動車>
サンフランシスコに住むフローレンスとメキシコに住むニッキーは結婚して一年後、ようやくメキシコのサン・ビセンテで一緒に暮らすことになった。しかし、フローレンスにとっては水道さえ止まってしまうここでの暮らしに合わせるのは難しかった。
にえ メキシコの田舎町に倦むフローレンスに共感しすぎて息が詰まった〜(笑)
<回転する世界の静止点>
みすぼらしい共同住宅などが広がる22、3丁目のあたりに、美しいが閑散としている小さな公園があった。すぐ近くのもっと高級な住宅地にあるキャッスル・テラス・アパートメンツに住むミセス・ロバートスンは、その小さな公園を発見し、幼い息子のフィリップを連れて行くことにした。そこにみすぼらしい服装の母親らしき若い女と、フィリップと同じ年頃の男の子がやって来た。
すみ これは表題作にふさわしい作品。作者がどういう方向へ導いていくのかわからない、の代表作のようでもあり。
<スタイナク家のピアノ>
大きな菫色の瞳、病気のために白い肌をした35才のアグネスは、母親と二人で暮らしている。そこにサンフランシスコで音楽教師をしている3つ上の姉マーガレットが、ニューヨークへ連れて行くために18才の男子生徒を連れてきた。彼はアグネスの期待したそのままのような青年だった。
にえ 年齢に沿わないアグネスの純粋さが不気味なような、哀れなような。それにしても、こういうときの姉は他人よりも冷酷なものよね。
<とってもいい人>
まだ小さなシャーロットは、9才のエミリーと一緒に家の前で遊んでいた。そこを通りかかったロビーという男は、シャーロットだけにお菓子をくれて、夕飯のあとでドライブに行こうと誘ってくれた。
すみ これは書かずに匂わせているところにゾゾッ。そういうことでしょ?
<静かな夜>
老嬢のアリスとハティはホテルの一室で一緒に暮らしている。ある夜、ハティはアリスが先週、姪から買ってもらって大切に着ているセーターを鋏で切った。
にえ 友情とは言えないようなもので結びついて、離れられない女どうしの独特の関係。こういうのをなんの感情もまじえずに描写できてしまうところがこの人の凄さでしょ。
<ルイーザを呼ぶベル>
ヨーロッパから来て、ニューヨークのミセス・ホルパートの下宿で暮らすルイーザ・トロッテは、給料はそれほどでなくとも人間関係のいい会社で、出版部長ブランフォード氏の秘書として働いていた。ある日、同じ下宿に3人で住んでいる祖母と2人の孫娘が猩紅熱にかかって寝込んでいることを知り、ジーニーは仕事を休んで看病をすることにした。
すみ ここまで来ると疑ってしまうけど、これはふわっと優しい気持ちで微笑んで読み終えていいのよね? ラストにふさわしい優しさのある作品でした。