=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「ドクター・ブラッドマネー ―博士の血の贖い―」 フィリップ・K・ディック (アメリカ)
<東京創元社 文庫本> 【Amazon】 1981年、地球人移住の夢を担い、火星に向けてウォルト・デンジャーフィールドとその美しい妻を乗せたロケットが飛び立った。ところが、地球はその直後、核戦争によって壊滅状態となり、 妻を亡くしたウォルト・デンジャーフィールドはただ一人、地球をグルグルとまわる衛星と化した宇宙船の乗組員となってしまった。アメリカで生き残ったわずかな人々は、少人数のコミュニティーを個々につくり、 デンジャーフィールドから送られてくる衛星放送を頼りになんとか生き延びていた。しかし、地球上にはこれまでいなかった新種の生物が次々と発生し、人間のなかにもまた、これまでとは違ったタイプの者たちが現れはじめていた。 | |
これは以前サンリオSF文庫から「ブラッドマネー博士 または、原爆(ピカ)のあと私たちはいかにして生きのびたか」というタイトルで出ていた小説の新訳だそうです。 | |
フィリップ・K・ディックといえば、作品によって出来が大きく違って、まさに玉石混淆という印象、そしてサンリオSF文庫のシリーズもまた玉石混淆って印象があって、 正直なところ、この本も読んでみるまでは疑わざるを得なかったんだけど、これはよかったね。おもしろかった〜っ。 | |
うん、おもしろかった、私も大満足! SF小説ではなにかと使われがちな、核戦争後の地球って設定なんだけど、殺伐とした感じじゃなくて、もっと小社会で暮らしていた頃のような前時代的な雰囲気になってるというか。 | |
登場人物が活き活きと描かれていて、小社会での人間ドラマになっていたよね。 | |
それに超能力もののおもしろさが詰まってたしね。大友克洋の「童夢」みたいなドキドキする対決を含めての。 | |
私もちょっと連想した。表から見えづらいところでの攻防戦に迫力があったよね。それが子供vs子供っぽい大人だから、かわいらしさから来る独特の怖さっていうの、そういうのがあったりして。 | |
話は火星行きのロケットが発射されるところから始まるんだよね。これが1981年、とはいっても、現実の1981年とは違う小説のなかでの1981年なんだけど。 | |
1972年には不幸な核爆発事故があって、地球に甚大な被害をもたらしているみたいだしね。 | |
その事故はブルーノ・ブルートゲルトっていう物理学者のせいになってるみたいなのよね。本当は彼一人の責任ではないみたいだけど。でも、そのためにブルーノは世界から忌み嫌われ、精神を病んでしまっているみたい。 | |
ブルーノが友人のケラー夫妻に勧められ、通うことになった精神科医がストックスティル。ストックスティルの医院のすぐそばにあるのがモダン・テレビ商会というテレビを売っている店。その店に勤めるのがスチュアート・マコンキー。 | |
スチュアートは26歳で、学歴があるけど、たいした職にも就けない黒人青年で、ちょっと夢見がちなのかな。1981年の今、夢中になっているのはウォルト・デンジャーフィールドなのよね。 | |
美しい奥さんを連れ、火星へ飛び立とうとしているウォルト。でもさあ、火星への移住計画の第1弾として送られるのに、たった一組の夫婦っていうのも大丈夫かなあって感じだよね。 | |
まあ、長期にわたって暮らすための食料その他を宇宙船に積むとなると、それほど大人数でも行けないんじゃない。アダムとイブ的な象徴性を醸し出していたりもするけど。 | |
ウォルトは弁舌爽やかって感じよね。辛口のジョークを連発し、大衆を魅了するようなトークができる人。まさに人気DJタイプ? 核戦争後は地球に向け、ラジオ放送のDJのような役割を果たすことになるんだけど。 | |
モダン・テレビ商会には、新しいテレビ修理工が雇われることになるんだよね。それがサリドマイドによって生まれながらに車椅子生活を余儀なくされているホッピー。 | |
ホッピーは手足が不自由だけど、超能力を持っているんだよね。予知能力もあれば、触らずにものを動かせる力もあり、それにこれは超能力かどうかわからないけど、そっくりな物真似をする才能もあって。 | |
それで善人だったら問題なかったんだけど、ホッピーはそうとうな権力志向なんだよね。いつかは世界を手中に収めたいと思っているみたい。子供のような見かけのために、その怖ろしい性格はなかなか見抜かれずにいるみたいだけど。 | |
んでまあ、核戦争後はウェスト・マリンのコミュニティで暮らすことになるんだよね。アメリカでは生存者によっていくつかのコミュニティができていて、アメリカでの統一した法律もあるみたいだけど、それよりも各コミュニティ独自の規則のほうが優先されているみたい。 | |
そのコミュニティにケラー夫妻もいて、核戦争後にできたケラー夫妻の娘エディーは、お腹のなかに双子の弟ビルを内在しているんだよね。ビルは小さくて不完全だけど、生きていて、エディーと会話もできるの。 | |
そうそう、初めて知ったんだけど、フィリップ・K・ディックもまた男と女の二卵性双子の片割れなんだってね。ビックリ。エディーの双子の弟ビルがフィリップ・K・ディックの分身的存在だとしたらおもしろいよね。でも、それはないかな。ビルはとってもお喋りで、エディーだけじゃなく、死者と話ができるみたいなの。 | |
ひそかに地球中の人気者ウォルトと入れ替わろうと画策しているホッピー、美しく聡明なのに男あさりをやめられないエディーの母、核戦争後もどんどん病んでいくブルーノ・ブルートゲルト、などなど、小コミュニティのなかでさまざまな人々の思惑が交錯し、やがてどうなっていくのか。 | |
生きる希望のかいま見えるラストも含め、読んでるあいだじゅう楽しめたし、読後感もよかった。これは間違いなくオススメでしょってことで。 | |