すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「アジアの岸辺」 トマス・M・ディッシュ (アメリカ)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
トマス・M・ディッシュの日本再編集ベストセレクション短編集。本邦初邦訳8篇を含む全13篇。
降りる/争いのホネ/リスの檻/リンダとダニエルとスパイク/カサブランカ/アジアの岸辺/国旗掲揚/死神と独身女/黒猫/犯ルの惑星/話にならない男/本を読んだ男/第一回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡
にえ 初めて読んでみました、トマス・M・ディッシュの短編集です。
すみ トマス・M・ディッシュはストーリーテラーとして名高く、ニューウェーブ作家の一人としては、それまで小説としては低級と見られていたSFにジョイスやカフカやマンのような純文学作家の技法を取り入れたってことで、SF作家のなかでもとくに知的な作家として名高いそうだけど。
にえ そのへんはこれ1冊読めば納得だったよね。けっこう辛口で、シュールレアリズムの薫りただよう独特の理知的な冷たさがあって。
すみ SFの短編小説で多いオチの効いてるピリッとしたタイプじゃないんだけど、突き放すようなラストが投げやりじゃなく、キッチリ小説として作り上げてるなって印象だよね。
にえ あとさあ、前半の作品群がわりとどれも「救われない」小説だったから、う〜、ぜんぶこの調子だったら褒めても好きになれないってところかなあと思ったけど、後半の作品群になると、皮肉な明るさを感じさせるラストのものとかもあって、 こういうのもありで前半みたいな「救われない」のもあるんだったら、好きかなと思った。
すみ あ、だったら私はもうちょっと冷めて読んでたかも。私は楽しみつつも、がんばってるな〜って印象がちょっとだけ鼻についたというか。シュールレアリズムその他の偉大視される作家のレベルに引っ張り上げるぞとか、読書家と自負する読書量をキッチリ生かしてやるぞって意気込みが、ちらっちらっとそこかしこに覗き見えて、それが楽しくもあったけど、ちょっとだけ気負いがぎこちなく感じてしまったりとかもして。
にえ でもまあ、とにかく楽しめたよね。最初から最後まで緊張がとぎれず夢中で読めた。
すみ うん、良かった。SFファンに限らずってことでオススメです。
<降りる>
彼の財布にはもう4ドル75セントしかなく、この先、金の入るあてもなかったが、まだ止められていないクレジットカードがある。アンダーウッド・デパートで、まずは食料品、それから本を買い込んだ彼は、15階の<スカイ・ルーム>でくつろいだあと、下に降りるエスカレーターに乗ったが、そのエスカレーターは・・・。
にえ これはエスカレーターと恐怖をうまく結びつけたホラー的な作品。なんとなくだれしもが一度はこういう錯覚にはまりそうではあるけど、間違いなしの悪夢だなあ。
<争いのホネ>
マルタ・フィリップス=スミス夫人は、夫のテディーとプルーおばあちゃんとモーリスおじさんとセシリーおばさん、二人の弟タイローンとルーク、そして両親と暮らしているが、彼女と夫のテディ以外は・・・。
すみ 愛する家族とは、たとえ死んでも離れがたいものだけど、こういう未来はちょっと考えものだね。
<リスの檻>
僕はもう何年も、椅子とタイプライター、それに毎朝<タイムズ>が届くだけの部屋に閉じこめられ、死ぬことさえ赦されていない。いったいだれが、僕になにを求めてここに閉じこめているのか。
にえ 閉じこめられている僕はだれが、なぜ、なにをさせようとして僕を閉じこめているんだと必死に考えるけど、読者の私はその「僕」がだれであるか知ってニヤリ。
<リンダとダニエルとスパイク>
セントラル・パークを歩きながら、リンダは空想の恋人ダニエルに妊娠したことを打ち明けた。ダニエルは去っていったが、リンダにはお腹にいるダニエルとの子供スパイクがいるから孤独ではなかった。
すみ 空想の恋人とのあいだにできた子供。読んでる私は最初のうちこそ空想と現実の区別がついているけれど・・・。
<カサブランカ>
旅行中、カサブランカで足止めを食らっていたリッチモンド夫妻は、戦争でアメリカが壊滅したことを知った。他のアメリカ人たちはイギリスへ、スペインへと逃げ出したが、リッチモンド夫人は飛行機を嫌がり、船に乗ると言い張った。
にえ これはポール・ボウルズの「シェルタリング・スカイ」とかそのへんの小説を思い出すような、異国の地を舞台とした喪失感たっぷりのお話。 我身に降りかかってきたら怖いけど、好きだな、こういうのは。
<アジアの岸辺>
ジョン・ベネディクト・ハリスは、妻ジャニスが止めるのも聞かず、イスタンブールに来てしまった。もちろん、いつかはアメリカに帰るつもりだが。部屋を借り、新しいスーツをつくり、しだいにイスタンブールに溶けこみはじめたジョンの前に、彼を「ヤウズ」と呼ぶ女と子供の姿がちらつきだした。
すみ これも異国を舞台としているお話。ただそこでしばらく暮らしているというだけで、なにか絡みつかれ、しだいに囚われていくような精神的恐怖。そしてそれは気のせいってことではすまされなくなっていき、と。西洋人のアジアに対するイメージってこういうふうに表現されることが多いよね。この小説みたいにイスタンブールあたりが舞台だとわりとエキゾチック・ムードで、インドあたりを舞台としているともっとネットリ粘り着く感じかな。
<国旗掲揚>
どうしようもない革フェチのおかまだったレオナルド・ドウォーキンは、マンチェスターで電気治療を受け、その性癖から逃れることができた。その後、会社で順調な出世を遂げたレオナルドは、ある日のランチでククスカの店に誘われたが、その店は・・・。
にえ 一度は執着から逃れられたレオナルドだけど、本質的な性格まではなかなか変えられないようで。デフォルメされた右翼思想にちょっと笑ってしまうけど、こういうときは労働者然とした口調になるしかないのねと変な感心のしかたもしたりして。
<死神と独身女>
とうとう死ぬ決心をしたジル・ホルツマンは、以前にキャンプ行きのバスで知り合った男の子に教えてもらった死神の事務所に電話をした。
すみ これはユーモアたっぷりで最後も明るいお話。死神がなんともかわいいんだけど、しかし、殺してもらうのにそんなご奉仕をしなきゃならないなんて(笑)
<黒猫>
ウィラード夫人から借りたアパートに猫が現れた。自殺した前の借人ローリエ夫人が飼っていた猫のようだ。彼は猫をミッドナイトと名付け、大事に飼うことにした。
にえ これはエドガー・アラン・ポー「黒猫」へのオマージュ的な作品みたい。ポーの「黒猫」の恐怖が蘇ってくるような、短いなかに思わせぶりたっぷりな小説だった。
<犯ルの惑星>
地球で、女だけの暮らしを満喫しているコリーにも、いよいよ快楽島へ行く時が来た。そこで女たちは初めて男と出会い、強姦されるのだ。コリーはまだ処女でいたかったが、女がそこへ行かなくては子孫が絶えてしまうこともわかっていた。
すみ これは、これでもかってぐらいシモネタ満載のお下品な作品でした(笑) でも、なぜ男と女が別れて暮らしているのかとか、そのへんの謎はキッチリあかしてくれていたし、最後のオチもビシッと決まっていて、出来はとっても良いの。
<話にならない男>
バリーはコミニュケーション免許を取りに行ったが、運がいいのか悪いのか、書類の紛失で仮免許となった。免許を取るには推薦シールが3つ必要だ。バリーはパーティランドへ出掛けて、出掛けて、巡り会った人たちと会話をかわして、なんとかシールをもらおうとしたのだが。
にえ 人と会話をしてコミニュケーションをとるのに免許が必要だという未来のお話。なんでも同調してしまうバリーは免許を取れるのか。ってことで、なかなか可愛らしい作品でした。しかし、現実にそんなことになったら、私は免許取れるかな〜と不安もよぎったりして(笑)
<本を読んだ男>
ジェローム・バグリーは高校を出てから12年間、さまざまな学校に通って多くの資格を取っていたが、給料をもらえる仕事にありついたことはなかった。保護観察官のモナ・スカイラーは、ジェロームに本を読んでお金を稼げるという広告を見せた。
すみ これはネット上でもよく見かける「在宅で簡単に高収入を得られます」みたいな美味しい広告のお話。その仕事を得るためには、まずその前に講習を受けなきゃいけないとかなんとかで、どんどんお金を巻き上げられちゃうパターン。わかっていても本を読むだけでお金がもらえるっていいな〜と思いつつ、本を読むことは楽しくないという大前提に、ひ〜っ(笑)
<第一回パフォーマンス芸術祭、於スローターロック戦場跡>
K・Cはタロットカードの「吊された男」からヒントを得たパフォーマンスをするため、はるばるノースカロライナのスローターロック戦場跡を訪れた。
にえ これは恐怖のなかで冷めて損得計算をする人の異常さにゾゾゾッとするという。しかしたしかに、パフォーマンスっていうものはどんどん過激になっていくしかないのかもね。過激さを増すと、なぜか迫力は増さず、バカバカしさが増すような気もしなくもないけど。