すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「五輪の薔薇」  チャールズ・パリサー (イギリス)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】 (1) (2) (3) (4) (5)
19世紀初頭のイギリス、のどかな田園地帯にある館で暮らす少年ジョンと、やさしく美しい母。 幸せな暮らしをしながらも、母はなにかに怯え、それをジョンに隠していた。そこには、五代前から、 そして五つの家系をまきこんだ、莫大な財産の行方にからむ秘密があった。
にえ さて、なにから話しましょう。なにせ作者が執筆に十二年費やしたという、上下巻あわせて1300ページ近くで、しかも2段の壮大な物語ですからね。
すみ 順序にそって話すしかないんじゃない? とりあえずまず言っておかなければならないのは、主人公は通して一人の少年です。入れ替わったりしません。
にえ それではまず、最初の4ページ。ここはあとからわかるんだけど、最初読んだときは意味不明です。軽く読み流しましょう。だれが語り部か最後のほうでわかって、それまたおもしろいんだけどね。
すみ で、そのあとから物語が始まっていくのよね。あ、その前に、重要な登場人物や背景は軽くメモをとっておいたほうがいいですよ。
にえ すごい量になりそうって思いきや、上巻ではたいした量にはならないよね、たぶん。何行かですむと思う。
すみ ちなみに、上巻はメモを見なくてもすらすら読める。メモが必要になるのは下巻になってから。
にえ 最初は賢くてやんちゃな少年と、美しくて、世間知らずだけどやさしい母、それに意地悪そうな乳母と他の雇われ人などが登場する館の物語。
すみ あれって思わなかった? 私はぜんぜん違う話を想像してたんだけど。
にえ うん、質のいい児童文学でも読んでるみたいで、それはそれで楽しいんだけど、壮大な謎はどうしたんだろう、このまま進むの?ってちょっと不安でもあった。
すみ それからいろんなことがあって、次々と母子に不幸が襲いかかり、ここからは少年が主人公の冒険小説。
にえ あとがきにも書いてあったけど、まさにディケンズの世界。苦労を重ねる物語の展開もそうだし、本当に現代に書いたの?って疑うほど、1800年代初頭の雰囲気そのものだし、描写からなにから、想像だけで書けるような軽いものじゃなかった。
すみ その世界に生きてるからこそ書けるって内容だったよね。貴族階級から庶民まで、生活の匂いがプンプンしてくる。
にえ ちょっと古典に近い作品が好きな人なら、大満足でしょう。ディケンズが現代に蘇って書いたのかと思うほど、徹底している。
すみ ただ、古典があまり好きじゃない人でも引き込まれる読みやすさがあったよね。
にえ うん、くどくどしい著述がなくて、展開は次から次へとものすごいことになっていくからメリハリがきいてて、すごく読みやすい。
すみ それに、細かく章や項に分れてるから、じきにひと区切りつけられるっていう目安になって、そういうところも読みやすかったよね。
にえ そうそう。ちなみに上巻は670ページほどで、60項に分れています。つまり、だいたい10ページずつくらいで区切って読めるってことよね。
すみ で、上巻は最後まで、その幾多の困難に出会う少年の過酷な冒険の物語です。
にえ どうなるの〜、どうなっちゃうの〜って夢中になって読んじゃったよね。で、そのままなのかなあと思いきや、下巻になるとだんだん加速して、謎が解けていきます。
すみ 前に出会った人が急にまた現れて前に出てきた理由がわかったり、複雑な人間関係の謎が解けたり。にえちゃんのようにメモを怠ってた人は、あわてて上巻のページをめくりなおすことになります。
にえ 私はあなたのメモをこっそり見たから大丈夫だったよ(笑)
すみ ったく。で、大まかに言うと、少年が生きてたほうが助かる家系組と死んでくれることを望んでいる家系が出てくるんで、この辺は頭の中できっちりわけといたほうがいいよね。
にえ <慣習法>と<衡平法>って耳慣れない昔の法律用語がやたら出てくるんで必死にメモしたけど、これはあまり重要じゃなかった。重要なのは、ひとつの土地に、使用権と所有権が別々に設定されていることと、遺言に設定されている、限嗣相続と残余権相続。
すみ 使用権っていうのは、その土地を管理運営して、そこから収入を得ることのできる権利、所有権は、たんにその土地を所有してるってだけで恩恵にはあずかれないってことね。
にえ そうそう、お勉強できてますね(笑)で、限嗣相続っていうのは、一代限りの権利で子孫には残せないってことで、残余権相続っていうのは、上から順番に遺産を受けとる権利の人がいなくなっていくと、次に指名された人がその権利をもらえるっていうこと。
すみ ここでゲゲゲッと思っちゃった人もいるかもしれないけど、要はそれだけわかってれば大丈夫。法律に関してはそれ以上ややこしくはなりません。
にえ で、からんでくる五つの家系は、ハッファム家、モンペッソン家、クロウジャー家、マリファント家、パルフラモンド家。ここが凄まじくもおもしろい。
すみ 複雑な利害関係がからんでる上に、互いの婚姻関係があって入り混じってるのよね。たとえば、ハッファム家の父とモンペッソン家の母のあいだに生まれた娘、なんてかんじで。
にえ そうなの。完璧な家系図を書いておけとはいわないけど、それぞれの人物がどの家系に属するのかぐらいには、頭を整理しておいたほうがいいよね。
すみ 下巻の後半になってくると、理由もなく現れた登場人物たちの正体が次々とわかってくるのよね。
にえ 一見、関係なさそうだった人同士の血のつながりがわかったり、なにげなく見過ごしていた行動が説明されたり、ここまで長いのに綺麗にまとまっていくっていうのは、もう快感だね。
すみ そしてほぼすべての謎が解け、余韻の深いラストシーン。ああ〜、読んでよかった〜(笑)
にえ 思ったのとは違ってたけど、すごい小説だった。19世紀のイギリスを完璧に蘇らせ、浮かび上がらせた物語といい、設定から性格、生い立ちまで、本当に厚みのある魅力的な登場人物たちといい、おなかいっぱい、大満足。この本は普通の現代小説とは並べられないよ、古典の名作に並べておいたほうがいいね。
すみ うん。いつかはイギリスの古典文学を読もうと思ってる人は、この本からはじめてもいいかもしれない。現代人のための古典ってかんじよね。
にえ 長くても、途中で放り出せないでしょ〜(笑)
すみ 少年が主人公の物語が好きって人にもおすすめだね。
にえ ちなみに、この作者はこの本がデビュー作。この先、またこれほどの大作を書いてくれるのかどうか。とにかく楽しみです。