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 「グノーシスの薔薇」 デヴィッド・マドセン (イギリス)  <角川書店 単行本> 【Amazon】
1523年8月6日、ジュゼッペ・アマドネッリ(通称ペッペ)が死んだ。ペッペは貧民街出身の小人でありながら、かつて教皇レオ10世(ジョヴァンニ・デ・メディチ)の側近として仕えていた。 ペッペは手記を残していた。その手記に書かれていたのは複雑な性格を持つレオへの思いと、ひそかに信仰を深め、洗礼を受けていたグノーシス教団の顛末について、そして、その教団にペッペを導いた愛する女性ラウラのことだった。
すみ これは哲学・神学者という以外はほとんど素性がわかっていないという謎の作家デヴィッド・マドセンのデビュー作だそうです。
にえ 帯には「『薔薇の名前』の荘厳さに『ダ・ヴィンチ・コード』の面白さが出会った!!」とあるけど、これは無視したほうがいいかも。
すみ そうだね、「薔薇の名前」も「ダ・ヴィンチ・コード」もミステリとして扱われる小説だけど、この「グノーシスの薔薇」はミステリ要素は別にないもんね。そこに期待しちゃうと、いったいいつミステリ的展開が始まるの? と待ってるだけで終わってしまいそうな。
にえ 海外で紹介されるときに引き合いに出されるのはジュースキントの「香水」だって巻末の訳者あとがきに書いてあったけど、たしかにそっちを意識していたほうがよさそう。
すみ 内容は、なんというか、かなりエロエロでグログロな描写があるんだけど、まあホントにグログロだから性的な興味には結びついていかないんじゃないかなって感じで、おもしろいのはそのエログロさゆえに、かえってなんだか独特の格調の高さみたいなものが醸し出されているんだよね。
にえ うん、思いっきりエログロなんだけど、感情を込めずにネットリと書いてくれてあるせいか、いやだって気持ちにもならずに妙に冷めて読めるし、読んでてなんだかとってもレベルの高いものを読んでるなって気になるよね。
すみ ただ、学生の時から世界史が苦手で、この小説に書かれている時代のイタリアだのフランスだのってのが特にダメダメで、いまだに頭の中で整理されていない私には、歴史的背景の部分がエログロよりもずっと辛かったりしたんだけど(笑)
にえ 私もダメだから、なんのアドバイスもできないよ。メディチ家がどうなっただとか、皇帝がどうしたから教皇軍がどうしただとかって話になってくると、もう頭痛が(笑)
すみ まあでも、最悪の場合、私たちのように歴史的背景の部分でヘロヘロになっても、ストーリーは充分に堪能できるんだけどね。ひたすらペッペだけを追うってことで。
にえ ペッペは貧民街で生まれ、あやしげな自家製ワインを売りながら体も売っていた母親に育てられた”小人”なんだよね。これは完全に差別用語として使われている意味での”小人”なのだけれど、作品の時代背景等のためあしからずってことで、ここでもご勘弁を。
すみ 母親に疎まれ、劣悪な環境のなかで暮らしていた少年ペッペに声をかけてきたのがラウラという美少女。この美少女の導きで、ペッペはグノーシス主義者の一員となるんだよね。
にえ グノーシス主義というのは、なんとなく名前だけ聞いたことがあるようなって程度だったんだけど、この小説でわかったよね。かなり古くからあるキリスト教の亜流、とでも言えばいいのか。
すみ 信じている神は同じなんだよね。でも、一般的なキリスト教では肉体とか、そういった目に見えるものもすべて神によって造られたってことになるけど、グノーシス主義の考え方だと、そういったものは悪が造ったもので、神が造った美しい精神がそういった悪が造ったものの中に閉じこめられてしまっているってことになるのよね。
にえ もちろん、この時代だから、グノーシス教団の一員だと知られれば、異端のものとして処刑されてしまうんだけど、どんなに清らかな精神と知性を持っていても、フリークとして扱われるペッペがこれを信じるようになったというのは理解しやすいところだね。
すみ むしろ不思議なのは、グノーシスの教えを信じているペッペが、紆余曲折を経て辿りついたローマ教皇レオのもとに仕え、そのレオを敬愛することだよね。
にえ レオという人間そのものを愛したのは理解できるけどね。というか、グノーシス主義者だからこそ、ローマ教皇という外的要素を排して、レオそのものを敬愛することができたのかな。
すみ 排さなきゃいけないのは教皇だってことだけじゃなさそうだったけどね、レオは太っていて尻に腫瘍があって、それが膿んでるうえに処女の尿とか薬草だとかを塗りたくっているから、臭くてしょうがないみたいだし、 女役の男色家で、若い男にしてもらうのが好きだということだし、無駄遣いはするし、子供っぽい性格だし。
にえ でも、バカじゃないんだよね。ときおり見せる煌めく知性。それに、気前がいいし、ペッペがかなり辛辣な口の利き方をしても赦す寛容さがあったりもして。
すみ ユーモアを愛している人独特のおおらかさというか、そういう魅力があったよね。ただ、もうちょっと詳しく知りたかったけど、レオに関する記述は意外と少なかったような。
にえ 大事なのはグノーシス教団を襲う悲劇のほうだもんね。唯一ミステリと解釈できるとしたらここかな。悲劇のあとで教団のマスターが不可解な行動をとるんだけど、それはなぜかってところ。
すみ グロテスクな描写が続くなかだからこそ、ペッペの愛の清らかさ、純粋さが胸を打つよね。あ、あと、ラファエロとか、レオナルド・ダ・ヴィンチとかがビックリするような人物像として出てくるのが驚きだった。
にえ ホントにまあ、いろんな意味で濃厚で、なかなか勧めづらいところのある本だったよね。ルネッサンス期のローマの毒々しいまでの描写も含めて魅力もたっぷりだけど、どうなんだろうってところもあるし。とりあえず、もしこの作家さんの本をこの先また翻訳してもらえたら、私たちはかならず読みますってことで。