すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「チューリップ・タッチ」 アン・ファイン (イギリス)  <評論社 単行本> 【Amazon】
ナタリーのパパは、ホテルの雇われ支配人。今までにも家族でいろいろなホテルに移っていた。でも、今度のパレス・ホテルは特別だった。古びて改修の必要はあったが、客室数は60以上、クジャクの放たれた緑色の芝生にかこまれた、まっ白の大きなホテルだった。 ようやく落ち着いた頃、パパとの散歩の最中に、ナタリーは麦畑に仔猫を抱いてたたずむ少女を見かけた。少女はチューリップという変わった名前で、新しい学校ではナタリーと同級生だった。ナタリーはすぐにチューリップと友達になった。まさかチューリップと友達になることで、 自分の、そしてチューリップの未来が暗転してしまうかもしれないなんて、考えもせず・・・。ウィットブレッド賞受賞作品。
すみ 私たちにとっては、ものすごく久しぶりで、2冊めのアン・ファインです。
にえ アン・ファインはイギリスでは有名な作家さんみたいだけど、日本ではもうひとつかな。映画「ミセス・ダウト」の原作者といえば、あ〜、と言ってもらえそうだけど。
すみ 作品はおもに児童文学なんだよね。でも、私たちが前に読んだ「キルジョイ」は異常心理もの。 これが素晴らしく良くって、優れたストーリーテラーである児童文学者というだけではなく、卓越した心理描写の才能もおありのようだと、ひそかにまた大人向けのものが出ないかと期待してたんだよねっ。 
にえ 「キルジョイ」は凄かったよね。片頬に醜悪な傷のある中年の大学教授が、自分を見て笑った美しい女子大生へ異常な愛情を燃やしていくという話なんだけど、 その大学教授の心理が怖ろしいほどに伝わってきて、ものすごい緊張感だった。
すみ ふだん児童文学や「ミセス・ダウト」を書いてる方がこういうのを書くんだ、と不思議にもなったけどね。正反対の印象。
にえ この「チューリップ・タッチ」は、そういうアン・ファインの作家としての二面性が融合してひとつの作品になったってところだろうね。相乗効果で素晴らしい作品に仕上がっていた。
すみ 異常な行動に走る子供を、もう一人の子供の目から描写したもので、かなり問題提起を含んだ作品なんだよね。YA本かな、とちょっとなめてかかったら、とんでもなかった。
にえ むしろ、大人が読んで、討論の場を設けてほしくなるような内容だったよね。イギリスでは、かなりの議論を巻き起こしたそうだけど、それも納得。読んで終わりにはできないでしょ。いや、大人と子供が一緒に読んで、みんなで討論できたらベストだな。
すみ でも、単に問題提起ってだけじゃなくて、小説としてもすごく優れた作品だったよね。さすがはアン・ファイン。ナタリーという少女の語りでお話が進んでいくんだけど、この語り口がほどよく辛口でピリッとしていて、何度もハッとさせられるの。
にえ 良いよね〜。ときおり物凄く辛辣なことを言うし、ビックリするぐらい冷めたことを言うけど、だからって大人が書いた少女って感じじゃなくて、ちゃんと少女なんだよね。なんでも見透かしているようで、じつは見えていないところもあったりして。
すみ 表面的には、ナタリーはちょっとおとなしめの女の子なんだよね。やさしいパパとママがいて、立派なホテルに住んでいて、まあ、雇われ支配人ってことだから、そんなに裕福ってわけではないけど、とりあえず暮らしに困っていない、恵まれた家庭の子。
にえ ママが弟のジュリアスに夢中になりすぎてるってのが唯一つらいところだよね。でも、そのへんはけっこうナタリーも割り切って考えるようにしているみたいだけど。
すみ で、そんなナタリーが知り合うのが、チューリップという変わった名前の女の子。チューリップは一言で言えば、恵まれていない女の子だよね。
にえ 家は貧しく、父親は暴力的、母親は気弱で、見るからに荒れ果てた家庭だものね。チューリップにしてみたら、ナタリーの家庭は眩いばかりだろうな。
すみ でも、チューリップが媚びるってことはないんだけどね。二人の友情にはハッキリと上下関係がついていて、あくまでもチューリップが上、ナタリーが下。やがては威張りくさって命令するご主人様と、なんでも言いなりの奴隷みたいな関係になってしまうんだけど。
にえ こういう女の子どうしの主従関係のような友情は理解しやすいよね。どうして女の子どうしだとこんな関係になっちゃうのかは不思議だけど。
すみ 問題は、チューリップが普通の女の子じゃないってところなんだよね。学校では嘘つきで凶暴だから鼻つまみ者、教師には逆らってばかりだし。でも、学校の外ではもっと危険。次々に新しい遊びを思いつくけど、どれもが他人を攻撃するような悪い遊びばかりで、それもどんどんエスカレートしていって。
にえ 未成年のうちに犯罪者となることが決まっているような女の子だよね、精神的に不安定で、つねに攻撃的。それが荒んだ家庭のためだってことは明らかなんだけど。
すみ 同情する気持ちもあり、惹かれる気持ちもありで、ナタリーはなかなかチューリップから離れられないんだよね。なんか気持ちがわかりすぎて、読んでて息が詰まってくるほどだった。
にえ チューリップの嘘はかなり切なかったな。黄色の素敵なドレスが懸賞であたったとか必死になって自慢したりするの。だれもが嘘とわかっていても、どうしてチューリップがそういう嘘をつくかわかるから、それは嘘だと言えなかったりしてね。
すみ でも、そういう中途半端な同情じゃ、チューリップを救えない。そういうことについては、ナタリーはかなり辛辣に大人を批判していたね。だけど、ナタリーにもチューリップは救えないし・・・。
にえ 二人が8才の時から中学生の頃までの話なんだけど、かなり激しいものだった。読みはじめたら一気でしょ。増えつづける児童の犯罪に戸惑っているのは日本もイギリスも一緒なのね。そういう問題について、アン・ファインが真正面から取り組んだ小説でした。しかも、少女時代という一時期を鮮やかに描き出した小説。オススメです。