=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「くらやみの速さはどれくらい」 エリザベス・ムーン (アメリカ)
<早川書房 単行本> 【Amazon】
すでに自閉症の幼児期での治療が可能になっている近未来、35歳のルウ・アレンデイルは自閉症の最後の世代だった。ルウは自閉症の社員として会社に勤め、週に一度はフェンシングの教室に通い、日曜日には教会に行くという穏やかな生活を過ごしていた。 ルウの持つ特殊な能力は仕事で充分に生かされている。同じ職場で働く自閉症の同僚仲間もいれば、親しくしている健常者もいる。相手の気持ちはわからないが、好きな女性もできた。もちろん、ときには挙動不審ととられて動揺することもあるが、すべてが順調といえた。しかし、新任の上司クレンショウは、ルウたちを自閉症治療の実験台になるよう申し渡してきた。 今の自分が気に入っているのに、どうして治療され、自分でない自分にならなければいけないのか。それとも、治療を受けるのは良いことなのか。ネビュラ賞受賞作品。 | |
これはアメリカの作家エリザベス・ムーンの初邦訳本で、ネビュラ賞受賞作です。 | |
ネビュラ賞ってファン投票じゃなくて、SFの作家、編集者、批評家などが選ぶ賞だよね。だから私はてっきり、わりとSFらしいSFっていうのかしら、遠い未来とか、まったくの異世界とか、そういうところが舞台のSF然としたものが選ばれる賞かと思っていたんだけど、そうでもないんだね。 | |
そうね。これもSF? まあ、たしかにSFだけど、いわゆるSFファンが読む小説って感じじゃないな〜、と私も思った。これはほとんど現代と変わらない近未来が舞台で、未来だなと感じるところは、自閉症の幼児期での治療が可能になっているところと、成人の自閉症の治療が開発されたってところぐらい。 | |
なんといっても、扱っているものが、私たちの思っているようなSFっぽくはなかったよね。自閉症の主人公ルウを通して、自閉症であることについて問いかけてくるような内容で。 | |
大半がルウの日常だしね。いろんな人と会い、いろんな話をして、そういう人間関係のなかでいろいろ起こる。もちろん水面下では、新しい治療のプロジェクトが進んでたりもするんだけど。 | |
まず、読みはじめて驚くのは、自閉症のルウ自身が自分の暮らしを語ることだよね。三人称になる部分もあるけど、ほとんどはルウの語りで進行していくの。 | |
とりあえず、自閉症について扱っている小説ということで、知識がないとわかりづらいのかなと不安になる方もいるかもしれないから先に言っておくと、自閉症の知識については白紙の状態から読んで、まったく問題ないよね。 | |
中途半端に知識があるよりは、まったくないほうが読みやすいんじゃないかって気もするよね。あ、だからってエリザベス・ムーンがいい加減なことを書いているってことでは決してないんだけど。ちなみに、エリザベス・ムーンの息子さんが自閉症なんだそうです。 | |
タイトルの「くらやみの速さはどれくらい」っていうのは、その息子さんが質問してきた言葉なんだってね。ルウは息子さんがモデルってわけではないんだけど、この言葉は小説中でも効果的な使われ方がしていて、素敵だった。 | |
この小説のルウっていうのは、ちょうど中間世代的な立場になるんだよね。ルウより若い世代には、自閉症として生まれてきても幼児期での治療が可能だから、まったくの健常者として暮らしていて、ルウより前の世代は、ルウの世代が幼い頃から受けてきたような療法も受けていないから、社会に適応しづらいみたいで。 | |
「健常者」とか、「社会に適応」とか、なんかイヤな言葉だよね。この小説を読んでつくづく思ったよ。 | |
それだけルウに魅了されたからでしょ。小説の中の登場人物にも、ルウに人としての魅力を感じて、友情をはぐくもうとする人たちがたくさん出てくるけど、読めばそれも納得だよね。私も魅了されてしまった。もちろん、登場する人たちのなかには、ルウを知りもしないで見下したり、平気でイヤな扱いをするようなやつもいて、自閉症の人たちを取り巻く環境の厳しさを痛感させられたりもしたんだけど。 | |
ルウはパターン分析においては天才的で、それを仕事にも、フェンシングにも生かしているんだよね。ふだん私たちが意識もせずにやっているような、相手の表情を読んで反応するってことができなくて苦労しているみたいだけど、つねに努力しているし、やさしさを感じもするし、好きになる気持ちもあるし。 | |
ルウは職場では、同じ自閉症の同僚にかこまれているんだけど、彼らの関係って、正直なところ、羨ましいと思う人も多いんじゃないかな。私もそうなんだけど。 | |
うんうん、たとえば食事に誘われても、自分が家でテレビを見る日だったらそう言ってあっさり帰る。断られたほうも、そうなのか、と思うだけで、イヤな気持ちにはならないし、帰るほうも、気分を害したかな、悪いな、とは思わない。ルウが健常者の人もこういうふうにできたら楽だろうにって言ってたけど、ホントにそう。 | |
とにかくルウは、学ぶことが好きで、良く生きようとまっすぐに努力していて、何曜日にはなにをしなくちゃいけないとか、そういう決まり事にとらわれてしまうところさえも、なんとか他の人との交流を優先させようとしていて・・・そう、つまり、まわりの人がルウに気遣ってるんじゃなくて、ルウがまわりの人に合わせてあげてるんだよね。 | |
してやってる、なんて恩着せがましい気持ちはなしでね。 | |
そうそう。とにかくまあ、読んでみれば、ルウの魅力はわかると思う。 | |
ルウの日常を追い、ルウという人間を知るってことに、そうとうなページ数がさかれていたよね。私は読んでいて、なぜここまで、と思ったんだけど、それは最後に納得したな。ルウの魅力を完全に理解したあとじゃなくちゃ、あのラストに込められたものは理解できない。 | |
とにかく、ルウの直属の上司で、自分にも自閉症の兄がいて、その上司のクレンショウがルウたちを自閉症治療の実験台にしようとするのを必死で阻止しようとするオルドリンとか、ルウにフェンシングを教えながらも、ルウの能力の高さ、人としての魅力を敬愛するようになるトム、等々、 ルウを取り巻く登場人物たちの気持ちもどんどん伝わってきたよね。 | |
ラストについてはね、2パターン予想していたんだけど、そのどちらでもなかったな。そういう想像をしていた自分が著者と比べてかなりヤワだったと思い知らされた。 | |
きついラストだったね。読み終わった瞬間には突き放されたようにも思えたけど、数分後には、むしろ、読者を信じて全身で飛び込んでくるラストだったんだなと納得。受けとめた私たちは、これからどうすればいいのか、じっくり考えたいところだね。とにかく、そんじょそこらの生ぬるい小説じゃないですよ。オススメですっ。 | |