=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「灰色の魂」 フィリップ・クローデル (フランス)
<みすず書房 単行本> 【Amazon】
私は、1917年12月の最初の月曜日、われらが町、V市で起きた<事件>を今も振り返らずにはいられない。川に沈んでいた少女の遺体・・・。しかし、その<事件>を語る前に、V市で30年以上にわたって検察官をつとめた、ピエール=アンジュ・デスティナのことに触れなければならない。 若くして妻が亡くなり、父親も亡くしてからは、デスティナは一組の夫婦の使用人だけと、美しい庭園のある屋敷に住んでいた。その庭園内には小さな家があり、長くだれも住んでいないところを、しばらくは近くの工場の管理職が入れ替わりで借りて住んでいた。しかし、戦争でそれもなくなると再び空き家となった。 そこへある日、小学校に新しく赴任してきた、若く美しい女性教師が住むことになったのだ。 | |
これは、フランスの作家フィリップ・クローデルの初邦訳本です。2003年ルノード賞受賞作品。 | |
ルノード賞っていうのは、ゴングール賞を逃した作品に文芸記者たちが授与する賞で、賞金はなしっていうから、なるほどそういう賞かってだいたいの見当はつくよね。ただ凄いのは、 この2003年、ルノード賞を受賞したこの作品が、ゴングール賞受賞作品に売り上げで勝っちゃったのだそうな。それがフランスでは、そうとう話題になったみたい。 | |
でもさあ、ただ勝つんだったら、こっちのほうが話題性があったとか、読者を惹きつける派手さがあったとか、納得のいく理由はいろいろあるじゃない。でも、この作品の場合は、 タイトルも内容もかなり地味、それなのにジワジワと人気が出てってところがホントに凄いところみたい。 | |
まあ、周辺情報はそんなもんで置いといて、実際に読んでみた感じなんだけど、読みはじめ「え?」と思わなかった? 私は最初の2ページぐらい読んで、すぐ作者の誕生年をチェックしてしまったんだけど。 | |
うんうん、古い小説のような始まりだったよね。あれ、こういう書き出しって懐かしいと思った。 | |
だよね、それで作者の誕生年は1962年だったから、じゃあ、あえてこういう始まりにしたのか、と納得したんだけど。少なくとも、5、60年は前に書かれた小説を読みはじめたような感触。 | |
ゆったりと、静かな前奏から始まるって感じだよね。V市という表現じたいも古めかしいけど、そのV市で起きた<事件>と、V市に住む検察官の男性について語られ始めるの。 | |
語られているのは1914年あたりから数年のあいだの出来事で、語っている現在というのは、<事件>の起きた1917年から20年後ぐらいだから、1937年ぐらいでしょ。なるほど、これならシックリくるわ、と思った。 | |
つまり、第一次世界大戦中の話を、第二次世界大戦が起きるちょっと前ぐらいに語ったってことだよね。そういう背景も大事だった。 | |
それだったら、巻末の解説でV市はロレーヌ地方が設定されてるんじゃないかって書いてあったけど、これも読んでいるとたしかにそのへんだなって思いはじめたし、この地方独特のものがハッキリと色に出て、背景になってるなと思った。 | |
戦時中で、V市は戦火に近く、国中の若者たちが出兵し、その多くが帰らぬ人となっているのに、V市からはほとんど招集されずにいる。戦争を身近に感じながらも、どこか平和で、その平和が後ろめたくもある、そういう市全体の感情的なものが伝わってきたよね。 | |
戦火に近いから、負傷した兵士たちはどんどんV市の病院に運ばれてくるんだよね。その兵士たちの酷い姿にたいしての、市民の暮らしのあまりの安穏さ・・・なんともいえないものがあったよね。 | |
で、語り手は何者なのかってことについては、かなり小説の先のほうまで読まないとあかされていないので、省くとして、主に語られているのは、ピエール=アンジュ・デスティナという男性。 | |
デスティナは、父親の稼いだ金と、母親の生まれによって、V市の上流階級の一員として扱われ、近隣の人たちから「お城」と呼ばれるような立派な屋敷に住んでいるの。 | |
美しい妻は若いうちに亡くなり、今はほとんど話もしないような一組の使用人夫婦だけとそのお城に住み、検察官の仕事をしているんだよね。 | |
孤独というより、他人にまったく興味を示さない男だよね。まるで感情なんてものがないみたいに。 | |
この小説では、デスティナのような上流階級に属する人たちと、いわゆる庶民たちがくっきり色分けされて描かれてたよね。一緒にV市に暮らしていても、感情的にはまったく交わるところがないような。 | |
デスティナはだれにたいしても一様に冷たい存在だったけどね。そんなデスティナの心にさざ波を立てるのが、小学校に赴任してきた女性教師。 | |
こういう設定じたいも懐古的というか、古めかしい雰囲気が出てるよね。戦時中の田舎町、そこに赴任してきた若き女性教師。 | |
女性教師じたいも、どこから来たのか、なぜV市に来たのか、よくわからなくて、こういう人間関係のなかで、なぜ少女が殺されるという残酷な事件が起きるのかというのもわからなくて、 すべては漠としたまま、戦時中の田舎町とそこに暮らす人々が丁寧に描写されて、話は進んでいくのよね。 | |
私の好きなタイプの小説なんだよなあ。ただねえ、ちょっとやりすぎ感が気になってしまったんだ。最たるものでは、贅沢な酒食を楽しむ上の階層の二人と、寒さに苦しむ容疑者の対照的な描写。まあ、ここであれだこれだとしゃべるわけにもいかないから、挙げていくことはできないけど、 いくつかやりすぎて不自然というか、戯画的というか、興ざめとまではいかなくても、それに近い感じがしてしまうところが何箇所かあって、乗りきれなかった。 | |
でも、悪くはなかったよね。なんといっても雰囲気がよかったし、ミステリーっぽく感じさせながらも、書かんとしていることは謎解きではなくってところがとても惹かれたし。なかなかでしたってことで。 | |