すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「願い星、叶い星」 アルフレッド・ベスター (アメリカ)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
1950年代屈指のSF長編小説「分解された男」「虎よ、虎よ!」の作者である、アメリカのSF作家アルフレッド・ベスター(1913年〜1987年)の日本編集の厳選短編集。
ごきげん目盛り/ジェットコースター/願い星、叶い星/イヴのいないアダム/選り好みなし/昔を今になすよしもがな/時と三番街と/地獄は永遠に
すみ 長編小説の「分解された男」と「虎よ、虎よ!」が有名なSF作家アルフレッド・ベスターの厳選短編集ということで読んでみました。私たちにとっては、初アルフレッド・ベスター本です。
にえ 長編小説が有名だけど、短篇の名手でもあるってことで、どうなんでしょうと思って読んだけど、う〜、素晴らしいねっ!
すみ うん、ホントにもう鮮やかというしかなかったよね。思わせぶりで期待させながらも、まったく先が読めないような冒頭の一段落から始まって、まったく予測していなかったラストで終わるという、 短編小説を読むときに望むベストの展開でキッチリ作品ができあがってて。
にえ しかも作品ごとにテイストが違っていて、飽きさせるってことがなかったよね。
すみ そうだね、色でたとえれば、最初は淡いピンクで始まっても、そこから紫になり青になりとカラー変化していくものもあれば、最後は白や黒で終わるものもありって感じ。
にえ その色の変化の付け方がまた素晴らしかったよね。滑らかにグラデーション変化するものもあれば、鮮やかに色を変えるものあり、暗転するものあり。
すみ 全体としては、けっこうシニカルかな。背筋がゾクリとしながらもニヤリとするってラストが多かったような。
にえ 追いつめられた状態での心理のものが多かったしね。これで長編だったら息が詰まるけど、登場人物に感情移入するところまで行かない短編小説だと、これくらい凍てつく刺激は欲しいところ。そのへんのさじ加減が巧いの。
すみ 最初の2作がちょっと冷酷な暴力含みなんだけど、どうかな、サディスティックに描写しているわけじゃないから、デリケートな方でも、そんなに抵抗はないかな。最後の作品は中編と言ったほうがいいぐらい長くて、内容もちょっとヘビーだから、好みは分かれるかな。でも、やっぱり、とりあえず読んでみてよってだれにでも言いたくなるかも。
にえ あらすじ紹介と各作品の感想はいつもどおり↓にやってあるけど、とにかくもう予想させない冒頭から鮮やかな展開、予期せぬラストまでの流れを純粋に堪能してただきたいから、ここで読む決心ついた方は、↓は読まないで本を開いちゃっていただきたいかな。オススメですっ。
<ごきげん目盛り>
ジェイムズ・ヴァンデルアーは金持ちの家に生まれながらも、父親が亡くなる寸前に破産して、遺されたのはアンドロイドだけだった。ただし、そのアンドロイドは希少な多用途アンドロイドの一体で、時価57000ドルもするものだから、アンドロイドを貸し出すだけで楽に食べていけるはずだった。ところが、アンドロイドは狂っていた。放火、破壊、そして殺人、ヴァンデルアーはアンドロイドを連れ、星々を彷徨うしかなくなってしまった。
すみ これは「近ごろのあいつは、どっちがわたしだかわかっちゃいない。」という一文から始まって、その後は「わたし」という一人称がヴァンデルアーとアンドロイドのあいだをたえず行き来するという手法がもう、おみごとっ! なの。
にえ ヴァンデルアーが自分のことを「わたし」ということもあれば、アンドロイドが自分のことを「わたし」というときもありだけど、さらに二人ともが三人称扱いで「ヴァンデルアーとアンドロイドは」となって、視点が二人ともから離れているときもあったよね。これがなくて、たえず二人のどっちかが「わたし」という一人称語りだったら、読んでて乗り物酔い状態になってたかも、と思った(笑) このへんのバランス感覚の絶妙さが憎いねっ。
すみ でもでも、単にその手法だけが際だつ短篇ではなくて、ストーリーもどんどん展開していって、おもしろいの。もちろん、なぜ二人が「わたし」かもわかってくるしね。
<ジェットコースター>
デイヴィッドはその女に失望させられた。少しだけ切りつけてみると、怯えきった顔をして、期待していたような激しい反撃をしてこなかったからだ。仲間のフレイダに連絡をすると、エディ・ベーコンならたしかだという。残り時間も少なくなり、それに賭けてみるしかなかった。
にえ これはサイコサスペンスかと思うような、血の凍る描写から始まる短篇。ラストまで読んで、そういうことかと納得。
すみ かなり短めの短篇だけどね。そのぶん、スリリングで、緊張を保ったままラストに突入した感じ。最後にはわからない恐怖から解放されて、逆にホッとしたかな。
<願い星、叶い星>
38才のその男は、さまざまな偽名を使いながら、ブキャナン姓の家を訪ね歩いていた。相続詐欺をはたらこうとしていた事務弁護士のウォルター・ヘロドとその相棒ジョーは、てっきり自分たちのその男を同業者だと思ったが、 その男は、もっと恐るべきことのために動いていた。
にえ これはまた、ネタバレになっちゃうから内容なんにも話せないよっ(笑) あ、そうそう、浦沢直樹さんが漫画で描きそう!と思っちゃった。
すみ 私は、これでもっと長かったらスティーヴン・キングだ、と思ったよ。ただし、これは短くまとめているからこそ、おもしろいの一言で終われるのだけれど。
にえ とにかく、これ好き! よくぞここまで過不足なく、ビシッと決めてくださった、えらいっ(笑)
<イヴのいないアダム>
灰色の地球でたった一人、クレインは海を目指して進んでいた。残った食料はドロドロの板チョコと桃の缶詰だけ、立って歩くことすらできなくなっていた。クレインの目の前には二人の幻が現れる。止めようとしたホールマイヤーと、約束をしたイヴリン。
すみ このラストは、「ああああああ」って声が出そうになったな(笑)
にえ 地球に独りぼっちのクレインから始まり、その原因がわかっていく展開から、グヮーン!とでっかい視点まで連れて行かれるラスト、驚いたね〜、タイトル含めて納得したね〜(笑)
<選り好みなし>
統計学者のアディヤーは内務省の報告書に目を通すうち、驚くべき事実に気づいた。自国では原爆投下以来、死亡率が出生率を上回っているというのに、人口は増加していっているのだ。どうやらフィニー郡にその原因があるらしきことを突きとめたアディヤーは、 上司の命令で、原因追及の旅に出た。
すみ これは、夜になると空想にふけってたりする、ノホホンとした男性主人公に、まばたきの回数で脈拍数を積分したりして暇を潰している、やる気のなさそうな上司という、楽しげなところから始まるんだけど。
にえ ストーリーが進んでいく中で、それとは別に、本文とはまったく関係のなさそうな2行ていどの文章がときおり挿入されているんだよね。これがもちろん、ラストになるとそういうことかってわかるわけだけど、SF作家はこういう構成、好きだねえ。
すみ いいんじゃないの。読者のほうもラストにあれこれ想像しながら読めて楽しめるから。でも、まさか最後にここまで叩き落されるとは思わなかったけどね。納得してしまう自分が怖くなった。
<昔を今になすよしもがな>
人がいなくなったニューヨークの街で、たった一人暮らすリンダ・ニールセンは、セントラルパークのなかの模型船用倉庫を改装して、素敵な住まいに仕上げていた。ある日、図書館から寝室に飾るためのヒロシゲの絵を借り、ジープを走らせているところに男と出会った。 男の名はジム・メイヨ、テレビを修理してくれる人を探すため、ニュー・ヘイヴンを出て、南に向かっている最中だという。
にえ これは、わりあいと明るい色調のボーイ・ミーツ・ガールもの。都会の女と、田舎の男が、正反対の生まれ育ちを乗り越えて、愛し合うのか合わないのか〜って、おかしいでしょう、アメリカ滅亡しかけてるんだよ〜っ(笑) というお話。
すみ あらまあ、なにしゃべってもネタバレになっちゃうというストレスに、だんだん耐えられなくなってきていらっしゃいますわね(笑) でも、たしかにこれって、置かれている環境と主人公の二人の行動のズレに違和感を持ちつつ読んでいくという、それがおもしろい短篇なんだよね。
にえ おもしろいというか、薄ら寒いというかなんだけど。とにかく、こういうずらし方も巧妙だわ、この方っ。
<時と三番街と>
メイシーの酒場にやって来て、奥の部屋を借りた男はどこか不気味な印象があった。やがて常連客のナイトとジェイン嬢がやって来て、メイシーは、いつもの奥の部屋は今日にかぎって使えないと説明しなくてはならなくなった。ところが部屋を借りた男は、二人が入ってきてかまわないと言う。それどころか、二人を待っていたのだと・・・。
すみ これは短いながらもキリッとまとまっていて、ニヤッとするラストも含め、短編小説のお手本みたいな作品。
にえ きれいにまとまりすぎてて、他と比べると物足りなくさえあるけどね。でも、ひとつぐらいこういうのが混じっているとホッとするかな。
<地獄は永遠に>
イギリスが激しい空襲を受けているさなか、レイディ・サットンの豪華な防空壕で、6人は刺激に飽いていた。はじめは酒、それから麻薬、それでも退屈から逃れられない。別れたい妻と別れたくない夫の夫婦、美しすぎる女、その女を愛する芸術家、若手からアイデアを盗む作家、この5人はレイディ・サットンを観客に、お芝居をすることにした。
すみ これは未来型SFじゃなく、過去の戦時中を時代背景にしたお話。SF雑誌ではなく、ファンタジー雑誌に掲載された作品だそうで。といっても、私たちの感覚からいくと、ホラーと言ったほうがいいかな。いや、やっぱりブラック・ファンタジーかな。
にえ じゃあ、もう、暗黒悪魔系ファンタジーってことで(笑) 防空壕で退屈に倦んでいる6人、暇つぶしにお芝居を始めてからの急展開、それから一人ずつに分かれた非現実的お話、そして古き良き時代のミステリを彷彿させるような展開が来たと思ったら、ドーン!みたいな。
すみ デカダンス風の退廃的ムードが流れつつ、展開は鮮やか。とはいえ、ピリッとした短篇群のあとだったせいか、ちょっとモッサリ感をおぼえなくもなかったり、やっぱりなのラストが少し不満だったりもしたんだけど。でも、別の一面をかいま見られたから、これはこれで良かったってことで。