=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「ペンギンの憂鬱」 アンドレイ・クルコフ (ウクライナ)
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恋人が去り、独りぼっちになってしまったヴィクトルは、動物園で飼えなくなった皇帝ペンギンをもらってきた。ペンギンの名前はミーシャ。憂鬱症気味のようだ。群から離れ、故郷の南極から遠く離れた地で孤独を味わっているのだから、 憂鬱症になるのも無理はない。それに、同じように孤独なヴィクトルには通じるところがあるようにも思えた。ヴィクトルは短編作家だった。本当は長編小説を書きたいのだが、どうしても書けない。それに、短編小説もそれほど売れるわけではなかった。 ところがある日、<首都報知>という新聞の編集長から声がかかった。ただ、依頼されたのは短編小説ではなく、まだ生きている人々の追悼記事だった。その人たちが死んだ時のためにストックしておくのだという。報酬のよさに引き受けたヴィクトルだが、 身辺に怪しげな人物が現れはじめ、とうとう自分が追悼記事を書いた人々が続けざまに死ぬようになってきて、おかしなことに巻き込まれていることに気がついた。 | |
これは、アンドレイ・クルコフの初邦訳本です。アンドレイ・クルコフはロシア語で小説を書く、ウクライナの作家だそうです。 | |
書いた作品がことごとく日の目を見ず、苦労した時期は長かったみたいだけど、この「ペンギンの憂鬱」が欧米で人気を博し、約20カ国語に翻訳出版されて、一気に有名作家になったそうな。 | |
でも、自国では苦労しているみたいね。ウクライナでは民族主義的風潮が高まって、ウクライナ語で書かないウクライナの作家ではない、みたいなことを言われてるみたい。 | |
それにしても、もとソビエト連邦の国々は、どこもいまだに大変みたいだよね。この小説の中でも、動物園が動物を飼えなくなって放出したり、マフィアが暗躍していたり、人が殺されることが日常茶飯事のようになっていたり。 | |
私たちが違和感を覚えてしまうのは、人々があまりにも長くつづいたそういう状況に慣れすぎて、もうどうでもいいや〜みたいな感じになっているところだよね。その違和感に、生きてきた環境の違いを見せつけられるような。 | |
うん、怖いぐらい、みんな人が死ぬことに無関心だったよね。のんびり暮らしているようにさえ思えてしまう。死だけじゃなくて、他の納得できない出来事の数々も、そのままスルーしてしまっているような。この違和感は意識するとかなり怖い。 | |
そんな背景のもと、主人公のヴィクトルは孤独を噛みしめている男。とはいえ、だれかと一緒にいたいと望みながらも、いたらいたで、やっぱり孤独を感じるようなところもあり、人を愛するってことができない人のようにも思えてしまうんだけど。 | |
善悪に対しても麻痺しかけているようなところもあるよね。とはいえ、とっても親切で、やさしい人でもあるんだけど。 | |
たいして親しいわけでもない人が病気になれば、迷いもなく大金を出して入院させたりね。人に対する敬意というものはしっかりあるんだな〜。でも、もしかしたら自分のせいで人が死んだかもしれないって思っても、まあ収入になるから知らなければすむ、とあっさり流したり。 | |
それにさあ、壁を作るようなところがあるよね。いつも他人と距離を保っていたいような。他人にやさしく接していても、感情を伴わせないようなところがあるし。つねにヒンヤリとしたやさしさなんだよね。なんだろう、つかめそうでつかめないようなこの性格、妙に余韻が残ったな。 | |
両親が離婚して、祖母に育てられたことが反映されているのかもね。祖母はとても大事に育ててくれたみたいだけど。 | |
恋人が去ったヴィクトルの部屋に、まずやってくるのが皇帝ペンギンのミーシャ。憂鬱症のペンギンなんだけど、これが変に擬人化されてなくて、なんともいい存在感だった。 | |
夜中にぺたぺたと足音を立てて歩きまわっていたり、鏡をじっと見つづけていたり、はっきりとなにを考えているかわからない行動が妙に雰囲気があって、惹かれるよね。 | |
とはいえ、犬や猫のように抱いたり、撫でたりして、スキンシップをはかるってこともないし、飼い主との関係には常に距離があるよね。そういうところもこの主人公には合ってるのかもしれないけど。 | |
主人公以上に、ペンギンのミーシャの孤独が胸に迫ってくる気がしてしまうけどね(笑) | |
で、まるでミーシャのせいで運命が変わってしまったかのように、ヴィクトルの生活には変化が。まず、あまり売れていない短編小説かということで、収入は少なく、不安定だったのに、 安定した高収入が得られるように。 | |
でも、変わった仕事なんだよね。まだ生きている人の追悼文を書くという。その人についての資料を渡され、赤線を引いたところはかならず含めた追悼文を書き、新聞社の編集長に渡す。 追悼文はストックされ、その人が死んだら、「友人一同」というペンネームで載せてもらえることに。 | |
追悼文なのに、その人が生前に行った悪事にも触れなきゃいけないのよね。それをうまく、端正な追悼文に仕上げるという、ちょっと難しそうな仕事だけど、ヴィクトルはうまくこなしていくんだけど。 | |
表紙絵を見ればわかるけど、そのうちに小さな女の子も引き取ることにもなるのよね。あと、初めての親友らしき人もできたり。 | |
なんだか孤独でもなくなって、収入も急に増え、良かった、良かったと思うとそうでもなくて、怪しげな人が部屋に訪ねてきて、怪しげなことを頼んだり、なぜか知り合いが鍵を掛けてあるはずのヴィクトルの部屋を自由に出入りしているらしかったり、危険を匂わす雰囲気にもなってくるんだけどね。 | |
薄ら寒いような不条理さ、見えないところで暗躍しているものがあり、望まぬままに主人公が巻き込まれていると感じる静かな恐怖・・・なのだけれど、結末が気になるというより、つかみづらい主人公の言動とミーシャのことのほうに気をとられながら読んだかな。なんとも良かった。 | |
ザラッと後味の悪さが残るよね。でも、それがかえって良かったかも。ふんわり柔らかくやさしく、でも冷たくて、どこか掴みきれないところがあって、ぜんぶは説明されないままで、うっすら後味の悪さが残って、そういうのが嫌いじゃなければオススメです。 | |