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 「呪われた愛」 ロサリオ・フェレ (プエルトリコ)  <現代企画室 単行本> 【Amazon】
プエルトリコで生まれ、アメリカに渡って作家活動をしつつ、アメリカ各地の大学で教鞭を執る女性作家、ロサリオ・フェレ(1938年〜)があいまいな女性擁護論、国家権力のまやかし、公然と行われる人種差別、階級差別などを鋭く抉り出した4編の中短編集。
呪われた愛/贈り物/鏡のなかのイソルダ/カンデラリオ隊長の奇妙な死
にえ 私たちにとっては初、プエルトリコの女性作家、ロサリオ・フェレの中短編集です。
すみ 上の紹介を見て、アメリカで作家になったのなら、アメリカの作家じゃないの? と思われた方がいるかもしれないけど、やっぱりプエルトリコの作家と言ったほうがふさわしいよね。
にえ 原著はスペイン語版と英語版の2つがあるそうなの。もちろん2つとも、ロサリオ・フェレが書いたものだから、原著が2つって表現になるんだけど。なぜ2つの言語が必要になるかといえば、ロサリオ・フェレがプエルトリコの人々に自分の書いた小説を読んでもらおうと思ったら、その両方が必要だから。
すみ ところでみなさん、プエルトリコの実情、社会について、どれくらいご存じなんでしょう。カリブ海に浮かぶ島で、まずスペインの植民地となり、それから米西戦争で、アメリカ領となり、アメリカの自治領となった、とこれぐらいはたぶんご存じかな。だからこの小説の中でも、プエルトリコの人々は、アメリカを本国と呼んでいるんだけど。
にえ 私はほとんどわかってなくて、もうアメリカからは完全に独立した国家となっているんだと思っちゃったけど、実際は、まだアメリカに占領されているも同然なのね。
すみ この小説によって、内情をのぞかせていただくと、とにかく複雑なんだなあと驚かされるよね。
にえ 複雑だよね。まず、名家と呼ばれる歴史と格式のある家の人々、この一族たちはまだ栄えていたり、零落したりだけど、とにかく貴族階級の暮らしを固持している。それから、見下され、差別を受けている黒人たち、そのなかでも貧困な生活から抜け出し、富を得ることになった新興エリート層、そして、あとからやって来たアメリカ人たち。
すみ アメリカ人たちに対しては、根強い反発心がまだメラメラと燃えているよね。でも、アメリカ人たちに媚びないということは、富を得る道をたたれるということになるから、常に顔色はうかがっていなくちゃならない。
にえ 他国の人種の混在や、そのなかでの差別というものとまた違って、より複雑だよね。しかも、やっぱりこの国でも血は混じっていってるから、よけい差別というものも複雑になっていくみたい。
すみ ロサリオ・フェレはそういう社会のあり方の矛盾の数々を小説によってえぐり出し、さらすことによって問題提起をしているよね。それに、一般的なフェミニズムとはまた違った視点で、女性たちを描いているの。
にえ それだけでもう、読んでねって言いたくなるところに、小説そのものが洗練されていて、とにかく上質。よく知らずにいた国を舞台にした話で、馴染んでいない人名の響きやらなにやらがあり、スラスラとはいかなくて、ときおり戻って読み返したりとかもしたけど、 それでも、なんて綺麗な小説を書く方なんだろうと何度も感動してしまった。
すみ ロサリオ・フェレ、出会えてよかったと本当に思える作家さんだったよね。日本でも知名度が上がって、もっと作品が読めればいいなあ。厚い本ではないけれど、濃厚な読書体験のできた1冊でした。もちろん、オススメ。
<呪われた愛>
プエルトリコの四代名家のひとつ、デ・ラ・バジェ家の令嬢ドニャ・エルビラは、パリに留学して立派な教育と洗練された趣味を身につけて帰ってきたというのに、 粗野なスペイン人商人ドン・フリオと恋に落ちてしまった。二人の結婚にあたって農園を与えられると、ドン・フリオは蓄財にしか考えが行かなくなり、ドニャ・エルビラは不幸な結婚の責を一人で負う羽目になった。
にえ デ・ラ・バジェ家の令嬢ドニャ・エルビラが間違った相手と結婚したために、世代を経て一族に不幸が訪れることとなった・・・のか? というストーリーなんだけど。
すみ 「のか?」がポイントだね。真実と思われたことが何度もひっくり返って、とにかくまず物語としておもしろかったよね。
にえ しかも、この1作で、プエルトリコ社会の複雑さがかなり見えてくる。日本人読者に向けて書いているわけではないだろうに、こうやって社会のありようを100ページぐらいの小説に凝縮し、ほとんどなにも知らない私たちにでも、わかりやすく伝えてくるって凄い。
すみ 登場人物のうちの、何人かいる女性、そのそれぞれの生き様が鮮烈な印象として残るよね。ちなみに、ここで出てくるデ・ラ・バジェ家については、このあとの小説にもたびたび出てきます。
<贈り物>
名家の令嬢だけの通える学校だったはずのサグラド・コラソン女学院では、時代の移り変わりによって生徒数を減らし、とうとう学校初の混血娘(ムラータ)を入学させることになってしまった。
にえ 特権階級の令嬢だけが通う、いわゆるお嬢様学校サグラド・コラソン女学院をまとめるのは、この学校の建物を寄付した家の令嬢でもある、マザー・アルティガス。
すみ 規律などに厳しく、生徒たちには平等にあたるマザー・アルティガスのおかげで、この学院は由緒正しきお嬢様学校、というか、良家の令嬢たちのための躾の行き届いたお嫁さん養成学校として、順調に経営がなされていたけど、 国内経済等の移り変わりにより、とうとう学院に近寄ることさえ赦されなかったような混血娘(ムラータ)を受け入れることになるのよね。
にえ 名前はカルロタ、父親はスーパーマーケット・チェーンで財産を築いた、いわゆる新興エリート層の一人。カルロタはムラータとしてははじめて、カーニバルの女王にも選ばれるんだけど。
すみ 学院でただ一人、カルロタと仲良くなったのが、メルセディタスという富裕な良家の令嬢なんだよね。つまり、こちらは旧ブルジョア階級。普通に学校を出たら、そのまま嫁がされてしまうから、奨学金を得て、留学したいと願って、一生懸命勉強している少女なの。
にえ まったく生まれ育った環境の違う二人の少女の友情の物語・・・なのだけれど、プエルトリコという国にあるために、もっと複雑な様相を帯びてくるんだよね。
すみ マザー・アルティガスと二人の少女の三角関係のようにもとれる構図だった。最後には、そんな単純なところではすまされないラストが待ちかまえているんだけど。
<鏡のなかのイソルダ>
軍人の父を持ち、正確な英語を話すことこそがこれから生きていくうえで大切なのだと教えられ、生まれ育ったアドリアナは、サンタクルスの町で、音楽学校に通いながら、夜はホテルでピアニスト兼歌手として働いていた。アドリアナは恋人ガブリエルを見送った空港で、ガブリエルの父であり、ラム酒で多額の財産を築いたといわれるドン・アウグストと知り合った。
にえ これは、なんで?と言って、絶句してしまうようなラストだったな。これがプエルトリコなのね。「プリティ・ウーマン」も、プエルトリコに舞台を移せば、こんなことになってしまうという・・・。
すみ なにげないセリフに、それはおかしいと思わせ、話の展開に、それはおかしいと思わせる。本当に読者をむりなく導くのが巧いよね。それにしてもホントに、愕然としてしまう。
<カンデラリオ隊長の奇妙な死>
アメリカ本国がサンファン・バウティスタ島(プエルトリコ)の経済を大きく担っているのは、ここが軍事上の要の一つであるからだった。しかし、世界情勢は変わり、監視衛星によって島がアメリカにとってそれほど重要でなくなったとき、 本国は島に自由を与えた。それよりも前に、高潔な軍人として知られたカンデラリオ隊長は町中で、サルサによって殺されていた。
にえ これは、プエルトリコがいかにして戦ってきたかがわかる小説。それについては、カンデラリオ隊長の生き様というか、死に様を追っていくことによって、ズキズキと痛みを感じながら、知ることができるのだけれど。
すみ サルサを聴いてて心地のいい音楽だな、ぐらいにしか思ってなかった方は、読んでおくといいかも。