すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「あなたの人生の物語」 テッド・チャン (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
ネビュラ賞を受賞したデビュー作「バビロンの塔」ほか、ヒューゴー賞、ネピュラ賞、ローカス賞他、数々の賞に輝いた傑作短篇8編を収録。
バビロンの塔/理解/ゼロで割る/あなたの人生の物語/七十二文字/人類科学の進化/地獄とは神の不在なり/顔の美醜について―ドキュメンタリー
にえ 数々のSFの賞に輝き、グレッグ・ベアに「チャンを読まずしてSFを語るなかれ」とまで言わせたという、テッド・チャンの傑作短編集、だそうです。
すみ と言っても、私たちはグレッグ・ベア作品、読んだことないけどね(笑)
にえ どっちにしても、もうこれでSFを語れない人たちだと決定してしまったでしょう(笑)
すみ とにかく読者が選ぶってたぐいの賞をたくさん取ってて、支持されているのはたしかで、優れたSF作家なんだろうなとは思うけど、私たちにはちょっと理解できなかったかな。
にえ まだなんぼか私の頭が柔らかかった頃、どうしても数学が苦手だって友人が、理解しようとしても頭が拒否しちゃってなにも考えられなくなるって言ってるのを聞いて、まあ、そう言わずに素直な気持ちで受け止めてみれば、そうすればそれほど難しくないはずだから、なんていい加減なアドバイスをしていたけど、 この本を読んだことで、その友人の「理解することを頭が拒否しちゃう」っていうのが凄くよくわかった。こんなに苦しいことだったのね。
すみ なんだか脳の硬化してしまった部分を無理に使おうとしたけど、まったく反応がなかったって感じだよね(笑) 私にはやたらと理屈っぽくて、読みづらい小説のように感じてしまったけど、 きっとまだ頭が柔らかい人たちにはおもしろい小説なんだわ。
にえ でも、全面的にダメってわけでもなかったんだけどね。いいなあと思うところも多々あったし。個人的には、アイデアはおもしろいけど、その後の展開というか、ストーリーがありがちというか、それほどメリハリがなくておもしろくないと思ってしまったけど、それも理解しきれていないせいかなって気がするし。
すみ 私の想像では、理系の大学生なんかが読むと、最高におもしろいんじゃないかな。
にえ もう想像でしかしゃべれないところが悲惨だよね(笑)
すみ え〜っと、とりあえず、本が悪いんじゃなくて、私たちが悪かった、というか向いてなかったんでしょう、ということで。
<バビロンの塔>
シナルの平原に横倒しにしたら、端から端まで旅をするのに二日はかかる。塔はそれほどに高かった。それでも人々はなお塔を高くしていった。神ヤハウェは人間たちのこの所行をお赦しになっているのか・・・。ヒラルムは空の丸天井に穴を掘るため、雇われた鉱夫の一人だった。塔のてっぺんまで登るのは、それだけで長い旅の始まりだった。
にえ これは読んでいるうちに、ルネ・マグリットの絵の世界に、本当に生きている人間がはいりこんじゃったみたいだな、なんて思っていたんだけど、あとで巻末の著者による「作品覚え書き」を見たら、マグリットの<ピレネーの城>に言及してあって、ちょっと驚いちゃった。マルグリットって書いてあったけど、ルネ・マグリットのことだよね。
すみ うん、でも、あなたが思い浮かべてたのは、<ピレネーの城>ではないんでしょ。
にえ 別に何ってこともないんだけどね。ただ、マグリットが建物を描くと、それはとても幻想的で、現実にはあり得ない、でもなぜか納得してしまうような構造で、たとえ人が描かれていても、人の生活ってものを拒否しているような、そんな感じがするんだけど、このバビロンの塔にもそれと同じものを感じて、それを登っていくヒラルムには、ずっと拒否されているような気がしてならなかったの。
すみ この塔には人が住んで、生活していたりもするけどね。とにかく、地球らしき地名も出てくるのに、ヤハウェという神を信じていて、天には丸天井があるという不思議な世界観。理解しながら読むのが大変で、挿絵がほしい、なんて情けないことを思わないでもなかったけど、とにかくこの短篇はおもしろくはあったよね。
<理解>
事故で氷のなかに落ちて一時間、病院に収容されたが、脳の大半が損傷していたレオンは植物人間となっていた。ところが、新薬ホルモンKを投与されることにより、神経は再生され、元通りになるどころか、驚異的な知能指数をもって甦ることとなった。どうやらCIAはこのホルモンKを利用して、多くの天才を作り出すため、レオンを実験材料とするつもりらしい。知力を駆使して、レオンは追手を逃れ、新たな生活を始めた。
にえ 超天才となったレオンは、コンピュータのネットワークを自在に操って追手から逃れ、まずは、まったく新しい言語を編み出そうとするの。つまり、コンピュータの知識と、言語学の知識が盛り込まれているのだけど。
すみ ちょっと辛くはなってきたけど、これもまだおもしろいと思いながら読める範疇だったでしょ。ただ、レオンの最終目的が今ひとつ理解できなかったから、ラストのオチ的なものがよくわからなくなってしまったけど。
<ゼロで割る>
優秀な数学者レネーの夫カールは、かつて自分も精神を病んで苦しんだ経験があるので、レネーを見捨てることができなかった。しかし、レネーは苦しみつづけていた。よりによって自分が愛した数学の無矛盾を否定する、つまりは数学じたいを根底から覆す数式を見つけてしまったから・・・。
にえ これはわかったようなわからないような数式に悩まされながら読むって感じだった。
すみ 疲れたね(笑) でも、レネーの苦しみはちょっとわかるような気はしたけど。
<あなたの人生の物語>
言語学者ルイーズ・バンクスは、軍に協力を要請され、突如として地球を訪れたエイリアンと対面することになった。エイリアンは地球人とは異なった言語を使い、なんの目的で地球に降り立ったのか、まったくわかっていなかった。モニターを介した遣り取りで、ルイーズは少しずつエイリアンの言語を解明していったが、同時に物理学者もエイリアンと交流し、なんとかエイリアンとの相互理解を図ろうとしていた。 そんな物理学者の一人ゲーリー・ドネリーとルイーズは親しくなっていった。
にえ これはルイーズがエイリアンの言語を解明していくという流れのあいまに、ルイーズが娘に語りかける、母と娘の温かな交流や確執の数々が挿入されているの。胸のしめつけられるような、美しくも悲しい語り口だった。
すみ エイリアンの方はなんだかわからなかったね。わからなくていいって設定なんだろうけど。ただ、言語学の方はいいにしても、物理学のほう、フェルマーの原理を絵つきで解説してくれてるんだけど、これはさっぱりわからなかった。あまりにもわからないからイライラして、これは必要なのかなとまで思ってしまった。だはは〜。
<七十二文字>
ロバートは子供の頃から、粘土人形に名辞を埋め込み、命令どおりに動かすことに慣れ親しんでいた。ケンブリッジ大学のトリニティ・コレッジに進んでも命名学を学びつづけ、ついにはオートマトン(焼き石膏で成形された自動人形)が指を人間のように器用に動かすことのできる名辞を発見した。これにより、子供たちに強いられている織物工場での過酷な労働をオートマトンによる家内工業に切り替えることができるはずだった。 しかし、オートマトンに仕事を奪われることをおそれた鋳造職人は、注文通りのオートマトンを作ることを拒否した。
にえ これもまた、ケンブリッジ大学やら、大英博物館という実在のものが多々出てくるけど、現実世界とはまったく違う世界でのお話。
すみ 名辞っていうのは、紙に特殊な文字を書いたものなんだよね、呪文と言いたくなるけど、それは控えた方がいいのかな。その名辞を粘土人形に埋め込むと、粘土人形は人間に命じられたとおりに動くようになるの。
にえ 名辞もそうだし、工場での過酷な労働を止めさせるために家内工業に戻すとか、発想が秀逸だよね。まったく理解できないほど難しいことも書かれてなかったし。
すみ ただ、短い中で、この小説の世界の構造とか、名辞その他の知識とかを理解していかなくちゃなくて、どうしても説明部分が多くなってるから、読み終わった頃には疲れ果てちゃってたんだけどね。最終的にはどこに向かっていこうとしているんだか、わからなくなってきてたし。
<人類科学の進化>
・・・
にえ これはイギリスの科学雑誌<ネイチャー>に掲載されたという、ごく短い”なにか”なんだけど、そのなにかが私にはさっぱりわからなかった。
すみ 科学に関する論説文かと思ったけど、フィクションらしくて、オチがあるって噂も(笑) 書いてあることじたいが、ありそうで実はないフィクションってことなのかな。
<地獄とは神の不在なり>
生まれつき脚に異常を持つニール・フィクスは、天使ナタナエルの降臨によって起きた事故で、妻のセイラを亡くしてしまった。セイラは天国へ行ってしまった。もともとニールは信仰心のあるほうではなかったが、 セイラと同じ天国の住人となるために、神を愛す努力を始めた。
にえ これは最初のうち、爆笑ものだな〜と思いながら読んでいたんだけど。だって、世界のあちらこちらで唐突に天使が降臨し、そのたびに地が裂け、爆風で周囲が破壊されちゃうんだよ。
すみ それで毎回、数人の人が被害に遭うんだけど、でも同時に何人かは奇蹟の恩恵を受けるんだよね。その選択の理由ってものがさっぱりわからないんだけど。
にえ ただ、おもしろーいと思って読んでいたら、後半になるに従って、どうもギャグ的なお話ではなくて、まじめに宗教を語ろうとしてるらしいとわかってきて、ついていけなくなっちゃったんだけど。
すみ どうしてもこういう話を読むと、無条件に神を愛せと強請されているようにしか思えないよね。うーん、これでニールは自発的に神を愛したことになるのかなあ。
<顔の美醜について―ドキュメンタリー>
人の顔の美醜を認識できなくなる装置カリーについては、賛否両論が激しく戦わされていた。両親の意向により、カリーの装着を推奨しているセイブリック校で過ごしたタメラ・ライアンズは、自分の意志でカリーをはずすことにした。
にえ これもまた、発想は秀逸だよね。カリーという装置をつけると、相手が誰だかは認識できるけど、その人の顔が美しいとか醜いとか、そういう判断ができなくなるの。つまりは顔で人を判断するという差別を撤廃するためにカリーが使われているんだけど。
すみ いろんな意見を持つ人の短い発言がいくつも積み重なって、話が進んでいくんだよね。なかでも、カリーをはずしたことで、ずっと好きだった人が実はブサイクに属する人で、自分は実はカワイコちゃんの部類に入ると知ってしまったタメラという娘の話だけ読んでると、ちょっとした青春もので、微笑ましかったりして。ただちょっと、アイデア1つにこの分量を読むのはちょっとかったるいかなって気はしてしまったけど。