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 「白い果実」 ジェフリー・フォード (アメリカ)  <国書刊行会 単行本> 【Amazon】
自らがつくりだした都市、理想形態市(ウエルビルトシティ)に独裁者として君臨するマスター・ビロウは、数々の驚くべき発明品と不可思議な能力で、人々を恐怖によって支配していた。 理想形態市では、ビロウがあみだした観相学によって犯罪者、もしくは将来において犯罪者となる人物を取り締まり、厳罰に処している。そんな捜査に関わる中でも、もっともビロウに信頼されている観相官クレイは、 失望をビロウの優れた発明品のひとつである<美薬>によって紛らわせていた。辺境の町アナマソビアで発見され、何者かによって盗まれた白い果実の捜査を命じられたが、それはクレイの将来が閉ざされたものになってしまったことを意味した。 世界幻想文学大賞受賞作品。
すみ これはジェフリー・フォードの1997年の世界幻想文学大賞受賞作を、山尾悠子さんの流麗な文章で読めるということで、楽しみになさってた方も多い本ですね。三部作ものの第1部だそうです。
にえ 巻末解説に、金原さんがわざわざ山尾さんにお願いした理由というか、経緯が書かれてたけど、読むとなるほど、と思うよね。かなり微妙な小説。これはヘタすると・・・ってところがある。
すみ そうだよね。かなりダークで、シリアスで、美しくもあるんだけど、それとともに妙な滑稽さが常につきまとっていて、そこが味なんだろうけど、あまり平易な文章で翻訳されちゃうと、そちらが強調されすぎちゃって、コミック調になっちゃうというか、かなり違ったイメージになっちゃってただろうなと思った。
にえ そういう危ういところでうまくバランスを保っているところが、この作家さんの味なのかもね。そうだとすれば、かなり正確に伝わってきましたと言いたいな。
すみ まあ、かなり読み進めるまでは、そういうのもわからなかったんだけどね。とにかく読みはじめのうちは、ツルツル滑る台の上を歩いているみたいに、ちょっと気を抜いたら、たちまち話の流れから滑り落ちてしまいそうで、かなり緊張した。一文字も見落とせないと気を張っているから、ちょっと読んでは休み、ちょっと読んでは休みって感じで、息継ぎしながら読んでたよ。
にえ 設定もなにもわからない世界にいきなり投げ込まれて、主人公のクレイは<美薬>という名の、幻覚と禁断症状を伴う麻薬のようなものを使っているから、現実と幻覚が激しく交差して、どこかで気を抜いちゃうと区別がつかなくなっちゃいそうだったもんね。
すみ そうそう、それにクレイ自身の性格がまた親しみがわかないから、まったく感情移入できないしね。徹底して自己中心的で、絶えずイラついていて、それでもってものすごく不安を抱えてるの。
にえ 下の者に対しては、気に入らなければ平気で暴力をふるっちゃうような奴だもんね。マスター・ビロウに対しては、ビクビクしているくせに。まあ、これはクレイに限ったことじゃないみたいだけど。
すみ マスター・ビロウっていうのがまた微妙なキャラだよね。怖がればいいのか、おもしろがって笑っていいのか、ちょっと戸惑っちゃうような。
にえ この世界じたいが、いったいどこで、いつのことなのか、まったくわからないけど、とにかくマスター・ビロウっていうのは、ある日突然、どこかからやって来たような人で、なにもないようなところに自分の内面を具象化したという都市をつくり、この辺一体を恐怖政治で統治してるっていう独裁者なんだよね。
すみ 科学と魔法に精通しているという、錬金術師のスケールが大きくなったような人だよね。人と動物を合成して、新しい生き物を作ったりするし、人の精神を支配しちゃうようなところがあると思えば、意外とあっさり真情を吐露したり。ホントに得体が知れない。
にえ マスター・ビロウの理想形態市っていうのがまた不思議なところだったよね。クリスタルや珊瑚で出来た美しい建築物、科学的にも進んでいるかと思えば、馬車が走っていたり。まさにSFとファンタジーの融合した世界を見るような。
すみ マスター・ビロウがつくりだした都市だけじゃなくて、もともとのこの世界も、かなり私たちからすると変わった世界だよね。見かけは悪魔そのもののような生き物がいたり、狼少女がいたり、海にはクラーケンがいたり。
にえ 青い鉱物を掘る仕事を長年にわたってやっていた人が、そのまま青い鉱物の石像となったりするしね。
すみ クレイの操る観相学ってのも独特だよね。マスター・ビロウがあみだしたものなんだけど。もちろん、観相学というのは私たちの世界でも、19世紀初頭にドイツ人科学者が提唱した骨相学ともいわれるものもあるし、それより前にも、人相見という占いの一種で、顔を見て、その人の性格や人生を占うっていうものもあり、あと、ほくろ占いとか、体型によって性格が違うっていうあのクレッチマーの気質類型論なんてのもあるし。
にえ マスター・ビロウの観相学は、そういうもの全部を合わせて、さらに発展させたって感じだよね。太ももにホクロがあって毛が生えているから、性格はどうだっていう占いのようなレベルのものもあれば、眉のあいだから、手やら足やら、細かく計測して、比率を計算して、そこから分析していったりもして。そのために沢山の計測器も必要になったりするんだけど。
すみ それで泥棒だと決めつけられたり、将来はろくでもない人間になると言い切られたりするんだから、たまらないけどね。民主主義社会じゃ通用しない話だわ。
にえ その観相学で、数々の難事件を解決し、マスター・ビロウのおぼえめでたき観相官というのがクレイなんだけど、なぜかクレイはマスター・ビロウの信頼を失ったようで、辺境の町アナマソビアという、本当ならクレイのような高い位の観相官が行かないはずの場所での捜査を命令されるのよね。
すみ アナマソビアでは、鉱山で、<旅人>と呼ばれる古代人らしきミイラ化したものが、だれも見たこともない白い果実を抱いて発見され、それを教会に置いてたら、白い果実を誰かに盗まれてしまったんだよね。
にえ 白い果実は食べれば、永遠の命を得られるとも、特殊な能力を持てるとも噂され、だれが盗んだとしても不思議はないの。
すみ ところが町の人たちはなにかニヤけたような人たちで、とても協力的とはいえず、クレイは苛立ちまくるんだけど、そこにアーラという若く美しく野心的な女性が現れ、クレイに協力することになるのよね。そこから話はどんどん急展開し、この異世界の全貌についても少しわかっていくし、世界は予想以上に広がるんだけど。
にえ 退廃的で、漠とした美しさに満ち、悪夢のような息苦しさもあるけど、どこか透明な水のような清涼感もあるようで。意外とスピーディーなストーリー展開で飽きもせず読めたし、異世界を堪能するという点でも申し分なく、でも、なんか妙な納得のいかなさも残って、それもまた楽しかったりもして。とにかく不思議な味わいの小説だった。 三部作ということで、あとの2作がとても楽しみ。3作ぜんぶを読んだときには、自分自身の読書人生の中でも、振り返ったときに、とくに大きな塔のひとつになっているんじゃないかな、とそこまで予感させる1冊でした。