=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「天使はポケットに何も持っていない」 ダン・ファンテ (アメリカ)
<河出書房新社 単行本> 【Amazon】
12月4日、ブルーノ・ダンテはブロンクスのセント・ジョセフ・オブ・キューパーティーノ病院のアルコール依存症者と精神異常者を収容する病棟から退院した。酒によって意識をなくしているあいだに、 自分の腹に刃物を突き刺したために入れられ、28日間の治療を受けたのだ。自殺未遂の騒ぎを起こすのも、アルコール依存症の回復プログラムを受けるのも、これが初めてではなかった。今回も本当はまだ引き続き治療を受けるべきだったが、 死の床についた父ジョナサン・ダンテを見舞うため、離婚したがっている妻のアグネスが迎えに来たのだ。 | |
これはダン・ファンテの初邦訳本で、なぜか私たちが読み続けている、河出書房新社のModern&Classicシリーズの1冊です。 | |
シリーズと言っても、1冊、1冊のテイストがぜんぜん違って統一感はないんだけど、この小説ぐらい、このシリーズに合わないんじゃないかと思ったものはないよね。 | |
そりゃ装丁の関係でしょ。このシリーズって、どれもとっても素敵な装丁で、綺麗な本ぞろいなんだよね。でも、この小説に関しては、もっと汚らしい本にしたほうが合ってるかも(笑) | |
そうそう。カバーはすぐに反り返っちゃうような素材で、新品の時から汚れているような色をしていて、なかの紙は藁半紙とかで、印字は触ると手についちゃうとか、そういうほうがいいような。 | |
なんというか、主人公が、まさに人間のクズって感じの人なんだよね。アル中、度重なる自殺未遂、まともに働けない、見知らぬ人と喧嘩をする、妻のクレジットカードを盗む、弟の車を盗む・・・、もう、ホントに落ちるところまで落ちてる男。 | |
身近な人に迷惑をかけ、それをもう悪いとも思わなくなっちゃってるようなところがどうしようもないんだよね。最低、最悪。でも、そんな男が主人公の小説なら、嫌悪感いっぱいで投げ捨てたくなりそうなものなのに、不思議と惹かれるままに読んでしまったねえ。 | |
そうなんだよね〜。なんだろう、人間のクズなんだけど、まだ血が通っているというか、人間ってところは失ってないというか、結局、最後まで嫌悪のケの字も感じないまま読んでしまった。 | |
なんだろう、こんな男とはなんの共通点もないはずなのに、このダメさに、なんか自分にも似たところがあるような気がしてしまったような。かわいらしさがあると言ったら、ちょっと違うのかもしれないけど、このロクデナシには何か放っておけないような、そういうところがあったね。 | |
読み終わって訳者あとがきを読んでみれば、これは自伝的な小説だったんだよね。まあ、作家の名前はダン・ファンテ、主人公の名前はブルーノ・ダンテってことで、そうじゃないかなとは最初から思ってたけど。 | |
この小説の通り、父親は金のために映画の脚本家に転身した作家だったんだね。小説に父親の遺した作品「風に訊け」っていうのが出てくるけど、「塵に訊け!」って邦題で、じっさいにダン・ファンテの父ジョン・ファンテの小説が翻訳されてたりもするみたいだし。 | |
その父親に、早くから才能があると言われ、雑誌に詩が掲載されたりしていたのが、小説で言うと主人公のブルーノ・ダンテなんだよね。 | |
でも、ブルーノ・ダンテは、才能があると言われながらも、作家にはならず、いろんな職業を転々としたすえに電話セールスの仕事に就き、そこで成功して大金を稼ぐようになったのよね。 | |
そのまま成功しつづけはしなかったけどね。その先は成功と失敗の繰り返し、あげくにアルコール中毒、自殺未遂・・・と、もう心も体もボロボロ。 | |
とうぜん、奥さんも愛想を尽かし、別れたがっているのよね。そんなときに、父親がもう亡くなる寸前だという知らせ。 | |
だけど、それで正気に返るってわけじゃないよね。それどころか、父親への積年の思いが一気にこみあげてきて、よりグッチャグチャに。おまけにアルコール中毒もぜんぜん抜けてないから、行きの飛行機で、すでに飲み始めるし、マリブの実家でも、 問題ばかり起こすし。 | |
実家には、父親がかわいがっていた犬がいるのよね。よぼよぼになってるけど、戦闘意欲だけは抜けていないって感じのブルテリア。こいつも病気みたいで、みじめったらしい姿なんだけど。 | |
実家にじっとしていることもできず、みじめったらしい男が、みじめったらしい犬を連れて、放浪しちゃうのよね。途中でみじめったらしい少女と同行したりもするんだけど。 | |
あ、わかった! 汚らしく、みじめったらしいばかりの話なんだけど、どこか主人公は純粋で、プライドというと違うのかもしれないけど、そこからは落ちられないっていう高さを保ってるんだよね。だから、嫌悪がわいてこなかったのかも。 | |
そうそう、なんかギリギリで清潔感みたいなものが残ってるよね、この人には。ゲロまみれになっていても、まだ芯には真っ白いところが残ってる、みたいな。 | |
最悪の状態から抜け出したあとで書いた小説だからかもしれないけどね。今は立ち直って、この17年間はお酒からも完全に縁を切ってるんだって。だから、小説じたいはよれよれしてないの。 | |
意外にもラストには、爽々しささえあったものね。明るい希望の光が見えてくる、なんていうと、なんだかワザとらしくて、この小説にはあってないんだけど。 | |
もうほんとにダメダメな最低男が主人公で、そんな男が主人公だから、最後はいいにしても、やることなすことみじめったらしいばかりなんだけど、それでもちょっと読んでみたいかなと思った人には、強くおススメしたいなあ。私自身なんだかんだ言っても、この作家に出会えたことにものすごく感謝してるかも。ちなみに、 ダン・ファンテの父親ジョン・ファンテを作家として「自分の神様だ」と敬愛しているのがチャールズ・ブコウスキーで、その流れをくむのがダン・ファンテだそうです。これで読んでくれる人がちょっと増えるかな(笑) | |