すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ベル・ジャー」 シルヴィア・プラス (アメリカ)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
あるファッション雑誌が主宰するコンテストで賞を取ったエスターは、他の選ばれた少女たちとともにニューヨークに招かれた。そこで1ヶ月間、雑誌のゲスト・エディターとして、ファションショーや有名人の取材の仕事をするのだ。 その間の滞在費や渡航費はもちろん、入場券や高級サロンでのヘアカット代も無料だったし、プロのメークアップアーティストにアドヴァイスもしてもらえた。そのうえ、さまざまなパーティーで豪勢な食事、さまざまな贈物、と夢のような生活だった。 これまでにも、いくつもの奨学金や優等生としての特権を与えられてきたエスターだが、次に狙っているのは、すでに小説を送っている夏期講座の創作コースだった。
すみ これは1974年に「自殺志願」というタイトルで邦訳されたシルヴィア・プラス唯一の長編小説の新訳です。そして、Modern&Classicシリーズの第5弾。
にえ シルヴィア・プラスはロングセラーとなっているこの小説とともに、詩人としても有名だよね。というか、詩人が先で、作家があとって言ったほうがいいのかしら。
すみ 詩集でピュリツァー賞をとっているし、今でも詩人シルヴィア・プラスといえば、アメリカで最も有名な詩人の一人よね。
にえ よく知らないなりにシルヴィア・プラスのことを話しておきたいけど、この本はかなり自伝的要素の強い内容だから、シルヴィア・プラスの経歴を話してしまうと、そのままこの本のストーリーをなぞることになっちゃうねえ。
すみ 今さら伏せてもしょうがないってところはあるけどね。この本の見開きの作者紹介にも、しっかり書かれてるし。とりあえず、この本に書かれている時期の前後を話せば、1932年生まれで、生まれ育ちはボストン。17歳の頃からすでに詩や短篇小説で数々の賞をとっているのよね。
にえ でも、精神的にはかなり不安定だったみたいだよね。ちなみにこの「ベル・ジャー」がイギリスで発表された1ヶ月後に自殺してるの。
すみ 幼い子供が二人もいたのに、ガスオーブンに頭をつっこんで死んじゃったのよね。それが1963年2月のことだから、まだ30歳。夫の浮気や貧困などが直接の原因みたいだけど、それだけじゃないことはこの小説を読めばわかるかも。
にえ この小説は、あまりにも自伝的で、実在する他の人たちもそのまま登場するから、最初はペンネームも変名で、イギリスで出版したのよね。アメリカで出版されたのはその8年後なんだそうな。それからずーっと読み継がれていて、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の女の子版ともいわれているのだとか。
すみ 読んでみると、少女の一時期を描いているんだけど、そこにはあまりにもいろんな問題が詰め込まれているから、なにから話せばいいか迷ってしまうね。
にえ やっぱり強烈だったのは、精神病院での治療についてかな。とくにロボトミー手術を受けた少女が出てきたときは、読んでて血が凍った。
すみ まあ、そっちのことばかり話しちゃうと本筋から逸れちゃうから、まずはエスター自身の悩みから話していきましょ。エスターは優等生。数々の賞や奨学金を独り占めしてきたような女の子なんだよね。
にえ でも、まじめにやっていたら、あとから賞や奨学金、それに優等生という地位がついてきたって感じじゃないよね。ときにはちょっと悪知恵を働かせてでも、がむしゃらに優等生道を突き進んできたって印象。
すみ 良い子ちゃんタイプではないよね。ズルしたり、わざと人の足を踏んづけたり、思春期の少女ならではの辛辣さがあったり。
にえ ずっと最優秀じゃなきゃいけないって自分にかけたプレッシャーもあるし、自分は他の娘より優秀だってプライドもあるし、逆に優等生コースしか歩んでこなかったから、普通ってほうに適応できそうにないという不安もあるよね。
すみ 男性に対しても複雑だよね。愛し愛される関係になってみたいけど、母親の歪んだ教育でセックスに対しては異常なほど恐怖を感じているし、それに、一人の男に縛られることで、自分の将来が平凡な専業主婦になってしまうんじゃないかってことも恐れていて。
にえ 子供に対する嫌悪がかなり強調されてたよね。それに、自分の将来についても、目標はあやふやで、いつも不安を抱いていて。
すみ たえずピリピリしてるんだよね、でも、どこか投げやりだったりもするし。
にえ そうなんだよね、最初のうち、自分の思春期と重なって、読んでてなんとも居心地が悪かった。なんか読むと胸苦しい、でも、先を読まずにはいられないみたいな感じで。
すみ 最初のほうの、ゲストエディターに選ばれて1ヶ月、ニューヨークに滞在する期間は、かなり複雑だったよね。選ばれた一人だっていう自負と、他の子より自分が上って思いもあるし、こういう華やかな場にそぐわないと感じる自分もいて、自分とは逆に、とびきり華やかな印象のあるプラチナブロンドの少女に、結局は引きずりまわされているだけのようなところもあったりして。
にえ その間にも、母親どうしがなんとなく早々と婚約者のように決めてしまっている、医大生の男の子とのことも、たえず不安材料として出てくるしね。
すみ そして、非現実的とも言えるような1ヶ月を終えて家に戻ってみれば、ガッカリする出来事が。それからエスターはどんどん内に籠って、眠れなくなり、字の読み書きすらもできなくなっていってしまうの。これを読んだほとんどの人にとっては、私はここまでは行かなかったよってことになるんだろうけど、それにしても女性だったら大部分の方は、共感し、他人事とは思えずに読むんじゃないかなって気がする。
にえ 息苦しいといえば、息苦しい内容ではあるんだけど、やっぱりエスターの若さってものが消えきってないせいか、なにかスッと抜けるようなところもあって、辛くなりすぎずに一気に読んでしまった。こういう揺れ動く思春期を書いた小説としては、やっぱり名作中の名作といえるんじゃないかな。読む価値のある1冊でした。オススメです。