すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 シュペルヴィエル短篇選 「海の上の少女」  (フランス)  <みすず書房 単行本> 【Amazon】

詩人であり、作家でもあったジュール・シュペルヴィエルの20編の短編小説を収録。
海の上の少女/秣桶の牛と驢馬/セーヌから来た名なし嬢/ラニ/ヴァイオリンの声をした少女/ノアの方舟/年頃の娘/牛乳のお碗/蝋の市民たち/また会えた妻/埋葬の前/オルフェウス/エウロペの誘拐/ヘーパイストス/カストールとポリュデウケス/ケルベロス/トビトとトビア/あまさぎ/三匹の羊をつれた寡婦/この世の権勢家
にえ フランスの有名な詩人ジュール・シュペルヴィエルの短編小説集ということで読んでみました。
すみ ジュール・シュペルヴィエルはフランス人なんだけど、1884年にウルグアイのモンテビデオで生まれ、生後8ヶ月で両親を亡くし、モンテビデオ近郊にあった農園を営む伯父によって育てられたのだそうです。 その後、1960年に他界するまで、ウルグアイとフランスを何度も行き来してたみたい。
にえ 私たちはまったく知らなかったんだけど、詩人としては日本でも有名みたいね。最初に日本に紹介したのは、堀口大學。詩集や短編集が邦訳され、谷川俊太郎、飯島耕一、大岡信、中江俊夫、嶋岡晨らの作品に、その影響が見られるのだそうな。戦後に出発した日本の詩人たちのアイドル的存在だったんだって。
すみ この本に関して言えば、不思議な感触のする作品群だったよね。わかったようなわからないような感じで、なにか無色透明の余韻を残すような。
にえ 私は題材にとても不思議な感じがしたんだけど。2つめに「秣桶の牛と驢馬」っていう極めてキリスト教的なイエス・キリストを崇めたてまつるようなお話があって、この先もこういうのが多かったら嫌だなと思っていたら、6つめに「ノアの方舟」っていう旧約聖書のパロディというか、旧約聖書から題材を得て、ちょっとふざけたような、おもしろく仕上げた作品があって、アレ、こういうのもあるんだ、と思っていたら、 いくつか死後の世界の話があって、それはもう完全オリジナルって感じで、ぜんぜんキリスト教っぽくなくて、どうなってるんだ、この人は、と思っていたら、今度はギリシア神話の神々の、あの神様たちらしいちょっと奔放なエロスを感じさせるお話がいくつかあって、すっかり混乱しているところに、今度は「トビトとトビア」のいたってまじめなお話があって。
すみ そうねえ、信仰心がどうのって前に、宗教的なもの、神話的なもの、寓話を題材にするのが好きだった、と、そういうことなのかな。
にえ とにかく私は20編読んでもぜんぜん把握できなかったというか、、なんなんだろう、この人っていう感覚を引きずってるな。少しはわかったって気にまったくなれないんだもん。
すみ 今回は詩的な美しさだけ味わわせてもらえれば充分なんじゃないかな。サラッとした、しつこさのない美しさだった。あと、どの作品も単独で見ると、それぞれにおもしろかったし。強くオススメはしないけど、興味のある方はどうぞ。
<海の上の少女>
海に浮かぶ道、その両脇には家々が並んでいた。そこには少女が独りぼっちで住んでいた。
にえ 最後の最後に早口で種明かしをされたような感はあるけど、それまでがとても素敵だった。
すみ 海の上にある、その町のようなところは、船が通れば消えてしまい、だれにも知られていない存在なのよね。
<秣桶の牛と驢馬>
ベツレヘムへの道中、出産をひかえたマリアを気遣いながら、ヨセフに牽かれた牛と驢馬は歩いていた。やがて馬小屋で生まれた稚児の清らかさ、美しさを愛しながら、牛は自分の醜さを意識した。
にえ 牛に失礼な話だよね(笑) 前々から思っていたんだけど、ほ乳類のなかで人間はダントツで醜いんじゃないかなあ。毛が生えてるところと生えてないところがあってさあ、よくよく考えると気持ち悪いよね。
すみ そんな話ではないでしょっ。心美しい牛の清らかなお話でした。
<セーヌから来た名なし嬢>
セーヌ川に飛び込んだ19才の娘の溺死体は、やがて海に出て死んだ人たちの集まるもとに流れ着いた。
にえ ギョッとする設定だよね。主人公は溺死体だなんて。とはいえ、セーヌ川を流れていく描写に引きこまれたな。
すみ 死んだ人たちはみんな裸なんだよね。それなのに、娘だけは意地でも服を着たままでいようとするの。
<ラニ>
断食の試練に打ち勝ち、酋長に選ばれた青年、ラニは、許嫁と結ばれるはずだった。
にえ せっかく酋長になったのに、ラニは眩暈を起こして火床に倒れ込み、顔を骨まで焼いてしまうの。その時に他の者たちは、許嫁はどう反応したか。なんとも苦い後味がよかった。
<ヴァイオリンの声をした少女>
その少女は、見た目はごく普通の少女だが、不思議な声をしていた。平凡な言葉のなかに、ヴァイオリンの音がまぎれこむのだ。
すみ ヴァイオリンの音の混じる声なんて、もうその設定だけで幻想的で素敵。ただ、そういう変わったものというのは、持ってる本人には、時に苦痛になってしまうのだけど。
<ノアの方舟>
ノアの方舟に乗ることができた動物たちは、残される者たちを見て苦々しく思った。どうしてあの楽しげな者たちは残されて、うっとうしいノアの子供たちは乗ることができたのだろう。
にえ 選択を含めて、神のすることに疑問を感じるっていうのはよくある話だけど、この話は妙に納得してしまったな。そういうものなのかも、みたいな。
<年頃の娘>
その16才の少女は、コーヒーを注げばスプーンが消え、料理をすれば、皿の上の調理した魚が跳ね上がって川に逃げた。
すみ なにひとつまともにできない娘に苛立つ父親とビクつく娘はどうなるのか。というか、娘にこんな怪奇現象が起きて、娘を叱る父親っているのかい(笑)
<牛乳のお碗>
病気のため、牛乳しか飲めなくなってしまった母親のために、息子は毎朝、パリの街のなかを歩いた。
にえ これは2ページ半ほどの短いお話。でも、情景が浮かんでくるなあ。これもまた、なぜか牛乳を壜では運べず、碗で運べばなければならないって風変わりな設定なんだけどね。
<蝋の市民たち>
かつては人気のあった脚本家だが、しだいに彼の作る劇に客は集まらなくなってきた。
すみ 客が入らなくなった劇場では、空席を埋めるために蝋人形をおくことに。想像すると、うっすらゾワゾワしてくるなあ。こういう静かな不気味さって好きだな。
<また会えた妻>
愛する15才年下の妻と、喧嘩をしたまま海難事故で死んでしまったポール・シュマンは、天国に行っても妻のことばかり考えていた。
にえ 天国から望遠鏡で地上を覗き、妻の姿を見つづけているうちに、どうしても妻に会いたくなるポール。どうやって会いに行くのでしょう。ちょっと切ないお話だった。
<埋葬の前>
死んだ男を囲む妻や子供たちは、自分たちに非難されるべきところはないか、この死に責任はないのかと考える。
すみ これは2ページ半ほどの短いお話。お話っていうほどのストーリー性はないかな。埋葬の前について、ちょっと考えさせられる、ピリッと皮肉めいた内容。
<オルフェウス>
最初の詩人オルフェウスが歌えば、動物たちは集まり、セイレーンたちはキスを求めた。音楽に心を奪われたオルフェウスが忘れているうちに、 妻エウリディケは亡くなってしまった。
にえ シュペルヴィエルに影響を受けたという戦後すぐの詩人たちは、こんなふうにギリシア神話が流麗に語られるものを読めば、これだけでいくつでも詩が書けると思ったんじゃないかなあ。
<エウロペの誘拐>
毎朝、「忠誠を」と叫びながらオリュンポスの山腹を駆けめぐるヘラの夫ゼウスは、新しい恋を求めて牡牛に変身した。
すみ 毎日、毎日、飽きもせず、強制的に皆に忠誠を誓わせようと叫びながら走りまわる妻と、次々に若いお姉ちゃんを手込めにしようとする夫。ギリシヤ神話の神々には、私たちの常識なんて通用しないのだなあ、すごい夫婦(笑)
<ヘーパイストス>
オリュンポス山の食卓で給仕をする女神ヘーペが捻挫をした。かわりに給仕係になったのは、ヘーペの兄、鍛冶屋の《両足萎え》だった。
にえ ギシリア神話の神々は、他人の体のことで一片の罪悪感もなく大爆笑できる方たちなんです。そんな方たちだとわかっていても、読むたびに引くなあ(笑)
<カストールとポリュデウケス>
レダは眠っているあいだに、白鳥の子を身籠もった。2つの卵から出てきたのは、男の子が2人、女の子が2人。ヘルメスは男の子2人を引き取って、面倒を見ようと提案した。
すみ このお話は知らなかったせいもあって楽しかった。4人の子供たちは、けっきょく何者なのか? ヘルメスの別の顔とは? なんて感じで、ワクワク読めた。
<ケルベロス>
冥界で働くケルベロスは、会ったことのない姉に会いたくなった。しかし、近頃では駆け出しのヘラクレスという輩が、怪物たちを無差別に殺してまわっているから危険だった。
にえ 意味もなく醜い姿をしたものを残酷に殺しまくり、それでも飽きたらぬヘラクレス。それにひきかえ、忠実で純粋なかわいそうなケルベロス・・・。そうか、そういうことだったのかと納得(笑)
<トビトとトビア>
不運のうちに死んでいったユダヤ人たちを埋葬することに明け暮れるトビトは、善行のすえに目が見えなくなるという不幸にみまわれた。
すみ 目が見えなくなった父トビトのために、大天使と旅をする息子のトビア。と皆さんご存じのお話のままですが、ほんのちょっとだけなにかが違うっ。そこがおもしろかったな。
<あまさぎ>
清潔を心がけるその牛には、一羽のあまさぎも寄ってこなかった。ある日、不潔にして寄生虫を体に住ませれば、きっとあまさぎが寄ってくるだろうと仲間に忠告された。
にえ これは一頭の牛と、一羽のあまさぎの交流を描いた、心温まるかわいいお話。ところで、あまさぎとか、コバンザメとか、他の動物がくっついてる動物を見ると、むしょうに羨ましくなるのは私だけでしょうか(笑)
<三匹の羊をつれた寡婦>
心の広い寡婦は、自分の息子である3匹の羊を連れ歩いた。3匹は見るからに羊だが、めーめーとは鳴かず、人の言葉を話した。
すみ 両親は人間なのに、なぜか息子は3人とも羊なの。思いのほか残酷なお話なんだけど、こういう理由のないままの不思議な設定って好きだな。
<この世の権勢家>
葡萄の木が一本もない土地で、大きなワインの製造元となったワルダナヴールは、怒りにまかせて協力者であるイリフリを8才の少年に変えてしまった。
にえ これまた、どうして葡萄の木のない土地でワインの製造元をやっているのか、どうしてワルダナヴールはこんな魔法の力を持っているのか、まったく説明なし。でもおもしろかった。