すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ヒューマン・ステイン」 フィリップ・ロス (アメリカ)  <集英社 単行本> 【Amazon】
マサチューセッツ州西部の田舎町にあるアシーナ大学で、学部長として大幅な改革を行い、やり手として知られた古典学の教授コールマン・シルクは、2年前、 授業に出席しない二人の学生をスプーク(幽霊)と呼んだために糾弾され、大学を去らなくてはならなくなった。学生のうちの一人が黒人で、久しく使われておらず、忘れかけられた差別用語ではあるが、 スプークとは黒人の蔑称でもあったからだ。戦いのさなか、コールマンの妻は亡くなり、その後二年間、コールマンは怒りを告発本「スプーク」の著述に向けていた。しかし、1999年夏、コールマンはすっきりした顔をして私、 ネイサン・ザッカーマンのものに訪ねてきた。71歳になったコールマンは、34歳の大学の用務員の女性と恋に落ちたという。それは、小さな大学町での新たなスキャンダルの始まりとなった。
すみ 以前から読みたいと言いつつ読んでいなかったフィリップ・ロスの、新刊が出たので、読んでみました。
にえ これは「白いカラス」っていう邦題で、映画化もされ、日本でも2004年の今夏公開。映画の公式サイトでストーリーは確かめないほうが、小説は楽しめると思うけどね。
すみ で、読んでみたら予想通りというか、期待通りというか、腹にドスンと重いものが残るような、読み応えのある小説だったね。やっぱり凄いな、この人は本物の作家だなあとつくづく思った。
にえ まさにアメリカの純文学だよね。アメリカが抱えているさまざまな問題をえぐり出していくように、克明に積み重ねて書いてあって、どれもがそう簡単に片づく問題じゃないことを、あらためて思い知らされたような。
すみ 第1章と2章め以降が、かなりイメージ変わったよね。第1章を読んでいるときは、かなり視界が閉ざされていた。
にえ そうそう、見えているようで、実は見えてなかったんだよね。2章め以降に視界が開けて、初めて気づくんだけど。
すみ 第1章では、クリントン大統領とモニカ・ルインスキーの生々しい不倫の話がみっちり書かれていたり、71歳の元教授が、34歳の女性と結ばれるためにバイアグラを使っていることを自慢げに話していたりとかして、ああ、そういう感じの小説か、と単純に考えそうになっちゃったけど。
にえ けっこう文章が硬質的で、なかなか読み進まなかったしね。
すみ でも、なんだろう、それだけで終わらなそうな、強く引っぱってくる力があって、なんかもう、意地でも最後まで読みたいって気にはさせられたんだけどね。
にえ それがわかってきて、いよいよ魅力に屈することになるのが、第2章以降だったよね。
すみ 始まりはこんな感じなの、ユダヤ人の古典学教授コールマンは2年前、ずっと授業に出ていない二人の学生について、「この人たちは存在しているのかい、それともスプークなのかな?」と言ったばかりに、それまで築き上げてきた大学での権威を失墜してしまう。
にえ スプークを「幽霊」なのかいって意味で使ったのに、二人の学生のうちの一人が黒人の女学生で、しかも差別されているという意識から、大学に来ることができなくなってしまっているという経緯があって、 スプークは黒人の蔑称だったことで、大問題になっちゃったのよね。
すみ とはいえ、スプークは古い差別用語で、コールマンは指摘されるまで、スプークが差別用語だったと思い出せないくらいなのよ。どうやらコールマンに非難が集中した原因は、やり手の学部長として、かなり強引な改革をやったために、たくさんの恨みを買っていて、 その蓄積が一気に襲いかかってきたらしいの。
にえ というのは、第1章を読み終わるまでの印象だよね。あとから考えると、本当はもっと根深いものがあったような気がした。
すみ それについては、フォーニア・ファーリーの言葉が印象的だったな。人間に育てられたために、一羽だけ仲間はずれにされているカラスをヒューマン・ステイン、つまり、「人間の穢れ」のためだと表現してた。
にえ とにかくコールマンはこんな誤解で自分の名誉を汚されてなるものかと戦い、その戦いのなかで妻は亡くなり、結局は大学を辞めることになってしまうのよね。
すみ コールマンは強い女性が好きみたいよね。昔の彼女の話もあるんだけど、背が高くて、精神的にも強靱な、そういう堂々とした女性が一貫して好きみたい。奥さんもそういう人だった。
にえ 妻を失い、戦いに敗れたコールマンは、怒りをくすぶらせ、人が変わったみたいになって家に籠もり、告発本「スプーク」を書き続けているんだけど、それがある日、語り手であるネイサン・ザッカーマンを訪ねてくるの。
すみ 71歳のコールマンが、34歳の恋人ができたって嬉しそうに言ってるのよね。しかも、その恋人というのは、学歴は中2までで教育らしい教育も受けておらず、文字の読み書きもできず、大学の用務員や郵便局の掃除などをしている女性。それがフォーニア・ファーリー。
にえ フォーニアには悲しい過去があるんだよね。71歳の失墜した元教授と、悲しい過去のある34歳の女性の恋物語・・・と単純に考えてしまうけど、そこが違うんだよね。
すみ 老人の愛欲、人種差別の問題もそうだけど、フォーニアの元夫がヴェトナム帰りの心的外傷後ストレス障害者であること、それから率先してコールマンを糾弾した教授がフランスから来たエリート意識の高い女性であること、などなどの設定があって、そういう登場人物たちの心の内まで克明に描くことによって、どんどんアメリカの深いところにメスを入れられていくようだった。
にえ とにかく、フィリップ・ロスの創り出す、美しさと醜さの調和した世界に引きこまれていったしね。ズシーンと重く、そして文句なく良かった。読みたいと思う方には絶対のオススメです。