=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「白の闇」 ジョゼ・サラマーゴ (ポルトガル)
<NHK出版 単行本> 【Amazon】
信号が青に変わっても、車は発進しなかった。運転している男の目が突然見えなくなったのだ。 男は目の前が真っ白だと訴える。新種の伝染病なのか、妻に連れられて男が行った病院にいた者たちも、 男の車を盗んだ者も、すぐに同じ症状で、目が見えなくなってしまった。政府の措置で、感染者はただちに 使われていなかった精神病院に集められ、隔離された。だが、そこは目の見えない人々により、無法地帯と化していった。 | |
これはもう絶対オススメ! 読んでおもしろかったし、考えさせられた〜。 | |
それにさ、ノーベル賞作家の作品ってことだけど、柔らかな文体で、読みやすかったよね。 | |
本を最初に開いたときはビビッたけど(笑) | |
しゃべった言葉が「 」で囲われてないし、改行が少なくて、 うわっ、文字だらけ〜って思ったよね。 | |
思った、思った。でも、読みはじめたら、文章は読みやすいし、 「 」で囲われてないのも慣れればかえって読みやすくて、普通の小説もこういう書き方でいいんじゃない のって気がしてきた。 | |
あとさ、登場人物に名前がないのよね。黒いサングラスの娘、 とか、医者の妻、とか、みんな説明がそのまま固有名詞のように使われてたよね。 | |
これは、目が見えないことで、容姿とかの個性ってものが失わ れちゃったから、名前って観念もなくなったということなんだよね。 | |
これまた、最初は、え、と思ったけど、慣れればこっちのほう が楽な気がしてきた。だって、いちいち登場人物の名前を覚えたり、この人誰だっけなんて確認しなく ていいんだもん、名前の代わりに説明がつくわけだから。 | |
読みはじめたとき、カミュの『ペスト』とか、ゴールディング の『蝿の王』に設定が近いかな、と思ったら、うしろの解説に、各国の書評にもそういうことが 書かれてるってあったから、やっぱり連想するのはそのあたりなんだろうね。 | |
うん、目が見えなくなった人たちの収容先は使われなくなった 精神病院の建物なんだけど、まわりは軍隊に囲まれて、出ようとすれば撃たれるし、中にはちゃんとした責 任者もなく、まさにそういう閉ざされた空間にいる集団の極限状態。 | |
この話の場合は、様々なタイプの人間が寄り集まってるってこ とと、全員が盲目だから、なにをやっても誰にも見られる心配がないっていう状況、それに、とりあえず死 は間近に迫ってないけど、いつか目が見えるようになるのか、ずっとこのままなのか、まったくわか らないって中途半端なところが特徴よね。 | |
手に触れ合えるぐらい身近に人が沢山いるのに、誰にも見られ てないから、当然のように目が見えてたらやらないこともやってしまう、自分に都合の悪いことはこっそり 隠す、そういうさりげなくやっちゃう行動の恐ろしさがあった。 | |
最初は少人数。目が見えなくなる病気を移したものと移された もの、車を盗んだものと盗まれたもの、娼婦だったことを隠している女とその娼婦を前に見ているんだけど、 同一人物だとわかっていないもの、と徐々に摩擦が生じてくるの。 | |
でも、このあたりならまだ、同じ人間として理解できる範囲だ ったよね。 | |
そう、だけど、それから収容人数がどんどん増えていって、 どんどん異常なことになっていっちゃう。 | |
人がたくさん来れば、当然、他人の財産を暴力で、根こそぎ自 分のものにしちゃおうなんて考えるような無法者たちも混じってるし、食糧配給の問題とかも起きてくるしね。 | |
もう人が死んだり、殺されたりとか、そういうことさえ日常的に なってくる。とにかく凄まじい。 | |
そういうのもすべて、どうせ誰にも見られてないっていうのが 心理に大きく反映されてるのよね。 | |
で、実はその中で一人だけ、目が見えてる人がいるのっ! | |
最初に目が見えなくなった男が行った病院の医者の妻。 目が見えなくなった夫の傍にいたくて、目が見えないと嘘をついて収容所についてっちゃうのよね〜。 | |
でも、まわりは知らないのよね、医者の妻の目が見え るってこと。 | |
そうそう、で、だれにも見られてないからって平気でやって ることのすべて、修羅場のすべてを、医者の妻は冷静な目で見続けてるの。 | |
伝染病だから、生まれながらに抗体を持ってて、感染しない 人がいるっていうのは設定としてなんら無理はないんだけど、そういう意味じゃなく、この本の創造主で あるサラマーゴが、この医者の妻を唯一目が見える人に選んだのは、大きなポイントよね。 | |
うん、この人はある程度の年齢になってる女性だから、慌てず 騒がず冷静。人間の醜さもある程度ゆるしちゃう許容量の大きさもあるし、それになにより、判断力と行動 力がある。 | |
判断力といえば、キリスト教的な言い方をすると、この人は 正しいと判断して、3つの罪を犯すよね。1つは目が見えないと嘘をつくこと。これはまだいいにしても、 残りの2つは、一生背負っていかなければならないような大きな罪。 | |
でも、しょうがないよ。サバイバルだもん、生き残ることを 重視すれば、きれいごとばかり言ってられない。 | |
真似はできないけどね。私はヘナチョコだから、自分も夫も 死んじゃう、楽なほうを選ぶな〜。彼女は強い。まさに選ばれしものだね。 | |
で、この医者の妻が、どんなに過酷で、えげつない状況にな ろうと、人間の品性ってものを失わない人だから、この小説全体も、汚らしいもの、醜いことを書き連ね てても、なんか静けさのようなものが漂ってて、美しくさえあるのよね。 | |
どんどん酷い状態になっていくけど、そのなかにも人の優しさ とか、思いやりを描いた部分もたくさんあるしね。そういうのも、この医者の妻の目があるからこそだな。 | |
書かれてることのわりに、読後感は爽やかでもあるよね。 | |
これはもう、読んでみるべきでしょ〜。 | |