すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ホエール・トーク」 クリス・クラッチャー (アメリカ)  <青山出版社 単行本> 【Amazon】
スポーツが盛んなカッター高校で、T・Jは、恵まれた体とずば抜けた運動神経を持ちながら、どこのスポーツクラブにも属していなかった。そろいのスタジャンを着て構内を闊歩する、スポーツバカどもと一緒にされたくなかったからだ。 しかし、しょっちゅうおごってもらっているシメット先生に誘われ、他にもちょっとした理由があって、とうとうスポーツクラブに所属することになった。校内にプールもないカッター高校に新設された、水泳クラブだ。しかも、集まってきたメンバーは、校内でも最もスタジャンの似合いそうにないやつらだった。
すみ ファミリー・セラピスト、児童保護活動の専門家としての顔も持つ、ヤング・アダルト小説の作家、クリス・クラッチャーの初邦訳本です。
にえ ファミリー・セラピストで児童保護活動の専門家っていうのがポイントだよね。かなり作品に反映されてて。
すみ 水泳クラブに集まる少年たち、それを取り巻く大人たち、ほとんどすべての登場人物が問題を抱えてて、しかもその書き方がとっても丁寧で、リアルなんだよね。
にえ ヤングアダルト本、問題を抱えた少年たち・・・、ああ、なるほど、だいたいわかったって思う、そのレベルを遙かに超えてた。
すみ 一人一人だけじゃなくて、個々の繋がりについてもそうでしょ。こういう生まれ育ちをして、こういう人間になると、こういう人間と結びついて、こういう問題を起こす、そういう経験で得た人間観察の知識がきっちりと盛りこまれてて。
にえ まず、主人公のT・Jがいいんだよね。これまでの経験から、かなり大人びているんだけど、年齢なりの未熟さも微熱も同時に抱え持ってるの。彼が語り手でもあるんだけど、緊張感のある語り口のその声が、紙を震わせ、ページをめくる手に伝わってくるようだった。
すみ T・Jは驚異的なIQを持っていて成績優秀、身長も190センチでスポーツ万能。それだけ聞くとスーパー高校生?って感じだけど、黒人と日本人と白人の混血で、しかもドラッグに溺れた母親に捨てられた過去を持つ、優等生っていうより、アウトロー的なところのある高校生なんだよね。
にえ アウトローっていっても、不良ではないでしょ。学生としてキッチリやらなきゃいけないことはやってて、人一倍正義感が強くて、弱いものに対する同情心が並はずれてて、そのせいでちょっと危なっかしくも見えるんだけど。
すみ 人種差別的偏見の強い土地柄に住んでいるために、差別されてるって意識は常にあるし、養父母と同じ混血のセラピストの女性が愛情を持って成長を手伝ってくれたこともあって、かなり克服はできてるけど、まだやっぱり心のうちでは抑えつけなければいけない怒りの爆発が常にあって、そういうところでも危なっかしくもあるよね。
にえ 危なっかしいばかりだと、読んでても怖くなってきちゃうけど、まわりの大人たちの愛情深い眼差しが常にあるから、T・Jは大丈夫って、それだけは安心できたよね。
すみ そうそう、養父母は父親が働いていなくて、母親が児童虐待事件を専門に扱う弁護士っていう、ちょっと変わった家庭環境だけど、どちらも愛情深くて、他人の心の痛みを敏感に感じとることのできる人だし、 養父母以外でも、セラピストの女性にしても、仲のいい教師のシメット先生にしても、T・Jを子供扱いしてきれいごとを並べたりしないで、きっちり本音でつきあってたよね、ちょっと驚いちゃうぐらい。
にえ そういういい人ばっかりだといいんだけどね。でも、実際はT・Jを必要以上に敵視する大人もいて、T・Jは時に熱くなりすぎちゃうんだけど。
すみ でも、時には読んでる私も一緒にスカッとするぐらい、痛快に乗り切ってた。
にえ 嫌な奴らも、ただ嫌な奴らとして処理されてなかったしね。みんなそれぞれ問題を抱えてて、そこも理解していかなきゃいけないって、T・Jが諭されることもあった。
すみ T・Jには、それに反発を感じて、完膚無きまでにやっつけてやると意気込む若さがあったよね。そういう変に大人ぶろうとしない、まっすぐなところも好きだったな。
にえ 水泳クラブに集まる少年たちもよかったよね。それぞれに過去、家庭、脳や身体の障害、など問題を抱えてるんだけど。
すみ 頼りあって助け合うって感じじゃなかったよね。一人一人が自力で現状を打破しようともがいてて、遠慮しつつもちょっとずつ理解し合っていって。
にえ はい、水泳でみんな頑張りました、仲間ができました、みんな問題が解決して幸せになりましたって、そういう安易な書き方はしていなかったから、抵抗を感じずに共感できたな。心の問題ってそんなにスッキリ解決できるものじゃないよね。
すみ ホントに丁寧に書いてるなあって印象が強かった。あまりにも丁寧に、丁寧に書かれてるから、これが処女作なのかと思ってしまった。実際には、 これが7冊めで、7冊すべてが、アメリカ図書館協会のヤングアダルト・ベストブックに選ばれてるそうなんだけど。
にえ とにかく、いろんなことに巻き込まれながらも、T・J率いるへっぽこメンバーの水泳チームが、学校を牛耳るスポーツクラブの連中と対等に渡り合っていくのよ。まず、その爽快さ。それから、 登場人物それぞれの根深い心の問題。この陽と陰がバランスよくて、ぐんぐん引き寄せられ、夢中で読んじゃうの。
すみ 時には暴力沙汰もありで、それじゃなくてもつねに一触即発状態、ドキドキしっぱなしだったけど、やさしい気持ちにもなれた。まさに「とにかく読んで」って言いたくなる本だった。
にえ ヤングアダルト世代だけじゃなく、大人にもぜひってオススメしたくなるよね。クリス・クラッチャーと同じようなお仕事、お勉強をなさっている方には、ちょっとキッチリ型にはまりすぎてる感はあるかもしれないけど、 崩されてるより、はるかにいいでしょ。とても現代的で、でも普遍的な小説でもありました。お試しあれ。