すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「エドガー・ミント、タイプを打つ。」 ブレイディ・ユドール (アメリカ)  <ソニー・マガジンズ 単行本> 【Amazon】
インディアンの母親と白人の父親のあいだに生まれた少年エドガー・ミントは、7才の時、郵便配達のジープに轢かれ、頭が潰れた。 だれもが死んだとばかり思っていたが、奇跡的にエドガーは、病院で昏睡状態から目ざめた。しかし、白人の男に妊娠してすぐ捨てられ、妊娠中からアルコールに溺れていた母親は見舞いにも来ず、そのまま行方不明になり、 年老いた祖母は遠くの病院に入院してしまったらしい。しかし、エドガーは寂しいとは思わなかった。事故の前の記憶をすべて失ってしまっていたから。
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すみ かつてヴォネガットが講師をつとめたことや、アーヴィングが学んだことで名高いアイオワ大学創作科の卒業生、その流れを汲む期待の大型新人作家の初邦訳本ということで、読んでみました。
にえ さすがにおもしろかったね。とっても丁寧に書いてあるって印象が強かったし。
すみ ありがちといえば、ありがちな、さまざまなハンデを背負った少年の流転の物語なのだけど、良いとも悪いとも言いがたいような、なんとも人間臭さの漂う登場人物たちによって、味わい深い物語になっていたよね。
にえ 主人公のエドガー少年も、良いとも悪いとも言いがたい、なんとも好きにならずにはいられないような愛らしさのある少年だったしね。
すみ そうそう、盗みを平気でやると思えば、正直に告白して謝ったり、イジメられてもヘラヘラっと逆らわずにいると思うと、 ここぞって時には相手の度肝を抜くぐらいのパワーを見せたりもするし、逆境のなかでも、どこか明るいところに顔が向いているようなところがあって、読んでてとても心地のいい主人公だった。
にえ エドガーの意外なほどの率直さの前に、大人の生きる哀愁みたいなものが際だって見えたというか、少年の物語のようでいて、じつは生きる過酷さに引きずりまわされ、疲れ切った大人たちの物語だったような気がする。
すみ うん、エドガーは善にも悪にも染まっていない、無垢な天使みたいだったね。つい大人たちがその清らかさにすがりつきたくなるような。だからって、エドガーと関わった大人たちが幸せになっていくというわけにもいかないんだけど。
にえ 辛いことが連発する話のようで、どこかにいつも優しさがあって、ギスギスせずに柔らかく読めたよね。これはアイオワ大学創作科で学んだことも影響してるのかしら、なんて勝手に思ったりもしたんだけど。
すみ 紹介にディケンズやアーヴィングが挙げられてるのも、ちょっと納得したりもするよね。べつに似てるものを求める気もないし、比べるつもりはないけれど、やっぱりこういう作者のやさしい視線っていうのは好きだな。
にえ 通勤読書派への嫌がらせかってぐらい分厚い本だったけど(笑)、最後にキチッとまとまりを見せて、読み終わったあと、なんかひとつの物語を読みおえたな〜って充実感があった。
すみ エドガーのハンデっていうのはね、まず、字が書けないってこと。7才の時、郵便集配のジープに頭を轢かれるけど、奇跡的に助かって、頭の形がなんだかボコボコになっちゃったことと、 記憶がなくなっちゃったこと以外は、快復したかに見えたんだけど、なぜか字が書けないのよね。
にえ それで病室が同じで、隣のベッドだったアートという男の人から、タイプライターをもらうんだよね。
すみ エルメス・ジュビリー2000っていうタイプライターで、タイプライターとしては名機中の名機らしいよ。
にえ 表紙の写真に写ってるタイプライターがそうなのかな。だとしたら、デザイン的にもとっても素敵よね。
すみ そのタイプライターをくれたアートって男性が、エドガーの最初の庇護者になるの。彼自身、とっても辛い事故にあって、病院にいるんだけど。
にえ このあとの人生で、エドガーはひたすらタイプライターを打ち続けるんだよね。離れていった友達に手紙を出すためだったりもするけど、 自分の思いを吐露するためだったり、神様に祈るためだったりもするの。
すみ あと、ハンデは、エドガーがハーフだってこと。インディアンの血が混じってるために白人社会にも受け入れられないし、白人の血が入ってるから、インディアンからも受け入れられないの。
にえ 両親がいないことだけでも、子供が育っていく上では充分なハンデなのに、そのうえ、どの社会にも所属できないんだもんね。
すみ 成長が遅れているのか、身体が小さめで、それだけでも子供の世界では辛いところだよね。そのうえ、7才までの記憶がほぼ完璧になくなってるから、 普通の人が常識でわかってるようなことも知らなかったりするし。
にえ でも、賢い子だよね。いつも一生懸命いろいろ考えてるし。それが狡賢い悪知恵になっちゃうこともあれば、正直な告白になっていくこともあるんだけど。あと、身体は小さく華奢でも、読んでてどこか安心できるタフさがあるし。
すみ そんなエドガーに、他の人には見せなかった優しさや弱さを見せる大人がいたり、手からどんどんこぼれ落ちていく幸せの最後の一個みたいに、執着して追いまわす大人がいたりするのよね。
にえ 自分を轢き殺してしまったと思いこんでいるに違いない、消えてしまった郵便集配人を探しだし、自分が生きてることを知らせることが生きる最大の目標で、タイプライター<エルメス・ジュビリー2000>をお供に、必死でもがきながらも運命を転がされていくエドガーと、 そのまわりの悲しい過去を引きずって生きている大人たちの物語。こういう長めのアメリカ文学好きな方には、とくにオススメかな。満足できましたっ。