すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「琥珀捕り」 キアラン・カーソン (アイルランド)  <東京創元社 単行本> 【Amazon】
フェルメール、チューリップ狂、望遠鏡発明、普遍言語、潜水艦開発。偶然の幸運に身を任せる「琥珀捕り」の流儀に倣って詩人が繰り出す逸話たちの饒舌な物語。 (出版社紹介文)
すみ アイルランドの詩人、作家、そしてアイルランド音楽入門書なんて邦訳本もあったりする、キアラン・カーソンの小説です。とか言いつつ、小説かな?
にえ うん、私は小説だと思うよ。ストーリーがないエッセーのようなものでいて、読み進めると、きっちりひとつの流れを感じるし、うんちく紹介のようでいて、じつはきっちり創作の手が入ってるし。
すみ とにかく、変わった本だったよね。訳者あとがきによると、「文学においてカモノハシに相当するもの」なんてことも言われているのだとか。
にえ 読む前は、一貫した物語じゃなさそうだし、二段構えで文字ビッシリで、読了できるかなあと心配だったけど、読みはじめたら、もうすっかり書かれたものに酔いしれてしまって、スルスルと読めてしまった。
すみ アルファベット順にAからZまでの章で構成されているのよね。たとえばCは”Clepsydra”で水時計、Mは”Marigold”でマリゴールド、Uは”Undine”で水の精(ウンディーネ)、なんてさすがに詩人よね。
にえ 各章がタイトルに添った別々のことが語られているのかなと思うと、前の章から続いていたり、話が途中で変わって、ずっと前の続きになったり、とにかく区切られているようで切れ間なく、うねるようにして進んでいくのよね。
すみ まず最初は、父親の思い出話から始まるの。お父さんはとても物語を語るのが上手な人で、子供たちは夢中になって、お父さんが紡ぎ出す話を聞くの。
にえ そのお父さんの語った長いお話のひとつが、忘れかけた頃にポツリポツリと登場して、それもまた繋がっているようで別の話かなと思うと、最後にひとつの流れが見いだせるのよね。
すみ アントリムという町の近くにとても裕福な女が住んでいて、家の外に、「毎晩おもしろいお話を語ってくださるかたにはベッドと食事さしあげます」って書いてあるの。「ただし、お話は実話に限ります」って但し書きつきでね。 そこに冒険王ジャックって呼ばれている若者が訪ねていき、とびきりのお話を披露していくの。
にえ お姫様や王様が出てくるお話だったり、人魚が出てきたり、怪物や魔法、埋められた宝なんて、いかにもアイルランド産の童話って感じの、素敵な話の数々よね。
すみ それから、お父さんがエスペラント語で、オランダ人の男性と長く文通をしていたところから、オランダの話がいろいろ出てくるの。
にえ お父さんにとって、行ったことのないオランダは、不思議な土地、お伽噺の国のようなものなのよね。オランダというと雰囲気が伝わりにくいけど、オランダの正式呼称「ネーデルラント」って言葉のほうを使えば、 なんだか私たちも、おとぎの国のようなものを想像してしまわない?
すみ オランダについては、いろんな章で、さまざまなことが語られているよね。チューリップ熱や煙草にまつわる話、とくに多いのは、オランダ絵画にまつわる逸話。
にえ そのなかでも、とくにたくさん出てくるのは、フェルメールよね。フェルメール自身の逸話から、その絵画についての詳細、はてはフェルメールの贋作作家の話まで。
すみ それに、フェルメールの絵を愛した、マルセル・プルーストの逸話まで出てきたでしょ。あれはちょっとハッとしたな。
にえ あとは、ギリシア神話の話もあれこれ出てきたし、ヒヤシンスの名前の由来とか、潜水艦の歴史とか、アイルランドの話とか、とにかくタップリ話が詰まってたよね。
すみ そして、琥珀でしょ。琥珀にまつわる様々な話が出てくるんだけど、全然違う話に琥珀が出てきたりもして、ああ、これもまた琥珀につながっていたのか、と。
にえ つながっていたのかっていうより、読んでるうちに琥珀が欲しくなって、欲しくなって、思わずネット通販で買っちゃおうかと思ったんだけど(笑)
すみ そうそう、ネットといえば、この話は実話なのかな?とか、この人は実在した人?とか、ここに書かれてる絵はどんな絵だっけ?とか、いろいろ調べたくなって忙しかった。
にえ 読んだあとで、そうやって調べるのがまた楽しかったよね。とにかく、いろんな話が詰まっていて、バラバラのようで共通性があって、ああ、ずっとこの人のお話を聞いていたいなあって気になったな。
すみ Aからはじめて1章ずつを、寝る前に読んだら、26夜は素敵な夢が見られそうだな、なんて思ったりもしたよ。
にえ とにかく、次にどんな話が始まるかわからないまま、ゆったりと耳を傾ければ、いろんな魅力的なお話を聞かせてもらえるの。だって、この本に出てくる素敵なお父さんの子供たちも、 そうやってお父さんが次になんの話をするかわからないまま、期待に胸膨らませてじっと待っていたのだもの。好きそうだなと思った人には、強くオススメです。