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 「ノーホエア・マン」 アレクサンダル・ヘモン (ボスニア=ヘルツェゴヴィナ→アメリカ)
                                        <白水社 単行本>  【Amazon】

1967年9月10日、ユーゴスラヴィアのサラエヴォで生まれたヨーゼフ・プローネクは、警官の息子として生まれ、 ビートルズの洗礼を受けて音楽に目ざめ、友人と組んだビートルズもどきのバンドで演奏を楽しみながら、サラエヴォで青春を謳歌した。 1992年1月、若き有望なジャーナリストとしてアメリカに招待されたプローネクは、突然起きたユーゴ紛争により、母国に帰れなくなってしまった。
すみ 旧ユーゴスラヴィア、現在のボスニア=ヘルツェゴヴィナのサラエヴォ出身の作家、アレクサンダル・ヘモンの初邦訳本です。
にえ アレクサンダル・ヘモンは、この本の主人公プローネクと同じく、若き有望なジャーナリストとしてアメリカに招待されている最中、 サラエヴォがセルビア人勢力によって包囲され、ユーゴ紛争となって帰れなくなり、そのままアメリカに残ったのよね。
すみ それについては、私たちでは計り知れないほどの精神的な辛さだろうね。そこで彼が選んだのは、母国語を封印し、英語を学び、小説を書くこと。
にえ それが3年で作家として認められ、文章が素晴らしいと言われるほどになったんだから、スゴイよね。
すみ 旧ユーゴスラヴィアについては複雑で、私もあまりちゃんと把握できていないんだけど、1945年にはセルビア共和国、クロアティア共和国、 ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国、スロヴェニア共和国、マケドニア共和国、モンテネグロ共和国の6共和国がひとつになって ユーゴスラヴィア連邦人民共和国となり、それから1963年になって ユーゴスラヴィア社会主義連邦共和国となり、1991年からのユーゴ紛争で、またバラバラになっていった国、ってことでいいのかな。
にえ つまり、アレクサンダル・ヘモンやこの小説の主人公が生まれた時には、ユーゴスラヴィアは社会主義国だったんだよね。この小説の中でも、社会主義国らしい教育を受けているような記述はあるけど、それほど規制が厳しく、息苦しい生活ではなかったように見受けられた。
すみ でも、とにかく複雑な国家だよね。特に舞台となっているサラエヴォのあるボスニア=ヘルツェゴヴィナは、セルビア正教徒のセルビア人、イスラム教徒のムスリム人、カトリック教徒のクロアチア人が共存し、それでもさほど摩擦も生じずに、一緒に暮らしていたみたいなんだけど。
にえ それでもやっぱり、1991年からは民族間の紛争が激化して、国は解体されてしまうのよね。それまで認めあって、それなりに仲良く暮らしていたような人たちが、国のなかで殺し合うんだから、本当に悲劇的な戦争だったんだと思う。
すみ 作者自身が色濃く投影された、この小説の主人公プローネクは、自分の国がそんなことになって、愛していた町がメチャクチャになり、そして、両親が、幼い頃からずっと一緒にいた親友が、そのなかにいるというのに、どうすることもできず、アメリカに居残っているの。
にえ ということで、かなり重めの、とつとつとした語りの小説なのかなと思いながら読みはじめたら、これが全然違って驚いたね。
すみ うん、ものすごく饒舌。暗い顔をした、無口そうな青年が、しゃべりだしたら実はマシンガントーク、みたいな。
にえ 構成じたいも変わっているというか、ひねっているというか。ついていけなくなりそうだった。要するに、プローネクはいつもいるんだけど、章ごとに、舞台も語り手も変わって、でも、連作短編集のようなって言うのもまた違うような。
すみ これから読む人は、覚悟して読んだほうがいいかも。読んでるあいだじゅう、かなり頭を引っかき回される気がした。
にえ まあ、章ごとに区切って考えればいいとわかっていれば、それほどでもないんじゃない? 私たちは知らなかったから混乱しちゃったんだと思う。
すみ そうだね、先に読んだあなたは、私になにも教えてくれなかったからね(笑)
にえ ま、とにかく章ごとに違う語り手がしっかりした人物像をもって存在して、それぞれの語り手がそれぞれの場所でプローネクと関わりを持つ人で、 プローネクにたいして、それぞれが感情を持っているのよ。それが章が変るごとに唐突に現われてしゃべりだすから、戸惑っちゃったと。
すみ 外国語学校の生徒の一人であるプローネク、サラエヴォで親友ミルザと青春を謳歌するプローネク、探偵の手下として働くプローネク、グリーンピースの一員として家庭を訪問して歩くプローネク・・・いろんなところで、いろんなことをしているのよね。 そして、そんなプローネクを見つめる目もそれぞれ。
にえ プローネクはとにかくアメリカで生活するために金を稼がなくてはいけなかったり、女性と出会って恋愛したり、そしてなんだか不思議なことにもなってる(笑)
すみ アメリカで暮らすなかでは、どこから来たの?という質問があり、ユーゴスラヴィアという答えに、へえ、大変だねという返事があるのよね。プローネクはどう感じているんだろうと、ズキッと来たな。
にえ 他の人の見ている新聞をチラッと見たら、ユーゴ紛争について書かれていた、なんてこともあったでしょ。ああいうのもズキッと来るよね。
すみ そしてとどめはやっぱり、親友ミルザからの手紙だよね。たどたどしい文章で綴られるサラエヴォの現状、小さな願い。
にえ プローネクはギリギリまで、感情らしきものを見せないのよね。どうとでもとれるような態度しかとってなくて。
すみ 読みやすい小説ではなかった。難しいことはなにも書いてないけど、いろんな意味でわかりにくいし、読者に負担のかかる小説じゃないかなと思う。でも、それだけに、読んだあとで残るものがあったな。
にえ 饒舌なのに、抑えたパワーを感じる小説だったよね。そしてなんというのか、鬱屈のあとの、とんでもない開放感、いや、漂流感かな。スポーンと心がからっぽになるような。うまく言えないけど。う〜ん、万人向けではないと思うので、オススメはなしで興味があったら、ってことで。