すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ライスマザー」 上・下 ラニ・マニカ (マレーシア→イギリス)
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1916年、ラクシュミーはセイロン(スリランカの旧称)の古い小さな村で生まれた。母はコロンボ(セイロンの首都)に邸宅を構える、並はずれた富と権力を持つ家の出だったが、16才で雪の乙女と見まごうほどに美しくなった頃、使用人の息子と駆け落ちしてしまった。 情のない夫に苦しまされ、貧困にあえぐ生活を長く強いられた母は、14才のラクシュミーをマレーシアの大商人と結婚させることにした。相手は37才、先妻を亡くして、二人の息子がいる男だった。獣のように大きく醜い男だったけれど、腕には金の時計をはめていた。ところが、ラクシュミーが長い船旅のすえに連れて行かれたのは、 古びた小さな貸家だった。腕時計は借り物、男は薄給の役人に過ぎなかったのだ。2003年コモンウェルス賞受賞作。
すみ マレーシア出身の作家、ラニ・マニカのデビュー作にして、初邦訳本です。
にえ これは、G・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」やイサベル・アジェンデの「精霊たちの家」やジェフリー・ユージェニデス「ミドルセックス」といった作品に見られる、不幸になるさだめを背負った一族の歴史大河もの。
すみ ラクシュミの母の話から始まって、ラクシュミーの曾孫の代にまでいたる、5代にわたる一族の歴史よね。
にえ 結論から先に言うと、さっき私があげた他の作家の3作と比べて、ちょっと文学的完成度では、レベルが下かなってところがあるんだけど、 その分、他の小説では味わえないような魅力にあふれた小説だった。
すみ うん、そうだね。私も大絶賛とまではいかないまでも、やっぱり捨てがたい魅力にあふれてる小説だと思ったな。
にえ 長い小説なんだけど、おおまかに分けると、4分割できるかな。だいたい上巻の前半、後半、下巻の前半、後半あたりで。まず、1つめがラクシュミーが語るラクシュミーの半生。これはすこぶるおもしろかった。
すみ うんうん、これは来たなって思ったね。大富豪の娘でありながら、結婚に失敗して貧困にあえぐことになった母親が、娘のラクシュミーをマレーシアの大商人に嫁がせるんだけど、これがぜんぜん違ってたってところから始まるの。
にえ ラクシュミーは14才で、37才の男に嫁ぐんだよね。大商人だとばかり思ってたのに、家に連れて行かれてみれば、古びたボロ貸家、じつは夫になったアヤは、ただの小役人に過ぎないの。
すみ ブサイクだし、トロいし、大男だし、おまけに借金だらけだし、とラクシュミーにしてみたら、最悪にしか思えない結婚相手だけど、じつは心のやさしい人で、悪い相手でもないんだよね。
にえ でもとにかく、出世の見込みもなく、放っておけば借金も平気でしちゃうような人だから、ラクシュミーはひたすら頑張るの。
すみ そんななかで、奴隷として連れてこられ、金持ちの第三夫人の召使いとして働く中国人女性と親しくなり、やさしい叔父に助けられ、でラクシュミーはたくましく生きていくのよね。
にえ それから2つめが、突然、マレーシアが日本軍に占領され、一家は地獄の苦しみを味わうことになるの。
すみ ここは読んでて本当に辛かった。戦時中、外地に行った日本人の蛮行についてはこれまでも読んできたし、この本によって新しい事実を知らされたってことではないんだけど、やっぱりあらためて日本人のやったことについて思い知らされたし、 やりきれない痛みと哀しみも感じたし・・・とにかくここを読んだ日の夜、私は衝撃が強すぎて、一睡もできなかった。
にえ タイムマシンがあったら、当時、アジア諸国でこういう蛮行を平然とやっていた日本人たちをつかまえて、一人残らず殺してやりたいね。こういう人たちが日本に戻ってきて、普通に家庭に戻って暮らしたなんて、絶対に赦せない。
すみ どうして自分の国ではおとなしく暮らしている人たちが、他の国に行くと、平気でこういうことをやるんだろうね。同じ人間として理解できないな。未来永劫、日本人を赦すことなんてできないって記述が何度も出てきたけど、当たり前だと思う。家族がこんなことされたら、私だって絶対に赦さない。 時が経ったからって、憎しみが薄れることはないよ。
にえ それから下巻に入って3つめ、ここでは息子の嫁との激しい戦いがあったりするの。
すみ 家族だけの話から、家族の中に他人が入ってくることの難しさが加わってくるよね。
にえ 4つめが孫娘、そして曾孫の話になっていくんだけど、ここが残念だったのよね。急にこれまでの芳醇な物語から、薄っぺらい作り話になってしまったようで。
すみ ルークっていう男性が出てきておかしくなっちゃったよね。複雑な内面を持った男性ってことになってるんだけど、なんかそれが真実味に欠けるというか、厚みがないというか。いちおう、どうしてルークがこうなったのかという説明があとであるんだけど、 これがまた、「は?」って言いたくなるような。そのせいで、ルークに関わる孫、曾孫も薄っぺらく感じだして、話全体もガクッと甘い夢物語みたいになっちゃって、残念だった。
にえ じゃあ、なにがよかったかといえば、やっぱりマレーシアのいろいろな匂い、あふれんばかりの色、必死で生きる人々、そういったものをタップリと味わえるところでしょ。
すみ 神棚にそなえる花の美しさ、神話の豊かさ、想像をかき立てられる鮮やかな色柄のサリー、宝飾品、それに独特な結婚式シーン、 あとはそうそう、宮廷料理を学んだ祖母に教わったという、息子の嫁がつくる料理の素晴らしさ! 卵が出てきて、割るとお菓子になっていたりとか、もうとにかく素敵なの。 そういった芳醇な描写の数々に酔いしれたな〜。
にえ そういうもののなかで、生きている人たちがしっかりと見えてくるんだよね。性格のいい人も悪い人もいるけど、悩んだり、苦しんだりしながら、必死で生きてる。だからたまらなく惹かれるんだろうな。 ということで、絶賛はしないけど、オススメです。