すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「王妃に別れをつげて」 シャンタル・トマ (フランス)  <白水社 単行本> 【Amazon】
1810年2月12日、ウィーン。アガート=シドニー・ラボルドは、フランス人亡命貴族の居留地区で65回めの誕生日を迎えた。アガートの胸に去来するのは、 今もマリー=アントワネットの朗読役として過ごした、ヴェルサイユ宮殿での日々のことだった。アガートはひそやかに書をしたためはじめた。 1789年7月14日から1989年7月16日までのわずか3日間で、ヴェルサイユがトランプの城のように脆く崩れた出来事を綴るため・・・。フェミナ賞受賞作。
すみ これはフランス18世紀文学の研究者であるシャンタル・トマの処女小説にして、フェミナ賞受賞作です。
にえ これがフェミナ賞を受賞しただけでなく、フランスでベストセラーになったというのは、ものすごく納得しちゃうな。
すみ そうだね、フランスの歴史から切り取られた、たった3日間の話なんだけど、その3日間に少しでも興味があれば、夢中になって読めるよね。
にえ 歴史を肌で実感できる小説だよね。私はそれほど興味もないまま読みはじめたんだけど、ラストのほうではもうのめり込んじゃったな。
すみ 語り手であるアガートだけは架空の人物なんだよね。田舎から出てきた平民で、そのままヴェルサイユに入ったから、パリを知らないの。
にえ 平民でありながら、パリの庶民たちがどんな暮らしをしいられてるか知らないのよね。でも、貴族でもなくて。その設定がものすごく効いてると思った。
すみ ヴェルサイユ宮殿は、そこに住む人たちから「この国」と呼ばれていたそうだけど、アガートの目から見たヴェルサイユ宮殿は、まさに不思議の国。
にえ 本当に不思議の国だよね。動物園があって、劇場があって、美しい庭園があって、田園風景さえあって、美しく着飾った貴婦人たちが行き交っていて、でも、掃除してない公衆便所みたいに強烈に臭くって、 汚物だらけで害虫はわんさか、ネズミの大群が走りまわってて・・・。
すみ ヴェルサイユ宮殿って、沼地を埋め立てて建ててたのね。私はそれを知らなかったよ。だから害虫も増えるし、疫病も蔓延しちゃうの。読んでてあんまり住みたくないなと思っちゃったんだけど(笑)
にえ なんだか18世紀以前のヨーロッパの話が出るたびに、臭い、臭いって言ってて申し訳ないぐらいだけど(笑)、ヴェルサイユ宮殿は、そのヨーロッパの人たちが入ったとたんに驚くほど臭かったみたいね。
すみ 出入り自由だっていうもの驚いた。そのせいで、乞食が集まってきて住み込んじゃったり、マリー=アントワネットが変な男につけまわされたりしてたみたい。
にえ それでも、そこに住む権利を与えられた貴族たちは、優越感に浸り、優雅な生活を謳歌したのよね。
すみ 美しい庭園を彩る植物にしても、世界各地から集められた珍しい動物にしても、あとから連れてこられたもので、なにもかもが人工的。で、そのなかにいる貴族たちも、なにか上滑りというか、執着心がすごいわりには、しっかり根づいてるって感じがなかった。
にえ ヴェルサイユ宮殿の贅沢な暮らしを支える庶民たちのことを、まったく知らないのも怖ろしいかぎりだったよね。いくら国民が怒り狂ってても、なにを怒ってるのか、サッパリわかってなくて見当違いのことばかり言ってるの。
すみ 庶民たちどころか、自分に仕える召使いたちのことも、まったく人間として扱ってなかったよね。それでも、優雅で気配りの行き届く、繊細で心やさしい奥様、ご令嬢様だったりするの。 そのギャップがなんとも寒気が走るほどだった。
にえ この小説に書かれているのは、とうとうヴァスティーユ監獄が陥落し、革命の波がヴェルサイユ宮殿に襲いかかろうとしているところなんだけど、 それでも貴族たちは、すっとぼけた会話を続けてたよね。
すみ 自分、自分の政治論をぶつけあう姿は、まるでパーティーでの一幕だよね。そういうなんとか論を優雅に戦わせてる時じゃないのに。
にえ 財務大臣が罷免されたことについても、どうして彼が財政を立て直さなければならなかったかなんてぜんぜん理解できてなくて、ひたすら家柄がたいしたことないとか、 そういうおバカな批判をしてたよね。
すみ その後の歴史を知っている私たちは、そんな貴族たちに、なんて愚かなんだろうと思ってしまうけど、ヴェルイユ宮殿のなかではこんな感じだったんだろうなとホントに思うよね。もちろん、そんななかでも立派な人がいて。
にえ そのへんは、アガートの交友でかいま見られるよね。そして、マリー=アントワネット。妖精のように、ふわふわと楽しい夢世界で生きているようだった彼女が、処刑の直前には毅然とした態度をとるようになるわけだけど、 この小説に書かれてるのは、そのあいだの期間。いかにして彼女は変わったかがわかるわけ。
すみ とくに焦点が当たってるのは、この危機に瀕しての、長く寵愛をつくした公爵夫人ガブリエル・ド・ポニャックとの関係かな。これについての細かな描写は想像で書いたんだろうけど、 真に迫ってたな〜。本当にズキズキきた。
にえ 最後に行くに従って盛り上がっていくけど、全体的に、静かな迫力があったよね。マリー・アントワネットの美化されすぎてもいなかったし、極端にいやな女として描かれてもいなかったし。だからこそこの女性の何がいけなかったのか、一番欠けていたのはなんなのか、 などなど、やたらと考えさせられた。興味のある人だけにオススメになっちゃうけど、読めば、本当によく書けた小説だなと感心すると思いますよ。