すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ミドルセックス」 ジェフリー・ユージェニデス (アメリカ)  <早川書房 単行本> 【Amazon】
カリオペ・ヘレン・ステファニデスは2度生まれた。一度は1960年1月、デトロイトで女の子として、次は1974年8月、ミシガン州ペトスキー近くの救急処置室で、十代の少年として。 普通の少女として育ったカリオペは、15才の誕生日を前にして、自分が半陰陽、つまり両性具有者だということを知り、そこからは男としての人生を歩んだのだ。 なぜカリオペの体にこのような変異が起こったのか。それは祖父と祖母が実の姉弟であり、父と母がいとこ同士だったから。そう、すべてを知るためには、1922年のギリシャとトルコの戦争、そして、ギリシャの小さな村で暮らす姉と弟の話から始めなくてはならない。ピュリッツァー賞受賞作。
すみ これは、ジェフリー・ユージェニデスにとっては2作目の邦訳本、私たちにとっては初めてのジェフリー・ユージェニデス本です。
にえ 前の邦訳本「ヘビトンボの季節に自殺した五人姉妹」は、賛否両論まっぷたつって感じで、どうしようかな〜と思っているうちに流れていってしまったんだけど、これは読んでよかったね。
すみ うん、大長編の大河ものが好きっていう人には、間違いなくオススメ。かなり長いんだけど、ゆるんじゃうところがまったくなくて、最初から最後まで夢中になって読めた。
にえ 大河ものの名作は、これまでにだっていくつもあるけど、これもその不朽の名作群のなかに加えられるべき小説だよね。これはもう、迷いなく大絶賛しちゃう。
すみ 単純に読んでおもしろいっていう一番大事なところも完璧だし、深みも豊かさもあるし、これほど充実感の味わえる大長編は久しぶりに読んだって気がする。
にえ ステファニデス一家の三代にわたる物語で、ギリシャからアメリカと舞台を移し、壮大なんだけど、登場人物やらなにやらが広がりすぎず、楽に読めるよね。私はこのぐらい長いと、いつもだったら登場人物の名前をメモしながら読まないと不安なんだけど、 これは一応メモをとってはみたものの、メモを見ることなく読了してしまった。
すみ 語り手がカリオペなんだけど、カリオペが知るはずもないようなシーンまで、細やかに描写してあったよね。あんまりそういう整合性っていうの? そういうのにはこだわらず、読み手にとってどの場面も芳醇な味わいがあるように心がけて書いたのかな〜なんて思ったんだけど。
にえ うん、ものすごく知的で、よく調べて書いてあって、そういうところはわざとそうしたんだろうなと思ったね。
すみ それでもって、両性具有とか、近親結婚とかを扱ってて、アメリカの小説でしょ。それなりに奇抜さを狙った小説なのかなとも思ったけど、小説じたいは、かなりオーソドックスというか、 古典的ともいっていいような、物語を重視した骨太な小説だった。
にえ ことの起こりは20世紀初頭、ギリシャのとっても小さな村に、姉のデズデモーナと弟のレフティーが二人で暮らしているところから始まるのよね。
すみ 村には適齢期の娘がたった二人しかいなくて、その二人のどちらかが弟の結婚相手になることを願う美しい姉。
にえ それから、1922年のギリシャとトルコの戦争、フランス人だけを乗せてアメリカに渡る船、自動車産業が芽吹きはじめたデトロイト、と舞台は移っていくのよね。
すみ ギリシャとトルコの長い諍いの歴史にも触れられているし、アメリカの禁酒時代、戦争、どんどん人間を機械化して生産性を上げていく産業の発達、ファーストフードの台頭、ヒッピー文化と挙げたらキリがないけど、 時代背景もきちっと描かれ、うまく物語に反映されてて、そういうのを追っていくだけでも楽しかった。
にえ デトロイトの町の景色だけでも、鮮やかに変化していったよね。
すみ ロマンティックな結婚、それがまた楽しいだけでは済まなくて、結婚生活ではいろんな問題がはらんでいたりとか、 登場人物それぞれの内に秘めた悩みとか、それが合わさることによって起きる出来事とか、そういう人の細やかな部分もキッチリ書かれてた。
にえ あと、移民のギリシャ人が職を得、地域でそれなりの地位を得ることがいかに難しいかとかも、さりげなく描かれたりしてたしね。
すみ とにかく一家には次々に予想のつかない、いろんなことが起きるし、どんどん変化していくし、ホントに飽きるってところがまったくなかった。
にえ 少女として育ち、両性具有者だと知って悩むカリオペの心の機微も、ものすごく細やかに書かれてたよね。
すみ うん、書く前に厖大なリサーチを行ったそうだけど、それがしっかり生きてたね。自分とは違うって感じではなくて、しっかり共感して読めた。
にえ この作家の、男性でありながら女性の心理描写がうまいって特性が、じゅうにぶんに発揮できる設定だったんだろうね。
すみ ほんとにこれだけの話でありながら、無理を感じないっていうか、ドップリ浸りきれた。積み重ねられていくエピソードの数々にしても、どれも使い古されたって感じがなくて、 しかも、そのときどきの心理描写が、わかる、わかるって感じだったし。
にえ もう先に言っちゃったけど、長編大河ものが好きな人にはぜったいオススメ。これほどよく書けた小説には、そうそう出会わないんじゃないかな。ピュリッツァー賞受賞にも納得しまくりっ。