すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「サーカスの犬」 リュドヴィック・ルーボディ (フランス)  <光文社 単行本> 【Amazon】
現場監督のマルコに率いられる俺たちバルトラングの仕事は、さまざまな催事が行われるテントの設営と解体だ。毎日、汗にまみれる俺たちは臭く、みんなあまり近づきたがらない。 ある日、テントに現われた一匹の犬は、痩せて、口が腫れていた。あんまり痛そうなので虫歯を抜いてやると、その犬は怒るよりも感謝して、俺たちのもとにとどまった。シェパと名づけてかわいがられるその犬を、マルコはマスターだと言った。 マスター、なにも教えなくても芸を覚える特殊な動物。マルコは昔、サーカスの調教師だったのだ。
すみ これは、フランスの作家リュドヴィック・ルーボディの初邦訳本です。
にえ 作者の経歴が、この小説に大きく反映しているのよね。もとアメフト選手で大柄な体格、中等教育終了後はサーカス団で働き、 その後はいろいろな仕事に就き、牡蠣開け用ナイフを発明して各地で実演販売、それからジャーナリスト、中間管理職、と。
すみ それよりさあ、カバー絵がとっても素敵なのよね。赤いカーテンからのぞく痩せた犬の絵、各章のはじめにも簡単な線で描いた、かわいい犬の絵がついてて。
にえ それでもって、題名は「サーカスの犬」でしょ。犬好きだったら当然、やった、素敵な犬のお話だ! と飛びつきたくなっちゃうところだけど、実はちょっと違うのよね。
すみ うん、シェパっていう犬が出てくるんだけど、シェパを描写した文章なんて、ぜんぶ合わせても2、3ページ分ぐらい? もっと少ない? そのていどなの。
にえ シェパによって結ばれた、男たちの物語なんだよね。でも、読む前はかわいい犬の話を想像してたから、あれ、と思ったけど、ガッカリはしなかった。とっても素敵な小説で。
すみ サーカスで働く人々の裏側、調教師たちの動物への思い、そして、それぞれの事情があって、安い賃金でキツイ肉体労働に励む男たちのお話よね。
にえ サーカスの裏側もそうだけど、その肉体労働に励む男たちってところの細やかな描写が、ほんとにリアルだった。作者の人生経験がキッチリ生きてるなと思ったな。
すみ 前から思ってたけど、フランスって貧富の差が激しいのかなあ。なんかフランスの小説って、優雅な暮らしをしている人たちの話か、時には盗みもやっちゃうような、最低限の暮らしをしている人たちの話か、どっちかが多くて、 中間層の話が少ないような気がするんだけど。
にえ さあ、そう言われるとそうなのかなとも思うけど、どうなんだろうね。それはともかく、登場するのはまず、テントの設営と解体をするバルトラングたち。
すみ テントは政治団体の集会やコンサート会場、などなど、さまざまなイベントに使われるのよね。そのためのテントを建てたり、壊したりする仕事っていうから、当然、過酷な肉体労働。
にえ 期日があるから徹夜なんてこともざらみたいで、風呂はせいぜい大衆浴場に3日に一度行くていど、車などに寝泊まりしてて、ほとんど住所不定状態、本名すらもわからないような男たちの集まりなんだよね。
すみ 乱暴者も多いし、無法者って感じの奴らもなかにはいるし、そうかと思えば、学があって、前は結構な暮らしをしていたらしき人もいるの。
にえ 仲もいいんだかどうか、微妙なところだよね。基本的に、ずっと一緒にやっていくって意識はないはずだし。
すみ もともと船乗りで、いつかは海に戻りたいと思ってる人やら、単にこういう仕事を渡り歩いている人やら、さまざまだよね。
にえ 現場監督のマルコの統率力で、どうにかもってるって感じかな。マルコは男気があって人望も厚く、腕っ節も強く、みんなに怖がられてたり、慕われてたりして、とりあえず、みんなマルコの言うことなら聞くみたい。
すみ そんなところに、痩せこけた犬が迷い込んでくるんだよね。犬は「知らない」って意味のシェパって名づけられ、みんなに可愛がられるんだけど、じつはマスターという特殊な能力を持った犬なの。
にえ マスターっていうのは、人前で芸をするために生まれてきたような動物のことなんだよね。実はマルコは以前、サーカスの調教師で、いろいろあって辞めてしまったけど、シェパに出会うことによって、自分のサーカスを持ちたいっていう夢をもう一度持つことになるの。
すみ マルコから派生して、サーカスで働く人々の、いろんな話が語られることになるんだよね。これがまた、ちょっと楽しく、やがて哀しく、とジンと来る話だったりして、良いのよ。
にえ いろんな過去を引きずりながら、いろんな困った性格をあわせ持ちながら、いつのまにかみんなもサーカスの夢を持ちはじめるんだよね。それでもまだまだ紆余曲折がいっぱいあるんだけど。
すみ 語り手がバルトラングの一人、グランって男性なんだけど、グランの語り口がまたいいのよね。グランにとっては好きな人も嫌いな人もいるんだけど、やさしい気持ちで接してもらうことにはとても敏感で。
にえ とにかく挿入されたエピソードの数々から、じわじわっと来る佳作。オススメです。あ、またも巻末の解説がネタバレ気味だから、先に読まないようにね。