すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「直筆商の哀しみ」 ゼイディー・スミス (イギリス)  <新潮社 クレストブックス> 【Amazon】
中国人医師の父、ユダヤ人の母とロンドンで暮らす12才の少年アレックス=リ・タンデムは、同じユダヤ教徒のルービンファイン(15才)とアダム(13才・黒人)とともに、 父に連れられ、プロレス観戦に出掛けた。そこで、同じユダヤ教徒の少年ジョーゼフ(13才)と出会った。ジョーゼフはひ弱な少年だが、有名人のサインの売買で、すでに収入を得ているというツワモノだった。 15年後、4人はまだ仲の良い友達だった。アダムはビデオ店を経営し、ルービンファインはラビとなり、ジョーゼフは保険会社で働き、そして、アレックスは有名人のサインの売買で利益を上げ、生活する直筆商(オートグラフマン)になっていた。
すみ 「ホワイト・ティース」に続く、ゼイディー・スミスの2作目の翻訳本で、私たちにとっては、初ゼイディー・スミス本です。
にえ ゼイディー・スミスは父親がイギリス人母親がジャマイカ人の女性作家で、「ホワイト・ティース」は24才の時の作品、「直筆商の哀しみ」は27才の時の作品、だって。若いね。
すみ 読んでないからハッキリしたことはわからないけど、「ホワイト・ティース」は広がりほうだいに広がっていくって感じの小説だったらしいの。でも、「直筆商の哀しみ」はプロローグ部分を含めないと、一人の主人公の9日間のお話。
にえ 有名人のサインを蒐集し、売買するアレックスと、その友達3人、それにアレックスの恋人である、アダムの妹エスター、それから直筆商仲間、そしてそして、 サインをしないことで有名な、往年の映画スターキティー・アレクサンダー、主要人物はそのあたりだよね。
すみ アレックスはポートレートにサインをしてもらおうと、13年間、キティーに手紙を出し続けてるんだよね。
にえ それについては商売抜きみたい。本気でファンなの。
すみ ある朝めざめたアレックスは、どうやら自分が自動車事故を起こして助手席に座っていたエスターに怪我を負わせてしまったことを思い出し、そしてなぜか、13年間ファンレターを出し続けてももらえなかったキティーのサインを自分が持っていることを知り、それから、 近々亡くなった父親のユダヤ教の・・・う〜、わかりにくいから仏教風で言うと、15回忌みたいなものをやれと勧められている、というか強請されているということを思い出す。と、そこからの9日間。
にえ まあ、ストーリーについてはそんなところでいいとして、とにかく分厚い本なんだよね。最初はどうしようかと思ったけど、意外とスルスル読めるんで、こりゃ楽勝、と思ったんだけど。
すみ そうそう、なんかスルスルッと流れで読める感じだったよね。
にえ でも、300ページ目ぐらいになったら、なんだか意識が朦朧としてきて、もういいでしょって気になってしまったんだけど(笑)
すみ でもそのあたりから、新しい展開があって、ストーリー性が出てきて、先が気になりだしたでしょ。
にえ まあ、つまりはそのあたりまで、あんまりストーリーがないってことよね。
すみ でも、独特のユーモアがあって、登場人物にしても、会話にしても、ちょっとおかしな雰囲気があって、まあ、おもしろいっちゃあ、おもしろいんだけどね(笑)
にえ 主人公のダラダラッとした自堕落な雰囲気と、そこはかとなく感じる哀しみというか、淡い嘆きというか、そういうものがミックスされて、楽しめはしたけどね。
すみ ま、私も、長さをまったく感じずに一気に読めちゃいました、とは言わないよ。やっぱり長かった(笑)
にえ ピンチョンを読むと、なんでもピンチョンをひきあいに出すようになるってのは、あまり感じのいいことじゃないってのはわかってるんだけど、でも、やたらとピンチョンを思い出しちゃったのは事実だから言ってしまうけど、 なんかピンチョンの小説って、フニャフニャにふやけた主人公がコミカルにダラダラやってる裏で、でっかいストーリーが進んでいく、みたいなところがあるじゃない、この小説は、その裏のでっかいストーリーを抜いたピンチョンって気がしてしょうがなかったんだよね。
すみ そのダラダラのほうもけっこうおもしろいんだけどね。でもたしかに、女性の作家っぽくなかったし、麻薬の使用を含めた退廃的な雰囲気、男の友情、突然現われる、様子のおかしな主人公の知人、突然現われる、なんだかやたらとスケールの大きさを感じる女性、その女性に引っぱられる主人公、などなど類似点はたくさん探せるけど。
にえ いや、もう何がっていうんじゃなく、テイストみたいなものがね。あと、なんかやたらとバカにして笑えるってところで日本人が引っ張り出されてたよね。まあ、日本人なんてしょせん、そんなふうにしか思われてないんだろうから、こっちも諦めはついてるけどさ。
すみ けっこうおもしろかったんだけどね、笑いのあとのやるせなさみたいな感覚が味わい深くて。でも、ちょっと読み疲れちゃたかな。
にえ う〜ん、「ホワイト・ティース」から読んでれば、印象もだいぶ変わったのかも知れないけどね。まあ、魅力はあったけど、次にまたこの作家の本が翻訳されて同じぐらい長かったら、二の足踏んじゃうかなってことで。