すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「霧けむる王国」 ジェイン・ジェイクマン (イギリス)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
1900年、ロンドンのサヴォイホテルに、フランスの高名な画家クロード・モネが息子ミシェルとともに滞在していた。霧けむるロンドンの街を描くための長期滞在だった。 その頃、生物学者を父に持つ青年オリヴァー・クラストンは、晴れて外務省に職を得て、息苦しい家から逃れ、一人暮らしを始めた。テムズ川では女性の死体があがり、ガレティ警部補は捜査を開始していた。 ガレティ警部補の妻アリーンは、子供が出来ないこと、故郷アイルランドから離れ、一人の友達ができない孤独に悩んでいた。
すみ 美術史の博士号を持ち、シリーズ物のミステリを書いているという、ジェイン・ジェイクマンの初翻訳本です。
にえ これは単発ものなんだよね。しかも、ようやく美術の知識を生かせる内容のものを書いたってことろみたい。
すみ 小説の内容に合わせて、クロード・モネの絵画がカラーページで12点も挿入されてるの。これは書かれてることよりだいぶあとになって絵があるって感じだったから、 先に絵だけ目を通しちゃった方がいいように思ったんだけど。
にえ そうだね。しかし、そんなことより、こういう小説は、なんと言っていいのか本当に困るな。読んでるあいだは本当に面白かった。素晴らしく魅力的。ただ、読み終わったあとに、ちょっと物足りなさが残るというか、 もうちょい絞りこんで深掘りしてくれてる部分があれば、う〜ん、せめてあとほんの一つだけでいいからピリッとしたところを用意していてくれれば、大絶賛してるところなんだけど…。
すみ 私は好きだったけどな。これだけドップリ雰囲気に浸りきって読書ができれば、もう大満足だよ。
にえ とにかく、ミステリとしては読まないほうがいいよね。テムズ川から第一の死体、第二の死体、とあがるけど、読者に推理する余地を与えずに犯人を提示してくるし、 連続猟奇殺人もののサスペンスとしても弱いし。
すみ うん、ミステリ好きの人がミステリとして読んだら、ちょっとガッカリするかもね。高価な服を着た、堕胎直後に刺し殺された女性の死体、捜査に乗り出す警部補…ってことで、 かなり気持ち的にはそっちに持って行かれちゃうけど、意外と肩すかしだったりするから。
にえ 私はクロード・モネに対する期待がかなり高かったんだけど、それについてはもう一歩、詳細ではなかったかな。かなり興味深くて、そうか、クロード・モネってそんな生涯だったのか、 とはかなり伝わってはきたんだけど、なんかもうひとつ衝撃に足りなかったり、本筋に絡んでこなかったりもして。
すみ そうかな、チラチラと垣間見せてくれたところだけをたどって読んでいくと、かなり驚くべき内容でもあり、ズシンとくるものもあったよ。
にえ たしかにこれからは、今までとはかなり違う気持ちでモネの絵を見ることができるな、と、それだけでも得した気分にはなった。
すみ でも、やっぱり一番は1900年のロンドンの街と、そこで暮らす人々だろうね。心理についても、風景についても、きめ細やかな描写に魅了された。
にえ うん、読んでるあいだ、これだけ魅了されれば、やっぱり読んで良かった本と言えるかな。
すみ テムズ川を境に、食べることすらままならない貧しい人々と、裕福で、洗練された暮らしをしている人々が、まったく別の暮らしをしているの。そのへんが強調されて描かれてて、 なんともいえない雰囲気を醸し出してた。
にえ その境にいる人たちの心理がキッチリ書かれてて、共感しやすかったよね。たとえば本当に選ばれた人しか泊まれない高級ホテルの従業員。もとは貧しい地区の出でも、 今は高級な世界のほうに属していて、そういう人にとっては、川向こうの貧民街が、近寄りたくないような、複雑な心境にさせられる場所なの。
すみ 貧民街が担当地区のガレティ警部補は、まさに挟まれてる状態だったよね。貧民ではないけど裕福ではなく、捜査のために高貴な家の人たちに接触するだけでも、地位が危うくなってしまう。
にえ アイルランド出身っていう立場が、非常に微妙な立場であることも繰り返し語られてたよね。そのへんの細やかな描写はホントに惚れ惚れしちゃう。
すみ 主人公である青年オリヴァー・クラストンは、生物学者の父を持つ良家の出だけど、地位がそれほど高くもなく、節約を心がけれなければならないていどの暮らしをする家の長男なんだよね。
にえ 外務省では、あまり良い家の出ではないな、と言われるけど、両親は良家の品格というものをとても重視してて、同じ階級に属する家の者との結婚とか、世間体とかをものすごく気にしてるの。
すみ オリヴァーの二人いる妹のうちの一人、マギーが、とても賢く優れているのに、自分が望む医学の道を歩ませてもらえないのは、そのへんの事情の為なのよね。
にえ なんとか妹の力になりたいと願うオリヴァー、そのオリヴァーがクロード・モネとその息子ミシェルと知り合うことで、裕福で自由な芸術家の家庭という、まったく知らなかった世界をかいま見るの。
すみ そして、ミシェルが下宿している家の娘ロザリンと出会い、ほのかな恋心を懐くのよね。そこにはまた、単なる交際ではなく、外務省の危険思想を監視したいという思惑がからんできて、オリヴァーの心中も複雑になっていたりして。
にえ とにかく魅力はタップリ、だから何?って言いたくなる気持ちもチョッピリ。私たちが夢中になって読んだのはたしかだから、1900年の霧けむるロンドンに浸りたい〜って方にはオススメしたいかな。