すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「スペシャリストの帽子」 ケリー・リンク (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
アメリカ新進気鋭の短編作家ケリー・リンク(1969年〜)の第一短篇集。世界幻想文学大賞受賞作「スペシャリストの帽子」、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア記念賞受賞作「雪の女王と旅して」、ネビュラ賞受賞作「ルイーズのゴースト」を含む11編の短編小説を収録。
カーネーション、リリー、リリー、ローズ/黒犬の背に水/スペシャリストの帽子/飛行訓練/雪の女王と旅して/人間消滅/生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー/靴と結婚/私の友人はたいてい三分の二が水でできている/ルイーズのゴースト/少女探偵
にえ アメリカの新進気鋭の女性作家ケリー・リンクの初邦訳本です。
すみ 1冊に3つも文学賞をとった作品が入った初短編集…って、なんか凄いね。
にえ いやあ、それでも初めて読むから半信半疑みたいなところがあったけど、なんというか、もう、読んだら打ちのめされた。 凄い想像力、凄い感性、凄い繊細さ、凄い表現力。
すみ うん、ぶっ飛んだね。あえてアラ探しするなら、細かいところで同じアイデアの使い回しがちょっとあったかなってところだけど、 そんなことを指摘する自分が恥ずかしくなるぐらい、圧倒されたね。
にえ いや、もう、こんな超えてる人の小説を読んじゃうと、自分はなんて”鈍”な人間なんだろうと思ってしまうよ。この人ぐらい”鋭”になれたら、 どんなに素敵だろう。
すみ ケリー・リンクの世界、みたいなものがキッチリある人だったよね。なにか夢のなかにいるような、気持ちいいような気持ち悪いような不可思議な感触、それに思春期の少女のような、ちょっと触られただけでビクッとしてしまうような研ぎ澄まされた感性で見た現実世界がからまっているような。
にえ わかったような、わからないような状態のまま、ズルズルと作品世界に引きずり込まれたよね。なんかレベッカ・ブラウンが「私たちがやったこと」でチラッと垣間見せてくれたものの完成品を見せられたようでもあった。
すみ 受賞した賞から、ファンタジーかSFかって印象を受けるかも知れないけど、むしろアメリカの純文学好きな人にはぜひとも抑えておいてほしい作家さんって気がしたな。もちろん、オススメです。
<カーネーション、リリー、リリー、ローズ>
死んでしまった僕は、誰もいない島のホテルにいる。僕は愛する妻に手紙を書く。だが、僕には僕の名前も、妻の名前も思い出せない。
にえ 初っぱなから、不思議世界に引きずり込んでくれたのが、この短編。なんて説明すればいいんだろう。とにかく死んで夢世界のような所にいる男性主人公が、 記憶をたどっているのよ。
すみ 妻に対する裏切り、子供時代に虐めてしまった少女のこと、苦い悔恨のなかで記憶をたどり、妻へ呼びかけ続けてるのよね。読んでいるうちに、音が聴こえなくなっていくような感覚に陥っちゃったな。
<黒犬の背に水>
大学の図書館でアルバイトをするキャロルは、同じ大学のレイチェルと知り合い、恋に落ちた。つきあいだして2ヶ月後、ようやくキャロルはレイチェルの家に招かれた。 レイチェルは町から数マイルはなれた農場で暮らしている。父親はキャロルを気に入るだろうが、母親は気に入らないだろう、とレイチェルは言った。
にえ レイチェルが会わせてくれた両親は、木の鼻の父親と、木の脚の母親。二人が放ってくる非現実的な善意と悪意が、なんとも怖ろしかった。
すみ 「なぜ?」とか「だから?」なんて問いかけが通用しないところの怖ろしさだよね。
<スペシャリストの帽子>
母親を亡くしたばかりの一卵性双生児サマンサとクレアは10才、父親とともに、八つの煙突(エイトチムニーズ)という屋敷で暮らしている。二人は母親を亡くしてからずっと、<死人>ゲームをして遊んでいる。もしも<死人>になったら…。
にえ 双子の父親は、住んでいる屋敷エイトチムニーズと、エイトチムニーズに住んでいたことのある詩人のことを本に書いているの。
すみ いくつか詩が入ってたけど、この詩がまたなんとも言えない余韻を残すよね。想像のなかで遊んでいた双子は、ベビーシッターを仲間に入れたことで…。
<飛行訓練>
義父と母親の経営するホテルで働くジューンは、部屋に起きっぱなしになっている旅行客の小銭を盗んだ。母親の誕生日プレゼントに本を盗んだ。香水も盗んだ。そして、鳥恐怖症克服のため、飛行訓練を受けに行く予定だという青年ハンフリーと知り合った。
にえ これはなんとも切ない、孤独な魂2つの出会いの話。フランチェスカ・リア・ブロックをちょっと連想させるような短編でもあったな。
すみ 両親の愛に恵まれない少女と少年。少女は盗みで心のすきまを埋めようとしているし、少年は母親の死が起因する鳥恐怖症を克服するために、飛行訓練を受けようとしている。そんな二人が出会うのよね。
<雪の女王と旅して>
ゲルダの恋人カイは、雪の降る中、煙草を買いに行ったきり帰ってこない。角の店の男によると、カイは雪の女王と、白い30羽のガチョウに引かれた橇に乗って行ってしまったらしい。 2か月後、ゲルダは旅に出た。愛するカイを取り戻すため。でも、本当に愛しているのだろうか?
にえ これは「雪の女王」のパロディ作で、他の童話もからんでたりするの。
すみ グッと大人の女性のための童話になってるよね。いかにも童話的な設定のなかに、現代的なものとヒリヒリとするものが含まれてた。
<人間消滅>
ヒルデガードの家に、いとこのジェニー・ローズが一緒に暮らすことになった。ジェニーの両親はシンガポールからインドネシアに戻るとき、 ジェニーだけをアメリカのヒルデガードの家に寄越したのだった。ヒルデガードは、日に日にジェニーが消えていくことに気づいた。
にえ これは、孤独にむしばまれる心どころか、その存在までも大人たちに意識してもらえない少女と、その少女をたった一人、気に掛ける少女のお話。
すみ 意識してもらえないどころか、本当にどんどん消えていくのよね。やっぱり子の親への愛ほど、親の子への愛は絶対ではないのかしら。痛々しい話のなかで、ヒルデガードの優しさが救いだった。
<生存者の舞踏会、あるいはドナー・パーティー>
ジャスパーはニュージーランドを旅する途中で、セリーナと知り合い、一緒に旅をすることになった。レンタカーでともに旅をして三日目、 セリーナはパーティが開催されているホテルに、無理やり予約を入れてもらった。
にえ これは、つまりこのホテルって…なのかなあ、集まっている人たちって…なのかなあ、と「?」の余韻を残す話だった。
すみ 旅から旅の生活を延々続けている女性、旅のなかで踏み入れた不思議なホテルのパーティー。なんとも夢世界だね。
<靴と結婚>
靴にまつわる4つのお話。1.「ガラスの靴」小さなガラスの靴を持ち、ぴったり足の合う女性を捜すうち、大きな足の女と結婚した男。2.「ミス・カンザスの最後の審判の日」ハネムーンの真っ最中、ホテルの部屋でテレビの美人コンテストを見ている新婚カップル。 3.「独裁者の妻」独裁者の妻だった女の靴博物館には、独裁者が殺した人々の靴が展示されている。4.「ハッピーエンド」まもなく結婚する二人は、占い師に二人の運命を見てもらった。
にえ 「独裁者の妻」を読んだとき、ああ、なんで私はこういう話を思いつけないんだろうと、むしょうに悔しくなってしまったな(笑)
すみ 「ミス・カンザスの最後の審判の日」の、次々と登場する得体の知れない女たちの畳みかけも凄まじかったよ。ホントにもう、スゴイ、スゴイってそればっかり言いそうになるね。
<私の友人はたいてい三分の二が水でできている>
ジャックから電話があった。ジャックはブロンドの女性ばかりを愛する男。ある日、ジャックは自分のマンションがブロンドの女たちに占拠されつつあることに気づいたという。
にえ これはシオドア・スタージョンの短編を連想するような、SF色の濃いお話だった。
すみ とはいえ、そこにジャックを思う私や、ジャックが娘婿ならいいのにと思う父親の思惑なんかもからんできて、SFだ、で片づけられないような味わいがあったよ。
<ルイーズのゴースト>
ルイーズとルイーズは、ガールスカウト以来の親友だった。ルイーズにはアンナという、なんでも緑色じゃなくては気が済まない娘がいる。ルイーズはとても綺麗で、いつもチェロリストとつきあっている。ルイーズの家には裸の男の幽霊が出る。
にえ ルイーズとルイーズ、これは読者を混乱させるつもりだなと身構えたけど、そんなことでもなかったね。
すみ 印象に残るのはアンナかな。部屋の中も、食べ物も、服も、なにもかも緑色じゃなくちゃ気が済まず、何かにつけて自分が昔、犬だった頃の話をしてくる少女。
<少女探偵>
少女探偵の母親は行方不明だった。少女探偵はなにも食べない。少女探偵は変装の名人だ。少女探偵は少なくとも3度は世界を救った。ある日、12人の踊る美女が銀行を襲った…。
にえ これは短編小説の中に、短い章がいくつもあって、時には繋がりを見失いそうになるような感じだった。
すみ 少女探偵という言葉をおもしろがり、口の中のキャンデーを転がすように楽しんでるような感じもしたね。あと、12人の女もたびたび出てくるけど、設定がその都度違ったりして。 どう結びつければいいのかと混乱しそうにもなるけど、ここは流されてしまおう(笑)