=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「サトラップの息子」 アンリ・トロワイヤ (ロシア→フランス)
<草思社 単行本> 【Amazon】
1920年、革命に揺れるロシアから逃げだしてきたタラソフ一家は、パリにたどりついた。一家の次男坊レオンは、母国から逃げださなければならなかった辛さよりも、 異国の地で暮らすことへの期待に胸を膨らませていた。リセに通いはじめたレオンは、ロシアからフランスまでの長旅の途中、船上で知り合った同じ亡命家族にいた、2歳年上の少年ニキータもまた、 パリにいることを知る。さっそく会いに行ったレオンにニキータは、共同で小説を書こうと持ちかける。 | |
これから3回にわたって、草思社からまとめて邦訳出版されたアンリ・トロワイヤの小説をご紹介します。 | |
年代順から紹介するなら、「石、紙、鋏」「クレモニエール事件」「サトラップの息子」なんだけど、一番読みたかったものから読んじゃった(笑) まあ、 あとづけで言い訳すれば、この「サトラップの息子」はアンリ・トロワイヤにとって、自伝的な小説でもあるから、紹介もかねて都合が良かったりするのよ。 | |
アンリ・トロワイヤというと、「女帝エカテリーナ」のような大作伝記小説を書く作家さんってイメージがあって、 今回の邦訳出版で、あら、ふつうの小説も書くんだって初めて知ったよね。 | |
もともとこういう創作の小説でデビューして、一流作家としての地位を築くことになったゴングール賞の受賞も創作小説に対してだし、その後も伝記小説を書くようにはなっても、ふつうの小説も書き続けてて、 伝記小説作家、歴史小説作家と決めつけるのは、誤解以外のなにものでもないみたいね。 | |
この本の巻末で知ったけど、日本でも、かつて5作の伝記小説ではない、普通の小説のほうが邦訳出版されてるんだよね。でも、いずれも絶版。今では手に入るのが伝記小説ばかりだった。 そのへんの事情から生まれた誤解かも。 | |
いや、だけどさあ、読んだことがないけど名前だけは知っていて、大作の歴史小説を書くような人だから、ぜったい上手い作家さんだとは思っていたし、疑ってもいなかったけど、こうして読ませていただくと、 本当に上手い作家さんだなあと感心しまくっちゃうね。端正な文章運びに惚れ惚れしちゃう。 | |
上手いよね〜。というか、美しい。子供の頃からフランス語の家庭教師がいたとはいえ、フランスに住みだしたのは9歳から。そこでフランス語を完璧に習得したいと願った情熱の成果かしら。 | |
それはこの小説からもうかがい知れるよね。自伝的小説ってことで、どこまでが真実で、どこまでが脚色かはあずかり知らぬところだけど、そういう気持ち的なものはヒシヒシ伝わってきた。 | |
この小説の話をすれば、主人公の少年レオンの父親はロシアでは、経済界の大立者として、とても著名で社会的地位も高く、裕福。それが、赤の革命で、ロシアから逃げ出さざるをえなくなるのよね。 | |
亡命したタラソフ一家の構成は、父のアスラン、母のリディア、長女のオルガ、長男のアレクサンドル、次男のレオン、それに祖母と家庭教師のオルタンス・ボワロー嬢。 | |
冒頭のヴェネツィアでの話から、すっかり魅了されちゃった〜。 | |
そうそう、お父さんがパリ行きの汽車の時間を心配してるっていうのに、お母さんが言い張って、ゴンドラを二艘借り切って、のんびり川下りで駅に向かうの。こういうズレ方って好きだよね。 | |
お母さんは子どもが三人いても、お嬢様がそのまま大きくなったような人なんだよね。裕福な暮らしが当たり前、で生きてきた人だからねえ。お父さんもロシアでは立派な人だったけど、フランスに来てからは投資に失敗し、先の見通しを誤って、一家はたちまち貧しくなっちゃうの。 | |
でも、それで二人が萎んでみすぼらしくはならなくて、やっぱりどこか毅然としてたよね。今の立場なりに努力することも惜しまなかったし。だから、この両親の子どもたちはみんな成功者になっていったんだと思う。お母さんも意外とあっけらかんとしたところを見せる努力をしていたし。 | |
お姉さんは舞踏家として、お兄さんはエンジニアとして、そしてレオンは作家として、それぞれ努力したすえに、きちんと地位を築いたよね。 | |
それはまだ先の話で、レオンはロシアからフランスまで一家で逃げている最中に知り合った、ニキータという2歳年上の少年に会いに行くんだけど、同じ亡命家族でも、ニキータの家はレオンの家とはだいぶ様子が違うんだよね。 | |
ニキータのお父さんはロシアでは一介の銀行家に過ぎなかったけど、上手く立ちまわって金持ちになってるんだよね。あんまり他の亡命者から認められるような遣り口じゃなかったみたいだけど。レオンの家より豊かだけど、品がなかったりもするし。 | |
そのニキータが「サトラップの息子」という小説を二人で書かないかってレオンを誘うところから、レオンがロシア名ではなく、アンリ・トロワイヤというフランス的な名前で作家としてデビューし、成功をおさめるまでの話。 | |
でも、サクセス・ストーリーとか、そういう類のものではないよ。 | |
そうそう、だいたいからしてこの二人、途中からはニキータの半兄のフランス人妻リリーの色香にクラッと来て、小説の創作そっちのけで、ダンスの練習に励みだしたりするしね(笑) | |
亡命している最中の恐ろしかった経験が随所に盛りこまれてて、そのへんも興味深かったな。 | |
レオンの家の家庭教師、オルタンス・ボワロー嬢の話もなにげに多かったよね。スイス人なんだけど、一家と一緒に亡命してきて、太っちょで、スパルタ式教育を好む傾向にあって、 レオンはかなり嫌っている様子。 | |
とにかくアンリ・トロワイヤが作家となっていく過程じたいより、ふたつの亡命家族の、新天地でのそれぞれの暮らしぶり、様々な変化、末路などが細やかに、でもすっきりと簡潔にまとめられているのよね。 そのなかに、レオンの思春期を通り過ぎていく精神的な成長もさりげなく語られていて。 | |
レオンとニキータの不思議な友情の物語でもあるよね。あまり気が合うともいえないし、すぐに別々の道を歩み始める二人だけど、 同じ亡命してきた者どうしの、ただの幼なじみとかとはまったく違った、強い心の結びつきがあるように思ったな。 | |
ロシアの最上層にいた家族が、亡命し、フランスで落ちぶれ果て、でも、どうにもならないながらに、しっかり生きている姿になんとも言い難い感動をおぼえたな。 お父さんには途中で泣かされそうになったし、レオンの罪悪感の持ち方のお坊ちゃまらしいところなんかも好きだったし。 | |
亡命してきて落ちぶれる家族の話とはいえ、明るい未来を夢見るレオンの視線は暗くなかったし、亡命作家についても触れられてたりして、ホントに含むところの多い小説だったよね。とにかく読むのも楽しく、でも考えさせられ、で、素晴らしかった。きっちりとしたラストも待っていたし。オススメですっ。 | |