すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ふたりジャネット」 テリー・ビッスン (アメリカ)  <河出書房新社 単行本> 【Amazon】
ヒューゴー賞・ネビュラ賞受賞作「熊が火を発見する」をはじめとする、テリー・ビッスンの少し不思議でとても不思議な9編の短編小説を収録。
熊が火を発見する/アンを押してください/未来からきたふたり組/英国航海中/ふたりジャネット/冥界飛行士/穴のなかの穴/宇宙のはずれ/時間どおりに教会へ
にえ 私たちにとっては初めてのテリー・ビッスン、これは短編集です。
すみ なんかとっても不思議な気持ちになる、楽しいSF小説だったよね。
にえ 大部分の作品で言えるのは、驚くべき超常現象が起きているのに、登場人物たちがノホホンと脳天気に日常生活を続けてるってところだよね。
すみ そうそう、な〜んか、ノンビリしてるよね。でも、そこにはユーモアのきいた会話があったり、個性的な登場人物がいたり、なんともあたたかな雰囲気があったりして、 だれることなく、いい感じに読み進められちゃうんだけど。
にえ 9編のうちのうしろ3編は、<万能中国人ウィルスン・ウー>シリーズっていう読み切り連作ものになってるの。
すみ 3編とも主人公はアーヴィンという40過ぎの男性で、ウーはあくまでもアーヴィンの友人として登場するのに、シリーズ名は<万能中国人ウィルスン・ウー>シリーズってなんか失礼な気もするけど。
にえ そういう人を喰ったようなところが、この方のおもしろさなのかもね。だいたいからして科学的な知識があんまりなさそうなのに、SF小説を書いてるってところからして、人を喰ってるし(笑)
すみ 奇想天外な設定に驚きながらも、ほわわ〜っと笑顔で読める話が多くて、ラファティをずっと柔らかく、グッと日常に近づけたって感じがしたかな。なかなかのオススメですよ。
<熊が火を発見する>
ボビーは弟と弟の息子を乗せ、ホームの母親を見舞って帰るところだった。タイヤがパンクをして、弟の息子に手伝わせて修理をしようとした。そこにたいまつを掲げた熊たちが現われた。どうやら熊は火を発見したらしい。
にえ ヒューゴー賞とネビュラ賞を受賞した作品ってことで、どれほどのSF小説かと思ったら、なんだかあんまりSFっぽくもなく、ゆったりと構えた、穏やかな小説なんだよね。
すみ でも、ジワジワっと胸に迫ってくるものがあって、本当にいい小説だったね。静かにファンタジックで、余韻深かった。
<アンを押してください>
金を引き出そうと銀行のATM機にキャッシュカードを入れたエミリーは、画面の文字に呆然とした。お預け入れ、お引き出し、残高照会はわかるが、お天気ってなんだろう。
にえ これはATM機の画面と会話だけで構成された掌編。まるでなにもかもがわかっているみたいに選択肢を繰り出すATM機が可笑しかった。
すみ ATM機は選択肢を繰り出して、エミリーのボーイフレンドの真実の姿を暴き出して行くのよね。でも、それはゾゾッとする話ではなく、ニンマリ、ホワワンな結末へ。
<未来からきたふたり組>
テレサはまだ無名の画家、警備員をして生計を立てている。ある夜、テレサが警備をする画廊に、二人の男が現われた。どんな風に? 《スター・トレック》は見たことあるでしょ。
にえ 未来の世界から、タイムスリップで絵を買いに来た二人の男。なんで絵を買いに来たかというと、核兵器によって世界は…みたいなことを匂わせてるけど、そんなことよりオーナーは絵を売ることに気が行ってるし、 テレサは二人組のうちの一人がわかりといい男なのと、自分が絵を描くことに気持ちが行ってるし。
すみ 少なくとも、タイムスリップの仕組については、まったく興味がないみたいよね(笑)
<英国航海中>
イギリスが移動しはじめた。まるで大きな船がごくゆっくりとした速度で航海をするように、他の陸地を避けながら、大西洋に進み出ていく。ひとまずフォックス氏は愛犬アンソニーとともにいつも通りの生活をしているが、 アメリカに住む姪からの手紙が早く着くようになって、落ち着かない気分がしてきた。
にえ これは「熊が火を発見する」と並ぶぐらいに味わい深くて好きだったな。犬と孤独に暮らす老人が主人公なんだけど、ちょっと遠慮がちな人とのつきあい方がまたなんともいえず、いい感じなの。ジワジワっと来たなあ。
すみ 要するに、グレートブリテン島が移動しだしちゃったんだよね。それをなぜだか決してそうは言わずに、イングランドは航海中、スコットランド、ウェールズともに平穏のうちに同行、なんて持って回ったような表現をし続けるところが、なんだかイギリスっぽいなあと思ってしまう不思議さ(笑)
<ふたりジャネット>
ニューヨークで暮らすジャネットは、今年の母親の誕生日に、故郷オーエンズボロには帰らないつもりだった。オーエンズボロにはジャネットの親友がいて、やっぱりジャネットという名前だから、二人は「ふたりジャネット」と呼ばれていた。
にえ これは知ってる作家の名前がたくさん出てきて、ほくそ笑んでしまうお話だった。なぜだか田舎町オーエンズボロに、超がつくほど有名な作家がどんどん引っ越してきているの。
すみ なぜだか、だからなんだか、は重要ではないのよね。ところでどうしてトマス・ピンチョンはトム・ピンチョンになっていたんだろう。あとがきではトマスになってるから、単なる間違いかな。
<冥界飛行士>
盲目の画家レイのもとに、デューク大学のデカンダイル博士から電話があった。デカンダイル博士はエマ・ソレル博士とともに死と蘇生の実験を行っていた。レイに臨死体験をして、 そこで見たことを絵に描いてほしいと依頼してきたのだ。
にえ これは9作品中、唯一といっていいシリアスなお話。
すみ 怖ろしくて不気味、でも、美しく悲しい話だったよね。
<穴のなかの穴>
古いヴォルヴォのブレーキ部品を探す弁護士アーヴィンは、<穴>と呼ばれるヴォルヴォ専門の廃車置場にたどり着いた。そこには大量の廃車があり、高く積み上げられたタイヤがあったが、 なぜかタイヤはどこかにすっきりと片づけられているらしかった。
にえ これを含めて以下3作が、<万能中国人ウィルスン・ウー>シリーズ。アーヴィンのお友だちのウーは、中国系アメリカ人で186センチの長身、物理学を学んだあとにパン職人の修行をして、それから数学を学んで、 ロックバンドを組み、NASAに関わる仕事をして・・・とまだまだ経歴は積み重なっていくんだけど、とにかくこの時点では、法学を勉強したのち弁護士になって、アーヴィンの同僚となってるの。
すみ とんでもない超常現象を冷静に分析し、摩訶不思議な数式で現わして、アーヴィンにわかりにく〜く説明してくれるのよね(笑)
<宇宙のはずれ>
離婚後、アラバマに引っ越したアーヴィンは、駐車場でビーズの座席クッションが捨てられているのを見た。ボロボロのビーズ・クッションは朽ち果てていくばかりだったが、 なぜかある日を境にして、少しずつ元に戻りはじめた。
にえ アーヴィンには素敵な恋人が。でも、この恋人には、トレーラーハウスの家主だったという、とんでもなくみんなに嫌われたお父さんがいるの。町中のほぼ全員がこのお父さんに汚らしい言葉を投げつけられ、 殺されかけているみたい。
すみ 時間が逆行するという超常現象を、今は弁護士を辞め、気象学士となったウーが、摩訶不思議な数式で、わかりにく〜く解き明かしてくれるのよね(笑)
<時間どおりに教会へ>
結婚が決まったアーヴィンとキャサリンは、挙式の前に新婚旅行として、アーヴィンの故郷ニューヨークへ向かった。ニューヨークでは、なぜか待たされるものすべてを待たされずに済み、快適そのものだったが、 気象学的昆虫学の仕事に従事するウーによると、それは時軸がずれてしまっているためらしい。
にえ 最初の「穴のなかの穴」からスーパーマン的というか、超人間的な才能を見せつけてきたウーだけど、ここに来ていよいよ人間離れしてきたよね(笑)
すみ このシリーズの一番笑ってしまうところは、アーヴィンは弁護士のはずなのに、弁護士の資格が取れそうもないような人物で、ウーは科学と数学を駆使して超常現象を解決するけど、 作者が科学も数学もそれほど得意でないのが見え見えで、それでもそれっぽく見せようという、タモリさんの広東語的なおもしろさかな。