すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「ペイチェック」 フィリップ・K・ディック (アメリカ)  <早川書房 文庫本> 【Amazon】
表題作「ペイチェック」の映画化にあたり、アメリカで再編集されたフィリップ・K・ディックの中・短編小説12編。
ペイチェック/ナニー/ジョンの世界/たそがれの朝食/小さな町/父さんもどき/傍観者/自動工場/パーキー・パットの日々/待機員/時間飛行士へのささやかな贈物/まだ人間じゃない
にえ 私たちにとっては、4冊目のフィリップ・K・ディックです。
すみ 好きか嫌いかわからないと言いつつ、もう4冊目か〜。私たちの場合、SF小説ってホントに少ししか読んでないから、4冊読んだだけでも割合的には相当高くなるんだけどね。
にえ どれ読んでも傑作ぞろいっていう作家さんより、こういう当たり外れの激しいと言われる作家さんのほうが、これはどうなのよ、と読む機会が増えてしまうようなところはあるのかもね(笑)
すみ これは良かったよね〜。うしろの3作がちょっとラストがピリッとしてなくて尻つぼみになっていくような気はしなくもなかったけど、そのうえラスト1作についてはウウッとなっちゃったりもしたけど、それでも他が良かったから、オススメかな。
にえ 粒ぞろいで、しかもバリエーションに富んでいて、楽しめるよね。とはいえ、コアなフィリップ・K・ディックのファンにはオススメできないでしょ。どれも過去の短編集に収録されている作品ばかりだから。
すみ そうそう、オススメしたいのは、私たちみたいにフィリップ・K・ディックは長編小説しか読んでないという方、まだ1冊も読んでなくて、とりあえず読んでみてどんな作家か知りたいという方、かな。
にえ 短編小説は初めてだったけど、やっぱりこの人って凄い作家さんなんだなとあらためて実感させられたね。スタージョンの「不思議のひと触れ」を読んだときは、純文学的な意味合いにおいて優れた作家さんだなと思ったけど、このディックの中短編集は、 SFというエンターテイメント小説の最高の部類に属するんだなと思わされた。
すみ SFらしいSFだけど、私たちみたいにSFあんまり読んでないんですって人たちにもすんなり入っていける話ばかりだったよね。それでいて、それぞれに現代社会への問題提起とかがあって、登場人物もきちっとキャラができてて、ストーリーもおもしろいし。さすがは短編の名手、でした。
<ペイチェック>
契約どおりの2年間の仕事を終え、ジェニングズはレスリック建設会社から報酬の5万ドルを受けとろうとした。ところが受けとったのは、2年前の自分が金のかわりに希望したという、がらくたの入った袋だけだった。 どういうことだ?! 契約により記憶を消されてしまっているジェニングズには、そのがらくたの意味がわからなかった。
(「パーキー・パットの日々」収録「報酬」の改題)
にえ これが映画になった作品よね。読みながら、うん、これなら話を膨らませて映画にしても見応えあるかも、と思った。映画ではがらくたの数がかなり増えてるみたいだしね。
すみ 物凄くスリリングで、ワクワク、ドキドキものだったよね。スピード感と先が読めない展開に、映像が浮かんでくるようだった。
<ナニー>
球形をしたナニーのおかげで、子育ては楽で、安全なものとなった。二人の子供がいるフィールズ家でも、今さらナニーのいなかった時代なんて考えられないと話されるほどだ。 ところが、フィールズ家のナニーは夜になると、こっそり外に抜け出し、なにかをしていた。ナニーには、家族の知らないどんなプログラムが組み込まれているのか。 (「人間狩り」収録作)
にえ 突拍子もない話でありながら、たしかに電化製品ってそういうものよね、と妙に納得させられる話でもあったな。
すみ 他の作品でもそうだったけど、ディックってロボットに代表される人工的なものに頼りすぎることに対して警鐘を鳴らしたがってるというか、批判的な姿勢だよね。この作品は、消費社会に対する痛烈な皮肉にもなってたかな。笑いながらも、ゾゾゾッとする話だった。
<ジョンの世界>
灰色の廃墟と化した地球。それは人類と人類の戦争が、人工頭脳を持つクロー対人類、そして、クロー対クローの戦争へと展開してしまった結果だった。しかし、今の地球を復興するためには、 クローの力を借りるしかない。過去の世界に戻ってクローの設計図を手に入れるプロジェクトに参加することになったカストナー、彼には夢の世界に捕らわれてしまったジョンという息子がいた。
(「永久戦争」収録作)
にえ まあ、人類対人類の戦争がソビエト対その他の国となっているのは、古いSF小説ならではのご愛敬ってことで。
すみ なんとも言い難い美しさが心に残る読後感だった。ホントにきれいにまとまっている短編小説だったな。
<たそがれの朝食>
マクレーン家のいつも通りの家族の朝食風景は、外にたちこめる霧と兵士達の出現により、一変した。
(「パーキー・パットの日々」収録作)
にえ これは怖いし、考えさせられる話だよね。みんなの求める安心と、嫌がられても発するべきのような警告・・・う〜ん。
すみ なんとも言えないねえ。ただ、気持ちはわかるだけに責められないというか、自分だったらって考えさせられちゃう。
<小さな町>
地下室で、少年の頃から町のミニチュア模型を作りつづけるハスケルは、結婚をして、ラースン水道配管工務店での勤務が二十年にも及ぶ今でもまだ町を作りつづけている。 (「まだ人間じゃない」収録作)
にえ ハスケルは自分の町のミニチュア模型を作りつづけているけど、じつは自分の町が嫌いなんだよね。
すみ ハスケルがミニチュア模型を作りつづける衝動の理由づけをする医師の発言がおもしろかったな。ちょっとホラーチックで、ウヒヒヒと引きつり笑いをたくなるような話だった。
<父さんもどき>
8才の少年チャールズは、ガレージで自分の父親が二人いて、向かい合って話しているのを見てしまった。 そのことを母親に訴えるチャールズだが、そのキッチンに入ってきたのは偽物のほうの父親だった。(「時間飛行士へのささやかな贈物」収録作)
にえ エイリアン対子供のハラハラドキドキ野対決のお話。子供が出てくるとどうしても感情移入して応援したくなっちゃうね。
すみ チャールズの突拍子のない話を、大人だったら信じないだろうけど、同じ子供ならまったく疑わずに信じて、すぐに協力体制に入るのよね。そういうのって好きだったな。
<傍観者>
選挙を前にして、世間は清潔党か、自然党かでまっぷたつに分かれていた。通勤用の円盤のなかでもドン・ウォルシュは、どちらの党を支持しているのかと詰め寄られた。 (「永久戦争」収録作)
にえ 選挙で清潔党が勝っちゃうと、手術その他を施して、体臭がまったくしないようにしないといけないの。自然党だとそのままでいいんだけど、 それを強調するために、わざとみんな不潔にして体臭を撒き散らしてるみたい。
すみ それぞれ自分が好きなようにすればいいじゃないかと、どっちの党にも入ろうとしないドン・ウォルシュは孤立していくのよね。
<自動工場>
戦前のプログラム通り、自動工場は食料を、医薬品を、衣料品を、生活に必要なあらゆるものを作りつづけている。戦争は終わり、もう人々が働く力を取り戻したというのに。このままでは地球の資源が自動工場によって使いつくされてしまう。 どうすれば操業を止めることができるのか。 (「時間飛行士へのささやかな贈物」収録作)
にえ これはわりと登場人物には特徴がなくて、自動工場の不気味さで、どうなっちゃうんだろうと引っぱられていく地味めの話。
すみ 人間がまったく加わらない状態で、勝手に原材料を調達し、製造量を調整し、壊れれば修理して稼働しつづける自動工場が、なんだかひたすら怖かった。
<パーキー・パットの日々>
水爆を使った戦争によって地表に住めなくなった地球で、わずかに生き残った人類は、「まぐれ穴」と呼ばれる小さな地下スペースに分かれて暮らしていた。 火星からの援助物資が有り余るほどに届くので、生活に困ることはない。穴ぐら生活で大人たちが夢中になっているのは、パーキー・パットのゲームだった。 (「パーキー・パットの日々」収録作)
にえ パーキー・パットっていうのはバービー人形みたいなもので、その人形を使ったゲームは、人生ゲームみたいなものみたいね。
すみ 地球人に援助する火星人についてはおいといて(笑)、大人になっても子供みたいなゲームをやり続ける地球人たち…なんとも言えない後味のラストだった。
<待機員>
合衆国は大統領ユニセファロン40Dによって円滑に営まれていた。万が一、ユニセファロン40Dが故障したときのために、人間の大統領代理が待機しているが、今まで一度もユニセファロン40Dが故障したことなどなかった。 前任の待機員が死去したことで、新しい男が組合に選ばれて配属を命じられた。その頃、宇宙のどこかから、なぞの艦隊が地球に向かってやって来ていた。
(「シュビラの目」収録作)
にえ おもしろい展開のわりに、ラストがよくわからなくて不完全燃焼かな。
すみ 新しい待機員になったマックスって男は、いろいろ考えてるわりにはなにも行動に移さないんだよね。つまりはそういう男の話ってことなのかな。
<時間飛行士へのささやかな贈物>
ソビエトでの成功を受け、アメリカでも初の時間飛行実験が行われたが、不慮の事故による時間飛行士たちの死亡によって、実験は失敗となってしまった。飛行士たちの葬儀には、当の飛行士たちが出席するらしい。 なぜなら、飛行士たちは短い時間の繰り返しのなかに閉じ込められていたからだ。 (「時間飛行士へのささやかな贈物」収録作)
にえ これはちょっと全体的にわかりづらかったかな。ラストで置いて行かれちゃった感があったし。
すみ 飛行士たちは打開策を探す気があったのかな? というか、結局なにを望んでたの? 私にはそれが一番わからなかった。
<まだ人間じゃない>
ウォルターは12才だから、もう生後堕胎をされる心配はないのだが、まだ堕胎トラックが来ると、自分が連れて行かれるのではないかと恐れていた。 (「まだ人間じゃない」収録)
にえ これは産む前だけでなく、産んだあとでも堕胎ができるようになった近未来を舞台にした、いったい人間はいつからが人間といえるのかということを問うた、問題作。なのだけど、 どうしても、ああ、ディックって堕胎反対論者なのね〜と読んでて沈んでしまったな。
すみ 産んだ子供を殺すことが罪ならば、腹にいる子供はなんで殺してもかまわないんだ? って主張はわかるんだけど、アメリカで強姦されたとか、やむを得ない事情で堕胎に踏み切った女性を助けようとする医師や支援者たちが、 堕胎反対論者によって殺される事件が多々あるのを鑑みると、わかるけど、女の身にもなってみてよと言いたくなるよね、どうしても。女性が極端に悪として書かれていて、女性読者としてはちょっと読んでて辛くなる作品でした。