=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「もっとほんとうのこと」 ラビンドラナート・タゴール (インド)
<段々社 単行本> 【Amazon】
アジアで最初のノーベル文学賞受賞作家、インドの偉大な詩人ラビンドラナート・タゴール(1861年〜1941年)の寓話と短編小説の10編を収録。 鳥の物語/天上界の男の話/妖精のあかし/神の絵/生命と心/歓迎のうた/もっとほんとうのこと/父と子の願い/非望/カブールのひと | |
これは2002年に出た本なんですけど、アジアで最初にノーベル文学賞を受賞した作家のことが気になって読んでみました。 | |
とはいっても、ラビンドラナート・タゴールは詩人で、受賞理由も英文詩集「ギーターンジャリ」の高評価によるものなのよね。詩を読んでもなにも語れない私たちは、詩集を避けてこの本に流れてしまったけど(笑) | |
インドとバングラデシュの国歌は、ラビンドラナート・タゴールの作詞作曲なんだってね。ノーベル文学賞以上に凄いなと驚いたな。だって国歌の作詞作曲って凄くない? しかも二ヶ国。やっぱり本当に尊敬されている人なのね。 | |
哲学者でもあり、教育者であり、作詞者、作曲者であり、戯曲も書くし舞踏劇も創作するし、と詩人というより、賢者だよね。 | |
でもさあ、その偉大な賢者から、どんな教訓を垂れられるのだろうとビクビクしながら読んでみたら、あんまり無理しないで、ありのままに生きたほうがいいよ〜みたいな話やら、娘や孫娘のホンワカとしたお話やら、 貧しい市井の人々に対する暖かい眼差しがあったりとかして、まあ、ひとことで言えば「この人、好き〜」と思ってしまったね(笑) | |
うん、おおらかな愛情に満ちていたよね。表紙に小さな写真がついてて、その写真のなかでタゴールさんが思いっきりこっちを睨み付けてるから、 怖そうな人だと思ったけど、そんなことなかった(笑) | |
そうそう、あの写真はなんだったんだろうね。ああいう怖い顔して写真を撮るのがインドの流行だったのかなあ。白い髪に白い髭、白い衣装で、まるで怒った神様みたいだったけど。 | |
こんな偉大な賢者なんだから、きっと日本でも慕っている人が多いだろうし、あんまりそういう軽はずみなことは言わないほうがいいと思うよ。でもホントに、愛情あふれるお人柄がそのまま伝わってくるような、いいご本でした。読んで良かったです。 | |
<鳥の物語>
一羽の鸚鵡(おうむ)がいた。鸚鵡は無知で、そこらを飛びまわり、歌をうたってばかりいた。その国の王様は大臣に言い渡した。「あの鸚鵡に学問をさずけよ」 | |
これは一羽の鸚鵡のために、多くの人を使い、多額の金を使って、教育を施そうとしたバカな王様の話。 | |
金の鳥籠に入れようと、貴重な本を読み聞かせようと、鸚鵡は鸚鵡としてしか生きられないのよね。 | |
<天上界の男の話>
仕事らしい仕事もせず、酔狂に暮らしている男がいた。男はこれといったことをしなかったが、死ぬと天上界へ行けることになった。ところが、天上界の使者は間違って、男を働き者の人々の住む天上界へ連れて行ってしまった。 | |
寓話というと、早い話がお説教垂れ話って思うんだけど、この方のはそんな感じではなかったよね。肩の力が抜けるような話で、なんかホッとしてしまった。 | |
そうそう、一生懸命仕事をすることで生き甲斐を感じる人たちのところに、テレテレっとした遊び人が一人混じるって話だけど、いい感じの脱力の展開に。仕事帰りにこれを読みながら、そうだよな、あんまり頑張りすぎないようにしよう、なんて思っちゃった(笑) | |
<妖精のあかし>
二十歳を過ぎたというのに、王子はどこの国の姫とも結婚したがらなかった。心配した国王が問いただすと、王子は噂に聞いた妖精と結婚したいと言いだした。 | |
妖精を探しに行った王子様は、色黒の少女を妖精の化身と思いこんで、お城に連れて帰るんだけど。 | |
まあ、良かったじゃないのという結末だね。信じちゃったんなら、まあ、それはそれでいいんじゃないのというか、丸く収まったというか。 | |
<神の絵>
オビラムは神像の絵を描いて暮らしていた。その町に、新しい大臣がやってきた。よろこびのにわきたつ都のなかで、オビラムだけは喜べずにいた。なぜなら新しい大臣は、かつてオビラムの父に取り入って、財産をすべて奪い取っていった男だった。 | |
これはちょっとドキッとさせられたな。人を憎むということは、自分の心が荒むということなのよね、わかっていてもあらためて指摘されると。 | |
だれひとり憎まずに生きるってのも難しいけど、憎んでも、けっきょくは自分に害があるだけなんだよね。自分自身に照らし合わせても、人の悪口を言ってる人の顔が醜いと知ってはいるのだけど・・・。 | |
<生命と心>
わたしは道のそばに立つバンヤンの樹と向かい合い、語り合った。生きていること、そして心のこと。 | |
これは樹と対話する哲学的なお話。二度読みしても、私にはわかったような、わからないような、なんだけど。 | |
なんか5年ごとに再読しつづければ、そのうちわかってきそうだよね。 | |
<歓迎のうた>
わたしは広い場所を確保し、大きく高い館を建て、家具調度を運びこんだ。「だれか来るんだね」と心が言った。もちろん、そのために準備をしているのだ。 | |
これは自分と心が対話してるの。これまた、わかったような、わからないような。 | |
なんか上手く説明できないけど、こっちはなんとなくでわかった気がしたけどな。仕事に没頭しているお父様方が読むと、立ち止まってみたくなるかもしれないようなお話だった。 | |
<もっとほんとうのこと>
孫娘のクシュミがわたしにいった。「おじいさまのは作り話ばかりだわ。なにか、ほんとうのお話って言うのを聞かせてよ」。わたしは答えた。「ほんとうの話」ではなく、「もっとほんとうの話」をしてあげよう。 | |
これは孫娘のために書かれた遺言的な作品でもあるんだって。ちょっと生意気で、愛らしい、孫娘クシュミにたいするタゴールの優しい眼差しにジンジンしてしまったな。 | |
「ほんとうの話」ではなく、「もっとほんとうの話」を孫娘にするおじいちゃん。そこには妖精や王女が出てくるの。ジンと来たなあ。 | |
<父と子の願い>
父のシュボルチョンドロ(力のみなぎった月の意)は、息子のシュシルチョンドロ(温厚で行儀の良い月の意)のような子供に戻りたかった。息子のシュシルチョンドロは、父のシュボルチョンドロのような大人になりたかった。 その願いは通りかかった女神によって叶えられた。 | |
これは寓話らしい寓話かな。父も息子も、それぞれ相手の立場を羨ましがり、取って代わりたいと願っているんだけど、それが叶ってしまうの。その後の展開は予想通り。 | |
他人を羨ましがっていないで、あるがままに生きるがいいっていうこの人の教えは、なんとも好きだなあ。 | |
<非望>
霧の立ちこめるカルカッタ通りで、ダージリンは泣いている女性に出会った。声をかけると、女性は自分をボドラオン国の太守の娘だと名のった。姫君として生まれながらも、今はこのように身をやつし、泣いているわけを、 女はぽつりぽつりと語りはじめた。 | |
これは素敵な、かなり切ないお話だった。太守に逆らう軍隊の司令官に恋をした王女の波乱に満ちた半生のお話なの。 | |
個人的にはバラモンとヒンドゥーの教えの違いがイマイチ把握できてないところが悔しかったりもしたけど、でも本当に魅力のある話だったね。溜息が出るほど美しかったし。 | |
<カブールのひと>
5歳になるわたしの娘、ミニはとてもおしゃべりだった。ミニはいつのまにか、カブールから来た大道商人のカブリワラさんと友達になっていた。二人はまさに歳の離れた親友のようだった。 | |
これは世界中で愛されているお話なのだそうな。孫娘にもそうだったけど、小さな娘に対しても、タゴールの視線はやさしいの。 | |
おしゃべり好きで、ちょっとおませなミニと仲良くなったカブリワラさんとの交友を書いてあるんだけど、読み終わって私はウルッとしてしまったな。これだけでも読む価値ありだと思うよ。 | |