すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「十六歳の闇」 アン・ペリー (イギリス)  <集英社 文庫本> 【Amazon】
19世紀後半のヴィクトリア朝時代、ロンドンの貧民街であるブルーゲートフィールズを流れる下水道に、金髪少年の死体が流れ着いた。少年は全裸だが、育ちのいいことは明らかで、貧民街の下水道にはまったくそぐわない死体だった。 検死の結果、遺体には同性愛の痕跡があり、しかも梅毒に罹っていたことが判明する。少年は16歳、准男爵ウェイボーン家の長男、アーサー・ウェインボーンだった。アーサーは友人と別れ、一人でどこかへ行き、浴槽で殺されたあとで下水道に捨てられたことがわかった。 いったいアーサーに何があったのか。
にえ 初めて読んでみました、イギリスの人気ミステリ作家、アン・ペリーです。
すみ この人は、私たちが今まで読んできた作家のなかで、経歴が一番すごいかもしれない。映画「乙女の祈り」で有名な、実際にあった殺人事件の共犯者の一人なんだって。私は映画、観てないけど。
にえ アン・ペリーはイギリス生まれだけど、ニュージーランドに移住して、それからまたイギリスに戻ってきてるのよね。事件はそのニュージーランドにいたときに起こったものなんでしょ。
すみ そうそう、そのニュージーランドで14、5歳のころに同性愛関係にあった少女と共謀し、その少女の母親を殴り殺してしまったんだって。で、二人は無期懲役になったんだけど、 5年後に釈放され、恋人のほうはニュージーランドに残って本屋で働いたりしてて、アン・ペリーはイギリスに戻って作家に。
にえ このホンワカと優しさの漂う小説からは、そんな経歴は想像できなかったね。たしかに同性愛は出てきたけど、男同士だし、あまり擁護されてはいなかったし。
すみ 小説は19世紀、ヴィクトリア朝を舞台としたミステリもので、二つのシリーズがあるんだけど、ひとつは事故で記憶をなくした警官モンクが主人公のシリーズ、もうひとつが、私たちが読んだピット夫妻のシリーズ。ちなみにこれは、 シリーズ6作目にあたるのだとか。
にえ 別にシリーズ途中で読んだから、入りこみづらかったとか、わかりにくかったとか、そういうことはまったくなかったよね。
すみ 途中から読む人のために、主要な登場人物の紹介がきっちり作中に入ってたもんね。
にえ トーマス・ピットは警部で、当時の警察官の例に漏れず、薄給。でも、仕事を愛し、とても誇りにしていて、上に媚びるってところがまったくなく、 服装はいつもだらしなく見えてしまう、背の高い人。
すみ 生い立ちとしては、貴族の猟場管理人だった男の息子として生まれ、領主のはからいで、貴族の息子たちと一緒に家庭教師のもとで学んでいるのよね。
にえ 奥さんのシャーロットは、良家の出で、妹は貴族に嫁いでレディとなり、大叔母は同じ貴族のなかでも特に一目置かれるような存在。当時としては、かなり変わった身分差のある夫婦ってことになるね。
すみ 妹のエミリーも、大叔母のヴェスペイシアもこの小説に出てきたけど、どっちもいい感じのキャラだったよね。とくに大叔母さんは、威厳があって、物わかりが良くて、行動力があって、かっこよかった〜。
にえ シャーロットとエミリーの姉妹関係もおもしろかったよ。とっても仲が良くて、エミリーはシャーロットに協力してくれるんだけど、自分よりシャーロットのほうがドレスが似合ってると嫉妬したり、 シャーロットのほうもカチンときたり、ちょっと威張ってみせたりして。
すみ とにかく、ピット警部が事件に取り組み、奥さんのシャーロットがそれを援護射撃。そのシャーロットをエミリーと大叔母がさらに援護射撃、とそういう関係。
にえ トーマスのほうは、出世欲に燃えるキザっぽい部下にムカムカしたり、わからずやの上司に邪魔されたりと、なかなか大変そうだったよね。
すみ 捜査対象が貴族階級だったからね、当時の警察は大変だったんでしょうよ。
にえ でもさあ、ミステリの舞台としては、こういう身分差別のある時代のほうが雰囲気は出るよね。自分たちの名誉を守るため、協力的でない威張った貴族の紳士たち、 なにも知らずに蚊帳の外に置かれるレディたち、貧困を理解できない子息たちがいる一方、食べることもままならずに身を売る貧乏な庶民たち。そういう構図のなかで起きた殺人事件。
すみ ストーリーは、ミステリとしてはちょっとゆったりペースだけど、謎解き以外の部分にお楽しみのタップリある小説だから、それはそれでよいのよね。
にえ そうそう、警察では入り込めない貴族階級のなかを探るために、大叔母に頼んで知人を紹介してもらい、パーティやら音楽を聴く集いやらに出掛けていくシャーロットとエミリー、やっぱこのへんがお楽しみでしょ。
すみ ドレスを着たり、素敵な帽子をかぶったり、取り澄ました会話のなかに真実を探ったり。ワクワクするよね。
にえ 最初にあがった容疑者、その容疑者が本当は犯人ではないのではないかと疑いはじめるピット警部、同じように考えるシャーロットも独自の調査を始め・・・とそういうストーリー展開なのだけど、 含まれるものは多かった。当時の社会問題、女性問題がタップリ盛りこまれてて。
すみ とはいえ、全体としてはやっぱり夫婦愛が基盤になっててホンワカしてて、楽しめるミステリだよね。なかなか面白かったですよ。