すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「オババコアック」 ベルナルド・アチャーガ (スペイン)  <中央公論新社 単行本> 【Amazon】
少年時代/ビジャメディアーナに捧げる九つの言葉/最後の言葉を探して
にえ 詩人でもあり、作家でもあるスペインの作家、ベルナルド・アチャーガの初翻訳本です。
すみ アチャーガはスペイン北部ギブスコア県に生まれ、作品はバスク語、スペイン語で発表しているんだって。この「オババコアック」も、スペイン語版、 バスク語版の両方を、翻訳じゃなくアチャーガ自身が書いているのだそうな。すごいね。
にえ 出世作はこの本、で、どうなのかな〜と心配してたんだけど、スンゴイ、スンゴイ良かった〜。最初のうちは、まあまあいいかな、ぐらいで読みはじめたんだけど、進んでいくごとに良くなっていった感じ。
すみ 3章に分かれてるんだけど、1冊の本にテイストの違う3冊の本が入ってるみたいなんだよね、それがどれもとても味わい深くて素敵で、 私もすっかり気に入ってしまったよ。
にえ 第1章「少年時代」は、バスク地方の小さな小さな村オババを舞台にした、5つの短編集。どの主人公も、田舎独特の少人数が凝り固まってしまったような雰囲気のなかで疎外感を感じている、 孤独な人なの。
すみ これもそうだし、他の2章もそうだけど、二重構造になっているのよね。今の私と、私が書いている過去の私、とか、古い手紙の内容と、それを見つけた私とか。
にえ 第2章「ビジャメディアーナに捧げる九つの言葉」は、カスティーヤ地方の、若い人たちは出ていってほとんど老人しか住んでいないような、人口わずか200人ばかりの村にしばらく滞在した主人公が、村で出会った人たちの話。
すみ これも題名は1つだけど、なかは9つの話に分かれていて、連作短編集みたいだったよね。
にえ 第3章「最後の言葉を探して」は、作家である主人公が友人を連れて、オババの叔父を訪ねる話。というと、これは中編小説かなって感じだけど、そのようでそのようでなかったりして(笑)
すみ 話はひと繋がりにしても、話の流れで登場人物たちの創作小説が次々に紹介されてて、作中作たっぷりなんだよね。
にえ ホントに良かった。これはぜったいオススメ。新しいバスク文学をご堪能あれ。
少年時代 <エステバン・ウェルフェル>
母はなく、反キリスト教者であるドイツ人の父親とオババで暮らす少年、14才のエステバンは、父親のせいでいつも村になじみきれずにいた。ある日、友人たちに誘われて教会へ行ったエステバンは、そこで少女の幻影を見た。少女は名前とドイツの住所を名のり、私に会いに来いとエステバンに囁いた。
すみ 少年のエステバンは、村の人たちが自分の父親を嫌っているから、自分もなんとなく嫌わなくちゃいけないような気持ちでいるの。父親と二人きりで仲良く暮らすことより、環境に馴染み、みんなと仲良くしたいと思うのは年齢からいって当然かな。でも、教会で少女の幻影を見たことで、 エステバンの人生は変わっていくの。少年時代を振り返り、その時には気づかなかった父の自分への愛情に気づいていくエステバンに、ジンと来たな。父親に対しては、なんてことだ、とも思うんだけど、それがまた逆にシンミリしてしまうような。
少年時代 <リサルディ神父の公開された手紙>
古いオランダ紙の11枚の手紙は1903年に、オババに来て3年になるリサルディ神父によって書かれたものだった。そこには、両親に手放され、村の旅館で面倒を見てもらっていた、ハビエルという少年が森で行方不明になってしまったことが書いてあった。
にえ いなくなったハビエルには友人もなく、心配してあげているのはリサルディ神父と、マティアスという老人だけなの。マティアスは村に白いイノシシが現われ、家や畑を荒らし始めると、あれはいなくなったハビエルの化身だと言いだすんだけど…。 古めかしくも切ないお話だった。
少年時代 <闇の向こうに光を待つ>
オババのはずれにあるアルバニアという地区には、32人の子供たちのための学校の校舎はなく、女教師は宿屋の二階にある、古い広間で勉強を教えていた。 閉塞的なこの地区に倦んだ女教師は、孤独に息を詰まらせている。生徒の一人、マヌエルはストーブ係だったので、毎朝、鍵を受けとるために女教師のもとを訪れる。 勤め先の親方が許してくれないので午前中しか授業を受けられないが、マヌエルはストーブ係に誇りを持っていた。
すみ 孤独を募らせていく女教師と、親元を離れて親方のもとで住み込みで働いている少年。孤独な魂と魂の出会いではあるけれど、 あたたかく優しい関係を築けるとは限らないのよね。なんともやるせないお話だった。
少年時代 <夜毎の散歩 カタリーナの告白>
部屋に籠もり、冬は散歩にさえ行けないカタリーナは、ラジオ番組が終わっても、まだ眠らずに起きている。それは、3時35分に町を通る汽車の音を聞くためだった。
にえ これは短いお話。淋しさを噛みしめる女性の、静かな独り言のようだった。
少年時代 <夜毎の散歩 マリーの告白>
少女マリーは、祖父と馬のゴルドン、犬のアーサーと毎夜散歩に出掛けた。暑い時期には蛇を殺すといわれているメンドリのフランキーも一緒に行くが、 フランキーはなかなか祖父の命じるとおり、先頭を歩こうとはしなかった。
すみ 祖父や動物たちと行く散歩、楽しげだけど、残酷な結末が待っていたの。
ビジャメディアーナに捧げる九つの言葉
病んでしまった友人に会うため、精神病院を訪れた私は、病院長と話す機会を得た。二人の会話はいつしか記憶についての話になった。記憶はなくても困るが、多すぎてもいけない。 さて、では言葉はいくつ憶えればいいだろう。病院長は「九つ」とこたえた。ふざけているのかもしれないが、私はその忠告に従って、ビジャメディアーナを九つの言葉で語ることにした。
にえ この章は9つに分かれているの。まず1は、ビジャメディアーナについて。そこは陸の孤島のような、過疎化の進んだとても寂しい村。
すみ 2では、ビジャメディアーナにしばらく住むことにして訪れた主人公が感じた印象。なんとも寂しげで死んだような村、でも、夜になって、こうこうと明かりがともり、にぎやかにレコードプレーヤーが鳴り、いく人もの男女が歌う活気のある家を見つけるの。 実はそこは、村の人たちに軽蔑の意味を込めて「羊飼い」と呼ばれている人たちの家なんだけどね。
にえ 3は隣人オノフレの話。老人ばかりが200人ぐらいしか住んでいない、見放された村に、自分から越してきた主人公は、村を活気づけ、この村も案外悪いものじゃないと思わせてくれる存在として、たちまち人気者に。 でも、最初に知り合った隣人のオノフレは、どうしても主人公を独り占めしたい様子。最初のうちは、うんざりする主人公なんだけど。
すみ 4はバル、日本語で普通に言われてる言葉に直すと「バー」かな、そのバルのナガサキで賑やかに交わされる、猟師たちの話。この地方でも一度だけ、熊が仕留められたことがあるそうなんだけど、その時に起きたちょっとだけ不思議な話について、男たちは意見を出し合います。
にえ 5は主人公が知り合った二人の老人、フリアンとベニートの話。フリアンは思慮深く、ベニートは根っからのお人好し。ベニートは、その美しい心ゆえに、とっても素敵な秘密を持ってるの。
すみ 6は村の、完全に人がいなくなって空き家ばかりとなったと思われる地区で出会った、伯爵の末裔である小人の男の話。この人、最初のうちは威張ってるし、イヤな感じだったんだけど、話が進むうちに好きになっていって、最後にはズシンと来たなあ。
にえ 7はビジャメディアーナのリタ・ヘイワースと呼ばれている、四十才ぐらいの女店主ロッシの話。ロッシは農作物を売る野暮ったい店を、ちょっと気取った感じの店にしたいみたいなんだけど。
すみ 8は寂しい冬のビジャメディアーナの話。これはもうホントに短く語られているだけ。
にえ 9はビジャメディアーナを発つ前にした、ダニエルとの散歩の話。のんきに女の子の話をしているんだけど、これで私もビジャメディアーナとお別れと思うと、ちょっと寂しくなっちゃったな。
最後の言葉を探して
南米で成功した叔父の誘いを受け、朗読会に参加することにした作家の私は、創作もする医師の友人を連れ、故郷オババに帰ることにした。現代作家の作品などみな剽窃にすぎないと言い切る叔父に少なからず恐れをなしている友人だったが、 私のもうひとつの目的に興味を示し、ついてきたのだ。それは少年の頃の集合写真にまつわる謎を解くことだった。
にえ これはちょっと複雑な構造で、でもわかりにくいわけではまったくなくて、興味深くておもしろい内容だった。つまり、簡単に言えば、「良いわ〜」ってことなだけど(笑)
すみ バラして話せば、まず、少年時代の集合写真にまつわる謎の話。写真を引き伸ばしてみたら、いたずらっ子のイスマエルがトカゲを手に持っていて、前列の同級生アルビーノの耳元にそのトカゲを近づけているのがわかったんだけど。
にえ それだけだったら、どうってことのない、よくある子供の悪戯だよね。でも、オババでは、トカゲは耳から入って脳を食べると言われていて、げんにアルビーノはその集合写真を撮る前は聡明な少年だったんだけど、 その後は読み書きもできない、村一番の愚か者となってしまったの。
すみ 医者である友達が調べてくれたところによると、本当に耳から人体に入っていくトカゲがいるらしくて、そのことを調べるために、二人はイスマエルに会いに行くのよね。
にえ それから、剽窃について考察する叔父さんの話でしょ。現代作家の作品なんてみんな剽窃だと長く言ってた叔父さんなんだけど、剽窃について別の考えを持ちはじめたみたいなの。
すみ これは小説を読むものとしては面白い内容だったな。なんか、なるほどなるほどといつも以上に身を入れて読んじゃったよ(笑)
にえ それから、私と友人と叔父さん、それにオババで新しく知り合ったスミス氏という謎の人物が語る短い物語の数々。
すみ とにかくたくさん入ってたよね。ドキッとする話とか、ニンマリする話とか、ゾゾッとする話とか、バリエーションにも富んでいたし。
にえ どれもスンゴイおもしろかったよね。しかも、剽窃というテーマもあるわけだから、それも意識しつつ読まなくちゃいけなかったりして、 なお楽しかった。
すみ 死に神に出会ったバグダッドの商人の召使いの話とか、アマゾン上流で消えた夫を探しに行った美しい妻の話とか、死んだ双子の妹になりすました男の話とか、 とにかくどれもおもしろかった。
にえ 全体のストーリーもきっちりまとまってて、ホントにおもしろかったね。スペインのバスク地方っていう場所だけでも興味深かったのに、話もこれだけおもしろいと満足感は大きいな。
すみ すべてひっくるめると、なかには残酷な話もあったけど、でもどこか優しさがあって、ギスギスと鋭い感じがしなくて、ホッコリした印象だったな。大満足でした。私もオススメ。