=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「すべての小さきもののために」 ウォーカー・ハミルトン (イギリス)
<河出書房新社 単行本> 【Amazon】
幼い頃の自動車事故がもとで成長が遅れ、子供の心のまま大きくなってしまった31才のボビーは、デパートを経営する母親の愛情のもと、幸せに暮らしていた。 しかし、ボビーがデブと呼ぶ新しい父親が現われると、母は見る見る痩せ細って亡くなり、ボビーは虐待を受けるようになった。一生出られない施設に入れられることになった前日、 ボビーは家を飛び出し、ヒッチハイクでコーンウォールの森に辿り着いた。そこで、車に轢かれた小さな動物たちの埋葬する、不思議な老人と出会った。 | |
これは1968年に発表され、1998年には映画化された小説です。なんで今まで邦訳出版されてなかったんだろうと不思議には思うけれど、とにかく読めたのだからありがたい。 | |
でも、紹介に困る本だよね。読む楽しみを残すためには、なにも言いたくない。でも、なにも言わなかったら間違った受け取りかたをされるような本・・・。 | |
そうなんだよね、可愛らしい絵の表紙、社会から弾き出されてしまったような、子供のままの男と孤独に暮らす老人が出会う話、なんてとこで止めてしまうと、 ああ、よくあるウルッとくるいいお話ってやつね、パスパスってなっちゃいそうだし。 | |
現に図書館や本屋さんでは、すでにヤングアダルトの棚に並べられてしまってたりもするよね。それだけはヤメて〜と思っちゃうんだけど(笑) | |
どう遠回しに説明すればいいのかな、私が読んだ感触では、シャーリイ・ジャクスンの「ずっとお城で暮らしてる」にちょっと似てる気がしたんだけど。 あ、ストーリーその他はまったく違うよ、でも、なんとも言い難い後味を残す感じがね。 | |
ストーリーとしては、目新しいってこともないんだよね。なにを今さらってところもある。でも、なんか妙な生々しさがあって、でも、お伽噺みたいで、 なんか味わったことのないものを口にしてしまったような、いいとも悪いとも言いがたい、妙な感触なの。 | |
作者の経歴を話すと、ちょっと伝わるかな。ウォーカー・ハミルトンは炭坑に働く父親が読書好きだった影響を受けて読書好きに。でも、文学を学ぶ方向に進学したんじゃなく、15才から働きだして、夜学で会計を学び、 そのあとで空軍に入ってるけど、病気でほとんどベッドに寝て過ごして除隊。その後は職を転々として、1968年にこの本を発表。 | |
ロアルド・ダールが「この一冊の薄い本は、過去十二ヶ月で読んだ厚い小説のどれよりもおもしろかった」と褒めたのよね。 ところが出版の翌年に、ハミルトンは病死。もうひとつ作品があるらしいんだけど、それは邦訳されてない。徹底して浮かばれない人だね。 | |
時代はベトナム戦争、ヒッピー文化、そういう時代だよね。そういう時代に、職も定まらず、おそらくは持病を抱えて思い通りの生活もできなかった三十代なかばの、貧しく学歴も地味で、 文学を学んだこともない男性が書いた小説。 | |
でも、書いたものは自分の苦しい生活やら、社会への怒りやらをモロにぶつけたものじゃないんだよね。コーンウォールの森、無垢な少年の心というファンタジックな設定。 | |
最初の設定はファンタジックでも、そこにとどまらずに戦慄をおぼえるような残酷な話の展開に、でも、優しい同情心をもって書いていて、でもやっぱり一般的な道徳心と比べるとどこか歪んでいるような・・・けっこう決めつけになっちゃったけど、私はこんな感じがした。 | |
怒りや憤りが内在してるっていう感じはあったよね。そのうえで、世間から弾かれてしまう弱き者にたいして、ある意味では異常とも言えるほどの同情心があって。 でも、それで気味が悪くなるとかじゃないんだよ、なんとも切なくなってくるの。 | |
小説のほうは、ボビーのたどたどしくも愛らしい語りで話が進んでいくのよね。自分ではっきりとした判断ができず、これまで教わってきた決まり事をまもろうと必死で、いつも心細くて、 時にはじれったくもなるような礼儀正しい少年のままの31才。 | |
義父の虐待から逃れ、ヒッチハイクのすえに辿り着いてであった老人は、サマーズさん。サマーズさんは竹藪のなかに隠された小屋に住み、自動車に轢かれたウサギ、カエル、ネズミ、チョウチョ、カタツムリ、そういう小さな動物たちの死骸をひたすら埋めているのよね。 | |
サマーズさんの心には常に怒りがあるよね。それが表に出て、ボビーを怖がらせることもある。それに、アルコール中毒なのかな、たえずお酒を飲んでいるの。 | |
根本的には弱い人だよね。ひたすら頼るボビーにはそれが見えてないみたいだけど。 | |
サマーズさんはひたすら小さきものたちを埋める、ボビーも一緒に暮らし、手伝うようになる。ひたすらサマーズさんを慕うボビーと、いつしかボビーに優しい気持ちを懐くようになるサマーズさん。 でも、ボビーはいつか義父に見つかって連れ戻されるんじゃないかという怯えがあり、サマーズさんにも過去がある。これ以上は言えないかな。 | |
賛否両論、くっきり好き嫌いが分かれそうな小説だよね。とくにストーリーだけで言ってしまえば、稚拙と決めつけられてもしょうがないようなところもあるし。 | |
でもなんだろう、それで終わりにできないなにかがあるよね。そうそう、映画のほうは邦題が「コーンウォールの森へ」、監督は「ラスト・エンペラー」や「太陽の帝国」「戦場のメリークリスマス」で知られたジェレミー・トーマスの初監督作品。 監督は原作を読んだあと三十年近く映画化の企画をあたためてきたんだって。なんかその放っとけなさ、わかる気がする。 | |
オススメはどうしよう。う〜ん、100%気に入ってもらえる自信はないんだけど、この独特の感触は試してみていただきたいなあ。少しでも興味を持った、ダメでもいいやって心の広い方限定で。って、これは卑怯な言い方かな(笑) | |