すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「生きている人形」 ゲイビー・ウッド (イギリス)  <青土社 単行本> 【Amazon】
科学として、イリュージョンとして、歴史上では様々な動く人形が登場し、消えていった。近代では、人とロボットの境目について論議されている。 人形に生を与えてきた人々、人形になりきった人々の歴史をたどることによって、その本質を探る。
にえ 珍しく、小説外のものを。レポートというか、論文というか、これはそういったたぐいのものです。
すみ 著者のゲイビー・ウッドって読むまでは男性だとばかり思っていたら、女性だったよね。イギリスの有力紙「オブザーバー」の専属ライターだって。
にえ 読むと女性目線が随所に感じられたでしょ。男性が書いていたら、ずいぶんと違うものになっていた気がする。
すみ ここ数年、ミルハウザー作品をはじめとして、読んでる小説にからくり人形が出てくるものが幾つかあって、その元ネタというか、 史実的な背景みたいなものがわからずにいたから、こういう本を読んでみたかったんだよね。入門書としてはピッタリじゃないかしら。
にえ 読んでて、あ、あれだってのがいくつもあったよね。それだけでも楽しかった。
すみ まず、「はじめに」から始まるんだけど、これは大まかな流れの説明だからいいとして、第1章から第5章、それにエピローグがつくだけど、第1章は、あの有名な哲学者デカルトの話から始まるの。
にえ 真偽はさだかじゃないけれど、デカルトは5才で死んだ娘のかわりに、娘の名前フランシーヌと名づけた機械仕掛けのお人形を作り、旅行にも同行させていたらしいのよね。
すみ 本当かな? 驚くよね。デカルトが荷物としてフランシーヌを船に乗せ、そのときに起きたエピソードについて書かれてたんだけど。
にえ それから、ジャック・ド=ヴォンカンソン。この人は18世紀にフルートを吹く人形や餌を食べるアヒルを作った人。
すみ それにしても、ヴォンカンソンの人形の精巧さには驚いてしまったんだけど。まだゴムもない時代に、正確に人形自身がフルートを吹くんだよ。そんなものができるのかなあ。
にえ アヒルだって驚くじゃない。観客の手から餌をもらい、それを食べてフンを出してたんだって。これは図版もあったけど、ものすごく緻密な作りなんだよね。
すみ ナポレオンやルイ15世が興味を示したってエピソードも、そうなんだ〜と興味津々だった。ジェラルド・カーシュ「壜の中の手記」のなかにあった、「時計収集家の王」もチラッと思い出したりして。
にえ 第2章はまず、機械技師ケンペルンのチェス棋士人形について。これは人を相手にチェスを打つからくり人形なの。
すみ チェス棋士人形については、そのメカニズムがけっこうはっきりと書かれてたよね。内部告発みたいなものもあったらしくて。
にえ なんといっても興味深いのは、この章から、やたらとフィニアス・テイラー・バーナムって人が登場するところでしょ。
すみ そうそう、バーナムはもともと興行師だったんだけど、博物館を買い取って、珍しい物を集めた人なんだよね。
にえ まさにミルハウザーの「バーナム博物館」。バーナムについては詳しく書かれてないんだけど、やたらと、これはバーナムが買い取って自分の博物館に展示した、なんて記述が第5章に至るまで、ちらほら出てくるんだよね。 ワクワクしちゃった。
すみ エドガー・アラン・ポーがチェス棋士人形を暴いてやるって感じの文章を書いてて、それもまたなんともおかしかったな。
にえ 第3章はエジソンが大量生産しようとしてやめた、歌う人形のお話。エジソンのかなり独特な性格がかいま見えたよね。
すみ エジソンが小説の中の登場人物として書かれている、ヴィリエ・ド・リラダンの「未来のイヴ」の話もおもしろかったな。その小説のなかでは、エジソンが完璧な女性の機械人形を作っているの。ハダリーって名前なんだけど。
にえ あと、からくり人形作りにとっての金枝はゴムだったのね。ゴムの歴史までわかってしまった(笑)
すみ 第4章は、もとは時計職人見習いだったロベール・ウーダンと、靴職人の息子だったジョルジュ・メリエスの師弟の話。
にえ どの小説にあったのか忘れちゃったんだけど、絵を描く人形の話が出てきたでしょ。あれってロベール・ウーダンの物書き人形が元ネタだったのね。ウーダンの人形はウーダン似で、似顔絵を描いて、字も書いてたんだって。
すみ メリエスの話の時に、人形を見せ物じゃなく、血液の流れのメカニズムをさぐるため等、医学的に利用しようと作った人たちのこともあって、これはアレン・カーズワイル「驚異の発明家の形見函」を思い出したな。
にえ それだったら私は、フロイトの師匠ジャン=マルタン・シャルコーのことをほとんど知らなかったから、そんな魅力的な人だったんだと驚いた。講義を聴きに、モーパッサンやサラ・ベルナールなんて有名人もやって来てたんだって。
すみ ウーダンの時計職人見習いから、からくり人形を作るようになるって流れは、どうしてもミルハウザーの「イン・ザ・ペニー・アーケード」の中にあった、「アウグスト・エッシェンブルグ」を思い出したな。
にえ メリエスはしだいに、映画のほうにのめり込んでいくんだよね。頭が膨れてパンと弾けたりする、おもしろい映画を撮ってたらしいんだけど、その起伏の激しい生涯は、なんとも惹かれるものがあった。
すみ 第5章では、打って変って機械人形ではなく、自分たちを「お人形の家族」と称した、シュナイダー家の4兄弟の話。
にえ ここでフリークを使った映画の話が出てきて、セオドア・ローザックの「フリッカー、あるいは映画の魔」を連想しちゃったな。
すみ そしてエピローグの舞台はなんと東京。現代のハダリーが出てきます。小説のように物語としておもしろいわけじゃないから、興味がある人限定になってしまうけど、良かったですよ〜。