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 「サマルカンド年代記」 アミン・マアルーフ (レバノン→フランス)  <筑摩書房 文庫本> 【Amazon】
1072年の夏、思想家にして天文学者、そして偉大なる詩人としても後世に名を残す賢者オマル・ハイヤームは24歳、 故郷ニューシャープールを離れ、しばらく前からサマルカンドにやってきていた。ここでハイヤームは一冊の豪華なノートを手渡され、 ひそかに四行詩をしたためはじめる。それこそが、かの有名な四行詩集「ルバイヤート」だった。そのおよそ八百年後の1870年、あるアメリカ人の青年が、 自分のルーツを求め、フランスを訪れた。そこで知り合った女性と結婚し、生まれた息子こそがベンジャミン・オマル・ルサージ、この本の著者である。 名前のオマルはもちろん、オマル・ハイヤームに由来する。宿命に導かれるがごとく、ベンジャミンはペルシヤに向かい、ハイヤーム自筆の「ルバイヤート」を探す旅に出た。
にえ これは「『ルバイヤート』秘本を求めて」と副題がついています。そこから旅と冒険の物語を連想してしまったんだけど、それとはちょっと違ったかな。
すみ うん、どちらかといえば題名の「年代記」から連想したほうがいいかもね。歴史入門書のようなところもあったから。
にえ そうだね、でも、歴史入門書っていうと、なんとなく小説としてはおもしろくなさそうってイメージになっちゃうけど、これはまず、小説として豊かで、おもしろかった。
すみ 第一部と第二部に分かれてるんだよね。第一部は、オマル・ハイヤームを主人公に据え、おもに11世紀後半のペルシヤを舞台とした実話に基づくお話。
にえ 思想家であり、当時は占い師的役割も担った天文学者でもあったオマル・ハイヤームは若いうちから稀代の天才と謳われ、ペルシヤの様々な国の権力者たちから教えを求められ、 自分の領地にとどまるように求められたんだけど、酒を愛し、詩を詠む人でもあったのよね。
すみ でも、彼の書いた四行詩集「ルバイヤート」がイギリス詩人フィッツジェラルドによって翻訳され、世界中で有名になるのは800年もあとのこと。ハイヤームの生きているうちは、四行詩は庶民の趣味とされ、 時には軽蔑の対象にもなっていたみたい。
にえ ハイヤームは浮き世を離れ、思索と星と酒と詩に我が身を捧げたかったみたいなんだけど、運命がそうはさせてくれないのよね。
すみ スルタンと宰相の権力争いに巻き込まれたりしてね。そのうちに、そういう内輪もめでは片づかない、もっと大きな争いにまで発展していくんだけど、これがまた、陰謀あり、暗殺あり、革命あり、そうかと思えば心底からの忠義もあり、と凄まじくも興味深い展開だった。
にえ ハイヤームの足跡を追うことで、私には理解不能だった、あの地方の政治と宗教の入り組んだ難しい構造が、少しだけわかった気になったな。
すみ 実在の人物である登場人物たちがまた魅力的だったよね。暗殺者(アサシン)教団の創設者として名高いハサン・サッバーフ、世界を支配したとも言われる大宰相のニザーム=ル=ムルク、そしてハイヤームの3人が、 不思議な運命でつながれ、そしてたもとを分かつ流れについては、ゾワゾワ来るものがあった。
にえ 女性も魅力的だったよね。女流宮廷詩人のジャハーン、スルタンであるマリクシャーの妻で、中国妃とも呼ばれたテルケン、この2人は、女の身でありながらも、果敢に権力を追い求めるの。
すみ そうそう、イスラム社会では、女性はただひたすら男性の従属的な存在でしかないんだろうと思いこんでたけど、違ってた。
にえ で、第二部はいきなり飛んで、19世紀後半から20世紀初頭までのお話。こちらの主人公ベンジャミン・オマル・ルサージは架空の人物だよね。
すみ 歴史上の人物たちとうまいこと絡み合ってたから、実在の人物みたいだったよね。
にえ 戦時中のフランスで知り合ったアメリカ人青年とフランス人女性が、たまたま二人ともハイヤームの本を持っていたことで運命を感じて結婚し、生まれたのがベンジャミン。だから、ミドルネームがオマルなの。
すみ ベンジャミンはアメリカで生まれ育ったけど、母親の父である祖父に求められてフランスに渡り、そこでハイヤーム自筆の「ルバイヤート」の存在を知り、イスラムの改革と反帝国主義を説いた偉大な思想家ジャマールディーン・アル=アフガーニーと会う機会を得て、 導かれるようにペルシヤへと向かうの。
にえ 最初に、かの有名な豪華客船タイタニック号に乗ったことにより、ベンジャミンがハイヤーム自筆の「ルバイヤート」を失ってしまったことについては述べられているのよね。どういう過程でそんなことになったかは、 第二部を読めばわかるというわけ。
すみ ここでは外国からの経済的圧迫に苦しめられ、民主的独立をめざすペルシヤの過酷な歴史がかいま見られた。
にえ 私は前々から、ペルシヤとイランのイメージが結びつかなくて苦しんでたところがあるんだけど、これを読んで、かなりスッキリしたというか、一つに繋げることができた気がする。
すみ ペルシヤは小説で読んだイメージから出来上がり、イランはテレビのニュースで見るイメージから出来上がってしまったせいかもね。
にえ それそれ。ペルシヤというと、エキゾチックで幻想的、貿易が盛んで、多岐に渡る豊かな文化をはぐくんだ国というイメージで、イランというと、まず石油、というか石油以外にはなにもないような、 重苦しく広がりのない国のようなイメージなの。それでぜんぜんつながらならなくて、ペルシヤがイランになったんだと何回聞いても、頭のなかではペルシヤはペルシヤ、イランはイラン。でも、これを読むことで1935年にペルシヤがイランになるまでの流れをちょっとつかめたかな。
すみ 第二部にも、魅力的な登場人物がたくさん出てくるよね。偉大なる思想家ジャーマルディーンももちろんだけど、ジャーマルディーンに信奉し、 行き過ぎて狂人ともいわれるようになってしまったミルザー・レザー、なんとかペルシヤを経済的に自立させ、民主的独立国家にしようと努力したアメリカ人シャスターなどなど。
にえ そういえば言い忘れてたけど、第一部も第二部も、堅い話ばかりじゃなくてロマンスもあるんだよね。第一部はたがいにタイプの違う人間であることをわかりながらも惹かれていく、ハイヤームとジャハーンのロマンス、第二部には、アメリカ人青年ベンジャミンと救いの手を差し伸べる王女シーリーンのロマンス。
すみ 歴史入門書なんて言ってしまったけど、とにかく物語として本当に素敵だった。ラストは余韻に浸れるし、ときおり挿入されるハイヤームの四行詩がまた良かったし。じっくり味わって読んでいただきたいな。
にえ 歴史的背景がまったくと言っていいほどわからない状態から読みはじめたから、最初のうちはこれで最後まで読み通せるかなとかなり不安だったんだけど、慌てずにキッチリ読んでいけば、ちゃんと話についていけた。だから、ちょっと興味があるっていう程度の人でもきちんと読む気があれば、オススメ。