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 「天使と悪魔」 ダン・ブラウン (アメリカ)  <角川書店 文庫本>  【Amazon】 (上) (中) (下)
ハーヴァード大学で宗教図像解釈学を教え、何冊かの著書もあるロバート・ラングドンは、スイスにあるセルン(欧州原子核研究機構)のコーラー所長から電話を受けた。 一度は断るラングドンだったが、ファクシミリで送られてきた写真に驚愕し、セルンへ向かうことを決めた。それは、完璧な<イルミナティ>の紋章が焼き印された死体の写真だった。 17世紀にガリレオが創設し、その後は反キリスト教の科学者結社として暗躍していたイルミナティは、すでに消滅し、イルミナティの紋章など存在しないことになっていた。 それが今になってなぜ、極秘のうちに世界初の反物質の生成に成功した、敬虔なるクリスチャンでもあった天才科学者ヴェトラの惨殺死体に残されていたのか?!
にえ 2003年に出た”The Da Vinci Code”(ダ・ヴィンチの暗号)という本が爆発的なベストセラーになったというダン・ブラウンの2000年に出た作品の翻訳です。
すみ なんで爆発的ベストセラーの方じゃないのかしらと思ったら、2003年にベストセラーになった本はシリーズ物の2作目。こっちの「天使と悪魔」が1作目なのよね。
にえ 「天使と悪魔」も売り上げはともかく評価はすごく高かったみたいで、2003年の作品でダン・ブラウンが有名作家になるや、こっちも売れまくりだしたそうだけど。
すみ 読んで納得だよね。たとえば「羊たちの沈黙」みたいな、アメリカの典型的な、派手めのエンタメ系ミステリに抵抗がなければ、これはその最上級に属する出来だよね。読みだしたら止まらないっ。
にえ ダン・ブラウンの人気の秘密は、知的で難解なテーマをわかりやすく作品に盛りこんでいるところにあるところだそうだけど、ホントにそれも読んで納得。
すみ うんうん、宗教図像解釈学だの粒子物理学だの反物質だのと、名前を聞いただけで腰が引けるようなものが次々と出てくるのに、スルスルッとわかりやすく読めちゃったよね〜。
にえ 物凄く知的な作家さんだよね。ご本人は英語教師からの転身で、父親は数学者、母親は宗教音楽家、奥さんは美術史研究者だとかで、やっぱりそのへんの知識の豊富さから来てるのかなと思った。
すみ かなり綿密な調査もしているみたいだしね。巻末の謝辞を読んだら、ローマ教皇と謁見までしていると知ってビックリ。
にえ それで、だれにでもわかりやすく知識を盛りこんで、血わき肉おどるようなエンタメ系サスペンスに仕上げてるんだから、まあ、読んだら夢中になりますわな。
すみ ただ、こういうテーマを扱っちゃうと、反感、嫌悪を感じる人もなかにはいると思うから、勧めるときは慎重にならざるを得ないけどね。
にえ 要するに、キリスト教と科学の戦いをテーマの根底に据えて、惨殺死体やスキャンダラスな暴露といったものも含めた、驚きに驚きが重なっていくような派手な小説に仕上げてるのよね。
すみ イルミナティについては、人気ゲームまであるって書いてあって、ホントかなあと検索したら、本当にあるのね。ゲームではイルミナティは歴史を超えた悪の結社ということになってるみたいだけど。
にえ だけど、ローマ教皇を代表とするキリスト教ってものが、欧米社会で科学の発展を邪魔し続けたのは事実だし、正しいことを主張していたのに処刑されてしまった科学者が多くいたことも事実。イルミナティが反キリスト教の科学者集団だったとしたら、 必ずしも悪とは言えないと思うけどね。この小説はそのへんのところをバランス良く入れてた。
すみ イルミナティのマークは、三角形のピラミッドのなかに一個の目、これはフリーメイソンのシンボルだと思っていたけど、じつは身を隠すためにフリーメイソンのなかに存在したイルミナティのシンボルなんだって。
にえ だけど、イルミナティは消滅してしまったと言われて久しいのよね。それなのに、ビッグバンの秘密、つまりは神が無から宇宙をつくったという教えの正しさを証明する反物質の生成に成功した科学者が、イルミナティによって殺されてしまうの。
すみ 生成された反物質は核の数十倍ものエネルギーを持つのよね。科学者が殺されたときに、特殊な容器に入れられたその反物質が持ち去られているの。
にえ 実はその反物質は、前の教皇が亡くなって、新しい教皇を決める投票をするために、各地の高い地位にある枢機卿が一同に集まっているヴァチカンに持ち込まれているというから、さあ大変。反物質を入れた容器は、充電しないと反物質を安全に保つことができず、 時間が来れば爆発するさだめなのよね。
すみ 科学者の養女ヴィットリアと、ハーヴァード大学から招かれた宗教図像解釈学者のラングドンがヴァチカンに向かうんだけど、なんとそこでは反物質が持ち込まれて隠されているだけじゃなく、イルミナティによって次の教皇の候補である四人の枢機卿がひそかに連れ去られちゃってたの。
にえ イルミナティの歴史的な謎を解くことで、四人の枢機卿を救い、犯人を捕まえて反物質の隠し場所をを知ろうとするヴィットリアとラングドンに、ヴァチカンの立場ある人たち、それにヴァチカン、ローマにある美術品や歴史的建造物がどんどん絡み合っていき、とまあ、そこからは息もつかせぬ怒濤の展開。
すみ あえてケチをつけるなら、なかなかのハンサムさんでありながら、閉所恐怖症だったり、ミッキーマウスの腕時計をしていたりする主人公のラングドンが努力のわりにはさほど魅力がないってところかなあ。
にえ 話がおもしろいから、さほど気にならないけどね。これだけ濃い話だと、逆にあんまり特徴のない人物像のほうがストーリーを追うのに邪魔にならなくてよかったって気がする。
すみ イルミナティの手先である無慈悲な殺し屋ハサシンがアラブ系男性ってことで、冷戦時代には悪人がみんなロシア人で、今度はアラブ人かよ、まったくアメリカ人っつーのは、と思ったけど、最後まで読んだらこれは納得できたかな。こんなに知的な作家が安易すぎて変だとは思ってたのよね、そういうことでしたか。
にえ そうそう、この本には説明はなしだったけど、あとから知ってみれば、フリーメイソンはシーア派の分派カルマト派の影響を受けているのだそうで、いろいろ繋がりもあったらしいの。そのへんから来ているのよね。さすが知的な作家さん。ちなみに、この作品が書かれたのはおそらく1998年から1999年にかけてで、まだクリントン時代。
すみ とにかく、2003年のベストセラーも近々翻訳出版されるみたいだし、本当におもしろい、夢中になったって言える小説だったし、抵抗なさそうな人限定だけど、超オススメっ。