=「すみ」です。 =「にえ」です。 | |
「調律師の恋」 ダニエル・メイスン (アメリカ)
<角川書店 単行本> 【Amazon】
1886年秋、エラールのピアノについてはロンドン随一といわれる調律師エドガーのもとに、陸軍省から手紙が届いた。ビルマの奥地に赴任している軍医キャロル少佐から、調律師を寄越してほしいと依頼があったのだ。 ビルマの奥地に数少なく貴重なエラールのピアノが運ばれていたことも驚きだが、わざわざ民間人の調律師を、危険なビルマに行かせるという軍の決定も意外なものだった。 だが、エドガーは愛妻キャサリンの温かい励ましにも支えられ、はるばるビルマへと旅立つことにした。 | |
これは26歳の医学生がはじめて書いた長編小説ということです。 | |
26歳で学生なのは、生物学を専攻してハーバード大学を首席で卒業、その後、マラリア研究のために一年ほどビルマ・タイの国境地帯に滞在し、そのあとでカリフォルニア大学医学部に入ったからなんだって。 なんか腰が引けるようなエリートっぷりだね(笑) | |
とはいえ、26歳で初長編でしょ。正直なところ、若い作家のデビュー作っていうのは、その年齢でここまで書けるのかって評価であって、小説じたいはもうひとつなんじゃないかとか、 物凄く才能はあるのかもしれないけど、しょせん人生経験が足りてないなりの小説なんじゃないかとか、疑ってしまうところなんだけど。 | |
そうなんだよね。私たちは若い作家っていうと、疑ってかかるよね。これが80歳で堂々のデビュー作なんてことになると、俄然はりきって飛びついちゃうんだけど(笑) | |
でも、この小説はこなれているというか、落ち着いているというか、26歳の青年なりのって感じはまったくなかったよね。安心して身を預けられるというか。 | |
うん、しっかり知識があって、それをむりやり詰め込んだりしない余裕もあって、しかも詩的な美しさもあって。足りないところも、はりきりすぎってところもなかったね。 | |
主人公はね、18年連れ添った愛妻がいるんだけど、子供はいないの。 | |
痩せてて、眼鏡をかけていて、調律をはじめると他の感覚がなくなってしまうほど、ピアノを愛している人なのよね。 | |
その調律師が、イギリス軍に占領されながらも、まだ戦火のおさまらないビルマに行くの。で、邦題が「調律師の恋」となると、はは〜ん、調律師はビルマで愛人ができて、 恋に溺れ、そこで戦渦に巻き込まれて、という悲しくも美しい恋の物語ってわけね、と思うでしょう? | |
思うでしょう?っていうか、あなたがそう思ったんでしょ。 | |
そうなのよ。でも、ぜんぜん違ってた。これは恋愛小説ではありません。これをまず言っておきたかったのよ。 | |
たしかに紛らわしいよね。私も読みはじめは、いつ運命の女性に出会って、熱い恋に落ちるのかしら、とそればっかり考えてた。読んでいくうちに、違うなとわかったけど。やっぱりこの題名だと、恋愛ものを期待して読むか、 恋愛ものだと思って避けるか、どっちかになっちゃうかもね。 | |
でしょ、だから違うと強調しておきたかったの。淡い恋心すらまったくないとまでは言えないけど、あっさり恋愛ものと片づけられては困っちゃう。 | |
じゃあ、どんな話かといえば、第一部と第二部に分かれてて、第一部は”旅”、だよね。 | |
そう。19世紀のロンドンの描写に始まって、汽車から見たフランス、紅海の汽船の旅でマルセイユからボンベイ、インドを抜けてラングーン、マンダレーへと、、もうそれだけでも夢見心地。 | |
旅のなかで、不思議な老人から幻想的な話を聞いたり、虎狩りに出たり、不幸な出来事に遭遇したり、と、美しい夢と悪夢が入り混じったような世界へどんどん入っていくような印象があったよね。 | |
第二部はいよいよ、キャロル少佐のいるメールィンへ。ここまでで、キャロル少佐については、いろんな人から、いろんな話を聞かされてるんだけど、かなり個性の際だった人みたい。 | |
銃ではなく、音楽でシャン族との戦いをおさめたとか、植物や動物の並々ならぬ権威だとか、陸軍の上層部には憎まれているけど認められているとか、聞けば聞くほど魅力のある人なのよね。 | |
どんどんビルマに魅了されいきながらも、わざわざ調律師をこんな奥地にまで呼びつけたキャロル少佐の真意を探りつつ、キャロル少佐に翻弄され、また人として惹かれ、というところかな。 | |
そこに、清楚で、でも少し謎めいた感じもする、キンミョーという女性の存在もあるのよね。 | |
やりきれないラストは、やっぱり作者が若いからこういうラストを望んじゃうのかなって気もしなかったけど、歴史的背景がしっかりありながらも幻想的で、原色の花が咲き乱れる草原から鬱蒼としたジャングルの中にどんどん迷い込んでわからなくなっていくような、 語りすぎずに余韻を残した話の展開などなど、美しく魅力のある小説だったな。 | |
私はラストより、エドガーが感じたキャロル少佐の人となりを、あともう一掘り下げだけしてほしい気がしたんだけど。でも、そんなことより魅力のうわまわる小説だったよね。うん、良かったです。 | |