すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「薔薇と野獣」 フランチェスカ・リア・ブロック (アメリカ)  <東京創元社 単行本> 【Amazon】
「白雪姫」や「シンデレラ」「赤ずきん」といったおとぎ話をフランチェスカ・リア・ブロックの感性で描きなおした9編の短編集。
雪――スノウ/タイニー/硝子/チャーム/狼/薔薇/骨/野獣/氷
にえ フランチェスカ・リア・ブロックはこのHPでの紹介は初めて、私たちにとっては「“少女神”第9号」以来、あいだがあいての2冊めです。
すみ この方は分ければかならずヤングアダルトの部門に入るんだろうけど、とにかく特異というか、飛び抜けた方だから、読者層は広範囲だろうね。
にえ とにかくアメリカ人がよく使う「クール」って褒め言葉にピッタリな人だよね。瑞々しくて、キラキラと輝くような感性に、モダンで垢抜けたセンス、 だいぶ前に書かれた小説さえ目を瞠るような最先端の新しさを感じさせるの。新しいっていうより、完璧に垢抜けているって言ったほうがいいのかな。
すみ それだけ褒めるんだったら、なんでもっと読んでないの、とくに代表作のウィーツィ・バット・シリーズをってことになるんだろうけど、正直、私たちはビビってました(笑)
にえ そうなのよね。たとえば16、7才の女の子で、見るからにとびきりかっこよく、鋭い感性を持ってるなって感じの娘が身近にいたら、 遠まきには観察していたいけど、話しかけて自分のダサさを露呈してしまったらどうしようと怖くて話しかけられないみたいな、そういう恐怖というか、怯えを感じちゃうのよね。
すみ とはいえ、読むとやっぱり良いよね。私、まだこの感覚をわかることができる!って嬉しさもあったりして(笑)
にえ この人は他の作家さんとは比べられないよね。比喩ひとつにしても、心理描写についても、だれもまねできない個性的なセンスがあって、 しかも共感させられてしまうという。ハマったら抜けられなくなりそうで、それも怖かったりするんだけど。
すみ 読むとスッと入っていけるんだよね。べつに入りづらい世界じゃないの。読む前は、わからなかったら私はもう終わりだって不安いっぱいなんだけど。
にえ この本は、童話をもとにしたお話集ということで、ティーンエイジャーのキラキラと眩しいお話からワンクッション置いてくれたあったおかげで、 逃げまわっていた私たちもやっと読むことに。でも、やっぱりフランチェスカ・リア・ブロックそのものってお話ばかりだった。
すみ もとから好きな人には期待どおりで間違いなし、初めて読む人には、なるほどこういう感じの作家さんなのかとわかりやすく、しかもとっつきやすいんじゃないかしら。装丁もとってもキュートで、まさに年齢制限なしの女の子のための本。お試しあれ。
<雪――スノウ>
あまりに若く、まだ少女といっていいような母親は、赤ん坊をどう扱っていいかわからず、持て余してしまった。預けられた庭師は、赤ん坊を西の渓谷に住む七人兄弟のフリークのもとに連れていった。赤ん坊はスノウと名づけられ、美しい少女へと成長した。
にえ これは「白雪姫」。七人のこびとが、七人のフリーク兄弟になっているところが、いかにもリア・ブロック流。
すみ 王子様じゃなく、母と娘と一人の男の三角関係という危険な薫りのする展開も、リア・ブロックらしいよね。
<タイニー>
母親は、九回めの妊娠でようやく出産することができたが、生まれてきたのは親指ほどの小さな娘だった。タイニーと名づけられた少女は幸せに暮らしていたが、ある日、我が家をこっそりとのぞき見る、素敵な少年を見つけた。
にえ これは「親指姫」。小さな、小さな、でもきっちり思春期を迎えた少女と普通の大きさの少年のお話。
すみ とっても風変わりなボーイ・ミーツ・ガールってのも、リア・ブロックらしさが出るね。突飛な夢物語にも不思議なリアルさが漂ってしまうの。
<硝子>
だれしもを夢中にさせる物語を紡ぐことができる少女は、家にこもってだれにも会わず、二人の姉に話聞かせるだけで満足していた。ところがある日、例の女が現れて、少女に星屑のドレスと、ガラスの靴をあたえてしまった。
にえ これは「シンデレラ」。シンデレラは継母に育てられるかわいそうな少女ではなく、語り部の才能を持つ引きこもり少女になってるの。
すみ こういう、少女はいつかは自分が少女期を出ることを自覚していて、そしてその時には多くのものを得るかわりに多くの大切なものを失ってしまうということもすべてわかっている、わかったうえで、もう少しとどまっていたくて、でも、いつかは出なくてはと思っている、 という特別な時期の特別な感覚の微妙さ複雑さを短い言葉で的確に表現しちゃうってことに関しては、この方は右に出るものなしでしょ。読んでて震えがきちゃう。
<チャーム>
レヴは自分の腕に針を刺す。恍惚の眠りをむさぼるレヴにパップは、おまえの目は阿片の目だと言った。ある夜のこと、パップはレヴをミス・チャームという女優の別荘に連れて行った。
にえ これは「眠りの森の美女」。針は針でも、少女自身が腕にヘロインの針を刺します。
すみ 麻薬という危険、女性が女性を愛す危険、リア・ブロックの書く世界はいつも危険に満ちていて、それなのに甘く切なく美しいの。こわいなあ。
<狼>
あたしはずっとあいつにひどい目にあわせられ続けていた。ママと同じ屋根の下、ベッドの上で。あたしはママとあいつが喧嘩しているのを聞いた。ずっと隠していたはずだったのに、ママはあいつとあたしの秘密を知っていた。あたしは大好きなままを残し、砂漠に住むおばあちゃんのところへ行くことにした。
すみ これは「赤ずきん」。赤ずきんは家庭に問題があって家出する少女、おばあちゃんは砂漠で中古品店を経営するかっこいい女性になってて、赤ずきんはバスに乗っておばあちゃんのところに行きます。
にえ 親友のように仲の良い母子、傷つき、汚れを知って大人びながらも、同時に子供らしいピュアな感性も失っていない少女。 これももうリア・ブロックの世界って感じ。
<薔薇>
こがらで痩せていて、もろくて傷つきやすそうな白薔薇は朝日のような色の髪をもち、活発でたくましい紅薔薇は燃える夕日のような色の髪だった。二人は子供の頃から仲が良く、いつも一緒だった。ところが森の中の家で怪我をした熊に出会った入ったとたん、 紅薔薇は白薔薇と決別の時が来たことを悟った。
すみ これは「白薔薇と紅薔薇」。仲の良い二人の少女が異性との出会いによって、これまでどおりに仲良くすることができなくなるお話。
にえ リア・ブロックの世界では気づかなかったっていうのは赦されないのね。少女たちはいつも終わりの時を先に感じとっているの。そして、怯えながらも、かならず一歩を前に踏み出すのよ。
<骨>
超やり手のプロデューサー、お城のような自宅でパーティを開けばだれもがあいつを求めてやってくる、それがブルー。ブルーという名は「青ひげ」から来ているらしい。あたしがよそ者で、知り合いがろくにいないことを見抜いたブルーは、あたしを誘ってきた。でも、「青ひげ」ってどんなお話だったっけ?
すみ これは「青ひげ」。青ひげは髭をブルーに染めた、リッチな敏腕プロデューサーになってるの。
にえ これは一番ストーリーがもとの話に近いかな。いなくなってもわからないような家出少女などを誘い込んじゃう。青ひげは、いつの時代にもいるのです。
<野獣>
父親は三番目に生まれた娘に美女という名前をつけ、他の二人の娘よりも深く愛した。商品の仕入れに行く父親に、姉二人は絹のワンピースやルビーのピアスをねだったが、美女は薔薇が一輪ほしいだけだと言った。
すみ これは「美女と野獣」。美女は野獣を、野獣だからこそ愛し、心を通じ合わせるのでした。
にえ もちろんここでも、美女は最初から自分の運命を悟っているの。だから薔薇と交換に自分が野獣に差し出されても驚かない。野獣なら心と心が通い合うけど、男と女には越えられない溝があるのよね。それにしても、嫉妬する二人の姉のさりげない心理描写は秀逸だった。
<氷>
ライヴでファンを熱狂させるあいつと、手首に薔薇のタトゥーを入れたあたしは恋に落ちた。二人とも心に傷があったから。あたしはあいつに聞かせて、と言った。悲しみを聞かせて、と。だからあいつは行ってしまったのかもしれない。 プラチナブロンドに白い肌をした銀盤の女王のようなあの子のところに。
すみ これは「雪の女王」。雪の女王はサディスティックな輝くばかりの美少女になっています。
にえ 小さなライヴハウスで熱狂的に支持されている男の子っていうのは、女の子の永遠の憧れなのかもね。手に入れることができれば、まわりの娘たちの嫉妬とスポットライトを一身に浴びることになるけど、手に届かないほど遠くにはいないっていうところで。傷ついた少年と傷ついた少女はたがいに求めあうの。 短編集の最後にふさわしい、ほっとするラストでした。