すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「白い犬とブランコ」 莫言 (中国)  <日本放送出版協会 単行本> 【Amazon】
作者自選の初期短編作品(1980年代なかば〜1990年代はじめ)、14編を収録。
竜巻/涸れた河/洪水/猟銃/白い犬とブランコ/蝿と歯/戦争の記憶断片/奇遇/愛情/夜の漁/奇人と女郎/秘剣/豚肉売りの娘/初恋
にえ これは、作者みずからが選んだ、わりと初期のほうの作品にあたる14編の短編集です。
すみ 巻頭に作者から日本人読者に向けてのメッセージがついてて、巻末には2000年にアメリカのスタンフォード大学で行われた講演の内容がついてて、 ファンを喜ばせる作りになってるよね。
にえ 巻末のメッセージはちょっと驚いたな。表題作の「白い犬とブランコ」は、川端康成の「雪国」を読んでいて、最初の一文を思いついたんだって。
すみ 巻末の講演内容も興味深いよ。なぜ自分がこのような作家になったのかというのをみずから語ってて、前に何冊も読んでる人だったら、納得するところも多いんじゃないかしら。
にえ 私たちは、これの前は「白檀の刑」を読んだだけだから、まだ、へ〜ってぐらいだけどね。
すみ この短編集は「白檀の刑」ほど激しくも、どぎつくもなかったよね。もうちょっと柔らかで、土の匂いのするものが多かった。収録されているお話は様々で、変化に富んでいるけれど、底に流れるものは同じだなというのはすごくよくわかった。だから講演の内容にも納得かな。
にえ 一人称語りのものが多くて、莫言が自分の経験を語っているのかな〜と思わせるものもいくつかあったね。もちろん、どれも小説としての脚色が効いてるんだろうけど。
すみ これも経験談かな〜と思って読んでると、ドキッとさせられるのもあったけどね。あれはしてやられた(笑)
にえ 文革時代の、上層部じゃなくて、一農村で人々がどんな暮らしをしていたかとか、そういうのもわかって感慨深かったな。
すみ やっぱり莫言とえいば長編小説なのかな、とは思うけど、それはそれとして、これも非常に味わい深い短編集でした。ご堪能あれっ。
<竜巻>
86才になる祖父が亡くなった。わたしは幼い頃の夏、祖父と干し草を刈りに行き、竜巻に出会ったときのことを思い出した。
にえ 自然の猛威に圧倒されるほどの迫力を感じる作品でした。やっぱり中国大陸は迫力が違うな。
<涸れた河>
男の子は木に登るのが得意だった。しかし、女の子がポプラの木に登ってみせろと言ったとき、すぐには登らなかった。両親から、党書記のお嬢様と一緒に遊んではいけないと、 いつも注意されていたからだ。
すみ これは農村で暮らす男の子に起きた、とても悲しいお話。文革時代にはこんな悲しい出来事がきっといくつもあったんだろうなと思わされました。
<洪水>
祖父が88才で亡くなった。若い頃の祖父は3人を殺して火をつけ、娘をさらって逃げてきた。その娘こそが祖母だった。逃げた先は人のいない湿地帯で、祖父母はそこの開拓者となった。 祖母が父を産むとき、とても難産をした。なかなか産まれない子供に二人が困り果てていたところに、一人の女が飛び込んできた。
にえ これはドラマチックというか、西部劇タッチというか、そういう印象のするお話。
<猟銃>
彼は猟銃を構えていた。そこに野鴨の群が来ることはわかっていた。彼は腹が減り、どうしても肉が食いたかった。
すみ 彼には右手の人差し指がなく、猟銃はずっと家にあった古いもの。それには彼の家族にまつわる祖母と父の壮絶な悲劇が隠されているの。
<白い犬とブランコ>
カレッジで教鞭をとっているぼくは、十年ぶりに故郷の村を訪ねた。途中の道で白い犬とであった。見覚えのある犬だった。その犬の飼い主は片目のない女だった。
にえ 子供の頃、ある美少女とぼくは大の仲良しで、美少女は歌手を夢見ていたの。ところが・・・。そんな二人が十年ぶりに故郷で会うってお話。
すみ 一緒に夢を見ていた少年と少女。それが今は、天と地ほども違う人生を歩む人生を歩むことになったのには、子供の頃のある出来事のためなのよね。痛々しいお話だった。
<蝿と歯>
文革時代、わたしは791部隊に所属していた。そこの班長は26才で独身だった。ある日わたしは、近所の農家の畑からスイカを盗って食べようと班長に誘われる。
にえ これは文革時代の軍隊というから暗い背景ではあるのだけど、とぼけた班長とわたしが織りなす、なんとも滑稽で、のんびりとした楽しげなお話。 経験者だからこそ、こういうものが書ける話なんだろうな。
<戦争の記憶断片>
麻村を攻撃する前、ゲリラ部隊は私の村に駐在した。司令部はわたしの家に置かれ、姜(ヂアン)司令員のことは今でも語り継がれている。
すみ 三老爺(三番目の外祖父)が語る、姜司令員、ほかゲリラ部員たちの勇ましい姿とその悲劇。三老爺の奥さんは、なんだか姜司令員によく似た子供を産んだみたいだけど。
<奇遇>
1982年秋、高密県東北郷へ里帰りをしたわたしは、汽車が遅れたため、長々とした夜道を歩いて帰ることになった。
にえ これはちょっとした小話的なもの。子供の頃に聞いた幽霊話を思いだし、びくびくしながら帰るわたし。そこから先は、言えない(笑)
<愛情>
生産隊長は、15才になる小弟と、65才の郭三爺、それに25才前後の何麗萍(ホーリーピン)を白菜に水をやる水車の担当にした。何麗萍は美しく、才能もある女性だったが、親が資本家であったために冷遇されていた。
すみ これは15才の少年が、25才前後の美しい女性に懐く恋心のお話なんだけど、印象に残るのは、文革によって運命を狂わされ、修正のきかなくなった何麗萍の哀れさ。
<夜の漁>
1960年代なかばのこと、18才でなにをやらせても決まっている九叔(9番目の叔父さん)にねだって、ようやく夜の蟹捕りに連れていってもらえることになったわたしは、 九叔がまるで別人のようになってしまったことに気づいた。
にえ 怖ろしくも妖しげで、なんとも魅力的なお話。闇に咲く蓮の花、謎の美女、と幻想的な景色が繰り広げられます。なぜか宮沢賢治を連想してしまったんだけど、そういう雰囲気ではないかしら?
<奇人と女郎>
民国のはじめに、かっこいい人物が現れた。人々はその人を季范(ヂーファン)先生と呼んでいた。季范先生は書物を一度読めば完全におぼえられるほど頭が良かったが、 言動はかなり風変わりだった。それでも、乞食に着ている服をすべて与えてしまうほど慈悲深い人だったので、人々はみな季范先生を敬愛していた。
すみ これはなんとも楽しげなお話。わたしの曾祖父が15才の時に、この季范先生の小間使いをしていて、その思い出を語るんだけど、なんとも風情があり、 なおかつ荒唐無稽な行動をする季范先生がとっても魅力的。
<秘剣>
孫家には一蘭、二蘭、三蘭という三人の美しい娘がいた。私は姉とともにこの三姉妹と親しくしていた。村にはときおり、鍛冶屋が訪れた。 鍛冶屋は豊かで威勢も良く、三姉妹はすっかりのぼせあがってしまった。
にえ 三姉妹にはおばあさんがいるんだけど、このおばあさんがかっこいいの。ちなみに、タイトルの秘剣っていうのがとても変った剣で、こちらも興味深かった。
<豚肉売りの娘>
わたしは市場で豚肉を売る母ちゃんと外公(母方の祖父)、それに犬のクロと暮らしている。クロはいつも美味しいお肉を食べているから、 よその犬よりずっと立派だった。母ちゃんは私を籠に入れ、市場まで運んでくれる。母ちゃんのお肉はよその肉よりよく売れた。
すみ これは可愛らしくも、残酷なお話。この一編だけが少女の目を通して描かれているんだけど、これがまたキラキラとして素敵なの。素敵なだけに・・・なんだけど。
<初恋>
9才のとき、小学三年生だったわたしは、クラスで一番年下の泣き虫で、いつも一番年上の少年に虐められていた。ある日クラスに、張若蘭(ヂャンルオラン)という少女が転校してきた。張若蘭は革命幹部の娘さんで、最初から特別扱いだった。 綺麗で、しかも颯爽とした張若蘭にわたしは淡い恋心をいだいた。
にえ これは少年の初恋の物語。だれもが憧れるような少女と、虐められて泣いてばかりいる少年、なんとも切ないお話でした。とはいえ、清々しかったのだけれど。