すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「チート」 アンナ・デイヴィス (イギリス)  <新潮社 単行本> 【Amazon】
キャスリン・チートは30才、ロンドンのタクシードライバー。黒い髪に大きな目をした、なかなかの美人。女でこの仕事だと身の危険を感じることはあるけれど、ジムで体は鍛えているから、 その辺の男たちよりも力はある。キャスリンは青、ピンク、緑、赤、黄と5色の携帯電話を持ち歩いている。なぜなら彼女には、5人の恋人がいるからだ。おかげで毎日がとても忙しく、越した先の部屋を片づける余裕もない。 いくら夜の街を走りまわっても金は足りないけど、どの恋人もとても大切で、別れるなんて絶対にできない。それに、どうにかうまくやれているし……。ところがキャスリンの前にトウィンクルと綽名をつけた男が現れてから、 なんだか身辺がおかしくなってきた。
にえ これが初翻訳の作家さんで、本書はイギリスでとっても人気の出た小説なのだそうです。とはいえ、表紙のポップさと違って、ジットリ暗めの多重恋愛小説って感じなんだけど。
すみ 5人の恋人がいる女性の話っていうから、はは〜ん、たぶん、あんな感じね、と想像していたのとちょっと違ってたかな。 女性の作家が感性と勢いだけで感情的に書いた小説を想像してたんだけど。
にえ うん、あとから知ってみれば、この作家さんはマンチェスター大学の大学院で創作文を教えているのだとか。どうりで上手いわけだ、納得。
すみ どうかな〜と思って読みはじめたんだけど、すぐに夢中になって一気だった。上手い作家さんなのはたしかだと思う。あとは主人公みたいなタイプに嫌悪しないかどうかで好き嫌いが分かれるいかな。私は好きになれないだろうと読みはじめて、意外と嫌いになれなかったってところなんだけど。
にえ おもしろかったよね。あんまり期待していなかっただけに嬉しいな。主人公のチートには5人の恋人がいるの。5人との連絡は、別々に5色の携帯電話でやっているから、電話に出て間違った名前を呼んじゃう心配はナシってわけ。
すみ 5人も恋人がいて、羨ましいなんて思ったら大間違いだよね。5人ともそれぞれ問題があって、友だちだったら「別れた方がいいんじゃないの」とアドバイスしたくなるような人たち。
にえ 青い携帯電話はジョエル。ジョエルは17才のダンサーで黒人、家はかなりの金持ちで、とりあえずは一人暮らしをしているけど、母親は過保護気味みたい。
すみ オーディションに落ちまくってるし、自分がなにをしたいかわからないまま、いいよ、いいよで突っ走っちゃうタイプだし、かなり危なっかしい子だよね。
にえ 緑色の電話はリチャード。リチャードは5人のなかでは一番まともだけど、娘がいて、奥さんは恋人と逃げちゃって、今は独身。娘がちょっとこの先、大変そうな予感をさせてた。
すみ 黄色はステフ。もとは育ちがよかったらしき雰囲気があるけど、今は楽して大金を手に入れることしか考えてないみたいで、やばい仕事にばかり手を出しているみたい。
にえ ピンクはエイミー。彼女とはレズビアンのカップル。雑誌のコラムを書いてるんだけど、浮気性で、やきもち焼きで、かなり決めつけの激しいタイプみたい。
すみ 赤は5才年上のジョニー。キャスリンが学生の頃、同じ学校の先輩だった人。<カポネズ>ってバンドをやってて、モテモテだったんだけど、今は事故で顔は傷だらけ、愛するギターが弾けなくなって、荒れた生活を送る日々。 立ち直りそうにもないのよね〜。
にえ とにかく、キャスリンは恋人の世話を焼かなくては気が済まないみたいね。一人だけでも大変そうな恋人が5人も。だからキャスリンの生活もかなりグチャグチャ。
すみ そういう人に惹かれてしまう原因は、キャスリンの過去にあるみたい。自殺した母と、母が自殺するまで隠すことしか考えなかった、校長だった父親。
にえ キャスリンは隣家のメイヴって女性に育てられたんだけど、そのメイヴの仕事がタクシードライバーで、メイヴが遺してくれた車で、キャスリンもまたタクシードライバーをはじめたのよね。
すみ 精神的に問題がある母親のためになにもしなかった父親と、問題のある人たちを好きになって世話を焼くキャスリン、そのあたりの説得力もさりげなく見事だった。
にえ で、どうにか遣り繰りしていたはずのキャスリンが、クレイグ・サマー、キャスリンはトウィンクルって綽名で呼んでるんだけど、その男性と知り合ってから、おかしなことになっていくの。
すみ 話の展開は意外にも、ミステリータッチだったよね。少しずつ歪みができていき、いろいろな謎や秘密がやがてひとつになりって感じで。
にえ 話はちょっと陰惨なところもありだし、主人公がメチャメチャ共感できるってわけでもなく、きれいな話でもないんだけど、下品な話でさえあるのに根底に流れる作者の知性が放つ品の良さがそれを上回っているのか、 私はなんの不快感もなく、グイグイ引っ張られて読み進めちゃったな。うん、よかった、これ。
すみ 女主人公に感情移入し過ぎちゃってたら、読んでて息苦しかったのかもね。普通に考えれば、この女主人公って私とそっくり〜って思う人はあんまりいないだろうし、逆にまったく理解できないって人もいないような気がするから、 大部分の人はちょうどよい距離感を保って読めるんじゃないかな。
にえ うん、読後感も悪くなかったし、読んでる間も引っ張られたわりには感情を揺さぶられずに淡々と読めたしね。
すみ じゃあ、絶対のオススメとまではいかないまでも、けっこう良かったよってことで。