すみ=「すみ」です。 にえ=「にえ」です。
 「聖書伝説物語 楽園追放から黄金の都陥落まで」  ピーター・ディキンスン (イギリス)
                                             <原書房 単行本> 【Amazon】

旧約聖書が現在のような形にまとまったのは紀元前2世紀頃。それぞれの巻がまとまったのは、それに先立つ300年の間。巻がまとまるまでの原資料はおもに3つあるが、 それ以前には、人々の口から口へと物語が伝わっていた。その幾つもの物語は時代によって新たなエピソードを加えられ、矛盾さえも含んでいたが、中核的要素に関しては変化することなく、 驚くほど正確に伝えられていた。イギリスを代表する作家ピーター・ディキンスンの2度目のカーネギー受賞作品。
にえ ピーター・ディキンスンの最新翻訳本は、なんと旧約聖書の世界でした。
すみ イギリスでは押しも押されぬ大作家のピーター・ディキンスンだけど、日本では一時期は既刊が消えていくばかりで、まさに風前の灯火、とも思われたのに、 今年に入ってすでに2作の翻訳本が。やっと日本にもピーター・ディキンスンの時代が来たってことでしょうかね〜。
にえ とにかく多くの文学賞を受賞しているぐらいで、並の作家とは力量が違うし、作品のバリエーションは広く多岐にわたり、作品数も多く、しかも他の作家では味わえないような独自性はあるし、 で、今まで埋もれかけてたのがおかしいのよ、うんうん。
すみ それにしても、作品ジャンルの幅が広すぎて、翻訳出版されるまでは、どんなものになるか見当もつかないよね。これはまた驚いた、旧約聖書の世界とはっ。
にえ でも、読んで納得だったよね。前に読んだラーゲルクヴィストの「巫女」でも描かれてたけど、とにかくこういう、なんというか、神様がなさったことのエピソードには、私たちでは理解不能な、 納得がいかない部分がたくさん含まれてたりするんだけど、そういうものを納得いかない状態のまま、解釈をまじえずにキッチリと、しかもすんなりと提供するって技は、ピーター・ディキンスンじゃなきゃできないわ。
すみ 私たちはこれといって宗教を持ってないし、キリスト教やらユダヤ教やらについては、まだなんだかわかっていないし、興味があるのかないのかも微妙なところだけど、 そんな私たちでもこの本はたっぷり楽しめたよね。
にえ 「旧約聖書」はキリスト教徒にとっても、ユダヤ教徒にとっても、イスラム教徒にとっても聖典ってことだけど、この本はややユダヤ人寄りで書かれてなかった? ピーター・ディキンスンさんはユダヤ人なのかしらってのが私の前々からの疑問で、 いろいろ調べたりもしたんだけど、いまだわからず、なんだけど。
すみ う〜ん、どうなんだろうね。この人は書くものによって何人にも思えるような変貌ぶりを、あっさりとやってのける方だから。あえて何人かと訊かれれば、カメレオン人?(笑)
にえ もういいです、わかりました。
すみ で、旧約聖書は今のような形となるには、「原資料」と称される幾つかの書物があったそうなんだけど、この本に書かれているのはもっと前、物語が口承によって伝えられていた頃の世界。
にえ 短編小説集のように、いくつもの逸話が、それぞれ独立して語られていくんだけど、それぞれ設定があるんだよね。
すみ たとえば有名どころをあげると、2の「カインとアベル」は紀元前1100年頃、遊牧民たちの家畜取引の市場で、ある牛の群の持ち主が、取引で嘘をつかれたって怒っている青年を見かけて、なだめるために「カインとアベル」の物語を語りだすって設定なの。
にえ あとはそうねえ、19の「サムソンとデリラ」は、紀元前1000年頃にダン族の老婆による歌によって語られているの。
すみ 23なんてのもおもしろいよ。「サウルの病」が、紀元前220年頃のアレクサンドリア、ユダヤ人医学学校での講義の最中に先生から生徒に向かって語られるの。
にえ だったら私は20の設定が好きかな。「サムエルの召出し」が紀元前700年頃、新しく神殿勤めをすることになった少年たちに向かって、祭司がこれは知っておかねばって話しはじめるの。 この祭司さん、話しながら、言うことを聞かないやつはこれから鞭で打ってやるからなってやたら脅すんだけど、語り口の優しさからして、口で脅してるだけだなってわかるから微笑ましい。
すみ ということで、旧約聖書の伝説の物語が33も入ってるんだけど、それぞれ語り手が違って、語り手にもキッチリした設定があるの。これは飽きないわ。
にえ こうやって伝わっていったんだな〜って雰囲気もつかめるしね。さすがだっ。ディキンスンさんのこういうアイデアの泉は尽きることがないのね。とっても豊か。
すみ ついでに、ユダヤ人の歴史も把握できたよね。もとをたどっていくと、どんどんややこしくなるから、今までなんだかよくわからなくなっていたんだけど、 これを読んでようやく頭がスッキリした。
にえ あと、たっぷりと挿し絵がついてるんだけど、これはイギリス絵本界の大御所として有名なマイケル・フォアマンの手によるもの。最初にパラパラッと見たときは、地味だな、ぐらいしか思わなかったんだけど、 本文を読みながら絵を見ると、どれもこれもドキッとさせられて、味わい深い絵ばかりだった。
すみ あきらかに、この本が不朽の名作として次世代まで残っていくと確信しての絵の入れ方だったよね。どの絵もすんごく丁寧で、思い入れ深いの。
にえ これの8年後に出された、アラン・リーと組んだ「魔術師マーリンの夢」と同じシリーズなのかな。イギリス人なら誰でも知っているようなお話を、あえて大御所ピーター・ディキンスンがディキンスン流に書き、それに大御所画家が挿し絵を加えるっていう。まだ他にもあるのかな?
すみ 「魔術師マーリンの夢」もそうだったけど、挿し絵が生きるように普通の本より白い紙を使ってきれいに仕上げた本を、最近にしては抑えめのお値段で出してて、 ホントに素晴らしい。お話のひとつひとつも魅力的で楽しめたし、言うことなしですっ。宗教に興味があっても、まったくなくてもかまわないから、紀元前に語り継がれた古い古い物語をたくさん積み重ねて読みたいって方にオススメです。