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 「モーツァルトのドン・ジョヴァンニ」 アンソニー・ルーデル (アメリカ?)  <角川書店 単行本> 【Amazon】
1787年、プラハの秋。新作「ドン・ジョヴァンニ」の公演の日が迫っているというのに、モーツァルトは曲が書けずにいた。 あまりにも女性に対して自由奔放次な主人公ドン・ジョヴァンニが理解できず、物語にのめりこめずにいたのだ。そして、自分を励まし、 擁護した支配的な父を亡くしたことも、愛する妻コンスタンツェとのうっすらとした確執も、前作「フィガロの結婚」に対する固執も、 創作の壁となっていた。悩むモーツァルトを見かねた脚本家ダ・ポンテはモーツァルトを救い、ドン・ジョヴァンニに生命を与えるため、プラハにカサノヴァを招くことにした。
にえ これは、父親は著名なオペラ指揮者ユリウス・ルーデル、自身も音楽関係の書を書いたり、クラシック番組のプロディースを手がけたりしているという アンソニー・ルーデルが書いた初めての小説です。
すみ ユリウス・ルーデルは調べてみたら、日本にも来ているのよね、ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団の指揮者として。
にえ とにかく本書には、アンソニー・ルーデルがどこの国に住んでいるのかも、原書がどこで出版されたのかも、この小説は何語からの翻訳なのかも、な〜んにも書かれていないの。 父親がウィーン・フォルクスオーパー交響楽団の指揮者ってことはアンソニー・ルーデルもオーストリアにいるの? とも思ったけど、検索したら、ユリウス・ルーデルは アメリカ人って書いてあるし、で困ってしまった。さすが角川さん、文学作品に対して大ざっぱ(笑)
すみ まあまあ、有名な文学賞をとったわけでもないこの作品を翻訳してくれただけで、感謝、感謝じゃないの。
にえ そうなの、そうなの。これはホントに読めて良かった〜。ありがとう、角川さんっ。
すみ 作者が小説は初めてってこともあって、欠点を挙げればキリがなくなるし、まったく気にならなかったといえば嘘になるけど、それを上回る魅力があったよね。
にえ モーツァルトが登場するとなると、どうしても映画「アマデウス」を連想しちゃうんだけど、「アマデウス」よりも小さくまとまっていて、 でも、もっと豊かで、芳醇な味わいがあるって感じかな。もちろん、同じようにモーツァルトを含めた実在の人物は登場してても、話はぜんぜん違うんだけど。
すみ 「アマデウス」もクラシック音楽の知識があまりなくても、興味があれば充分に楽しめる映画だったけど、 この小説も、音楽にとてもとても造詣の深い人が書いているのに、私たちみたいな知識のない人間が読んで、戸惑うところはまったくなかったよね。
にえ うん。巻頭に、作中に出てくるオペラ「ドン・ジョヴァンニ」と「フィガロの結婚」のあらすじまで書いてくれてて、気遣いがうかがえた。
すみ もちろん、オペラについてはリハーサルから舞台準備、公演に至るまで、描写は頭に絵が浮かび、耳に音楽が鳴り響くぐらい的確で、しかも細かすぎず、飽きさせず、さすが、さすがだったけどね。
にえ ストーリーは、ウィーンで認められず、宮廷音楽家の座も得られないモーツァルトが、息子を残してプラハに移り住み、革新的な傑作オペラ「ドン・ジョヴァンニ」制作に苦しんでいるところから 始まるの。
すみ 登場人物としては、モーツァルトとその妻コンスタンツェの他には、まず、脚本家のロレンツォ・ダ・ポンテよね。ダ・ポンテとモーツァルトは「フィガロの結婚」でも成功を分かちあった仲。
にえ ダ・ポンテは、宮廷音楽家サリエリの作品も含めた他のオペラの脚本とあわせて、3つも掛け持ちしてるから、大忙しなのよね。
すみ ダ・ポンテは、辛辣さと、隠している出自からくる劣等感、さらにはそれに反発することから生まれた、あまりにも高い自尊心を兼ね備えた、なかなか複雑な人だった。
にえ それから、あまりにも俗物的なオペラハウスの支配人とその妻のオペラ歌手、モーツァルト夫妻の友人で、才能に限界があって音楽教師に甘んじる夫と奔放な性格のソプラノ歌手の妻、といった、 普通の生活をしている人たちとはちょっと違った世界に住む夫婦たちの関係も興味深かった。
すみ 人だけじゃなくって、衣装や風俗、パーティーの描写、それから、わずかながらも聞こえてくる平等な社会への自由の叫び、そういった背景もきっちり書かれてたよね。
にえ そして、なんといってもカサノヴァよね。モーツァルトの性格、心理描写がどうしても説明調になってしまって残念だったぶん、老いゆくカサノヴァにまだなお残る魅力と、輝いていた人だからこその老いていくことへの悲哀は、 きっちり描写されてて魅了されまくった。
すみ モーツァルトとカサノヴァは同じ時代の人だったんだね、知らなかった。しかも、はっきりとはわからないけど、カサノヴァが「ドン・ジョヴァンニ」に手を貸したことは可能性としてはかなりあるみたい。
にえ カサノヴァの存在が、モーツァルトの実生活までもを華麗なオペラに変えていったよね。とにかく、カサノヴァの存在がこの小説の最大の魅力。
すみ それから、カサノヴァがモーツァルトにさらに霊感を与えるべく、手紙で「ドン・ジョヴァンニ」へのアドバイスをある人に求めるんだけど、 そのある人ってのがカサノヴァ以上の驚き! そのある人の手紙が幾度か挿入されてるんだけど、もう、えええっ〜って感じなの。
にえ カサノヴァの生涯とドン・ジョヴァンニの生涯が重なっていくことで、「ドン・ジョヴァンニ」に、そしてモーツァルトに、新たな生命を吹き込むカサノヴァは読者も一緒に惹き寄せて、 高みへと連れていくのよ。素晴らしかったっ。
すみ 読んでいるあいだじゅう、オーケストラの奏でる重厚な、ときに軽やかに美しい音楽が流れてつづけたな。これぞまさにオペラ小説! 興味がある方にはオススメです♪